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第27話「本当の真実とそれぞれの罰」

「はぁ……」

 登校中、先程桜ちゃんと階段の前で別れた俺は、思わず溜息が出てきた。

 

 と言うのも――

「なんで桃井の奴、あんなに可愛いんだ……」

 と言った理由だった。


 え……?

 それは幸せの溜息というやつかって?


 馬鹿やろう!

 そんな良いもんじゃねぇよ!


 と言うのもな、俺は少し前までは桃井の事が嫌いで言い合いをする仲だったんだ。

 それなのに、三日前にした喧嘩を最後に何故だか桃井がベッタリとしてくるのだ。


 ……いや、自慢じゃないからな?

 もう少し俺の話を聞いてくれ。


 確かに、桃井の性格が良くなったのはいい事だ。

 あの冷徹だった桃井は彼方かなたへと消え去り、女の子っぽい可愛らしい桃井が降臨なさった。

 そう、それ自体は凄く有難い。

 

 だけどな……今度は距離感が近すぎるんだよ……。


 俺のこのどうしようもない気持ちがわかるか?

 うん、そうだよな、俺に消えろと思ってるよな。


 そうじゃない、そうじゃないんだ。


 今の桃井の性格は凄く可愛い。

 そして、桃井の容姿はトップアイドルに負けないくらい可愛い。


 は?

 言いすぎ?

 馬鹿か!

 伊達にこのマンモス校でモテる女ランキング一位をキープし続けてないぞ?


 ついこの前まで告白された人数が百五十人だったのに、いつの間にか二百五十まで行ってるんだぞ?

 

 今年の一年生積極的すぎるだろ!

 どうやったら、こんな短期間でこんな数字に行くんだよ!


 いや、もちろん一年以外も告白はしてるんだけどな……。

 というか、多分そろそろこの数字も落ち着くはず。


 なぜなら――去年がそうだったからだ。

 最初だけ爆発的に告白に行くが、全員呆気あっけなく玉砕するため、無謀な挑戦をする馬鹿がいなくなる。

 ……いや、もっと早く気付けよって話だけどな……。

 

 というか――

「そろそろ落ち着いてくれないと、俺が困る……」

 

 とは言うのも、前までの桃井なら全く気にしなかったが、今の桃井が告白されてると思うと少しモヤっとするからだ。


 ……少しだからな?

 勝手に拡大解釈はやめてくれよ?


 …………なんだかとてつもなく脱線してしまったが、まぁそれほど可愛い桃井がベッタリしてくるんだ。

 昨日も一日中作業をしている俺の横で、ずっとラノベを読んでいた。


 ただ、それだけ。

 いや、一つだけ変わった事はあった。

 とは言うのも――例のあの本を隠していたせいで、次のラノベを探し始めた桃井に拗ねられたのだ。


 ……拗ねるってなんだよ。

 そこ怒れよ。

 可愛くて対応に困るんだよ……。

 

 とまぁそんな桃井には、俺がオススメしていた奴ではないけど、まぁ面白かったラノベを貸した。

 そして、桃井はひたすら俺の横でそれを読み続けてただけって感じだ。

 

 ……折角の休日に何してるのとは思うが、そんな事桃井に言えるわけがない。

  

 そして困ってる事に、桃井が俺にそこまでベッタリなのは、俺を家族として認めてくれたからと言う事だ。

 つまり、俺を男として見てくれてるわけじゃないんだ。


 なのに、俺が変に好意的な目であいつを見てみろ――途端に嫌われてしまうぞ?


 まぁ、まとめるとこう言う事だ。


 桃井は俺に家族として接してきてくれて、桜ちゃんの様にベッタリしてくる。

 俺は可愛い桃井にベッタリされているせいで、ドキドキしてしまうし、若干桃井に視線が行くことが多くなってしまっている。

 そして、桃井にその事を気付かれると俺は嫌われてしまう。


 …………ただの苛めじゃねぇか……。


 どうしろと?

 神様は俺にどうしろと言うのだ?


 俺は今、精神の修行でもしているのか?


 とまぁ、そんな感じで困っていた。

 とは言え、折角好意的に来てくれている桃井に近寄るなとは言えないし、何よりそれを少しだけ嬉しいと思っている俺が居る事が問題なのだ。

 

 ……先程と似たようなくだりだが、本当に少しだけだからな?


 このままじゃあ、取り返しのつかない気持ちを桃井に抱えてしまう怖れがある。

 一体どうすればいいんだ……。


 …………それと、もう一つ俺が悩んでいる原因が有った。 

  

 それは花姫ちゃんからの連絡が、三日くらい前から極端に減った事だ。

 今までは頻繁にメッセージを飛ばし合っていて、休みの日なんて結構一日中やり取りをしていたのに、昨日なんて朝起きた時のおはようと、寝る前のおやすみだけ……。

 三日前も似たような感じだった。


 一昨日はお昼過ぎくらいに来ていたけど、俺の方に用事が有ったせいで返信が出来たのが夕方くらいだったのが理由なのか、また返信が来たのは寝る前だった。


 ……やり取りした回数を覚えてるのがキモい?

 ……ほっといてくれ。

 気になったから頭に残っていただけだ。


 と言うか――あれか?

 俺、何かして嫌われた?

 それか、彼氏でも出来たとか?


 …………なんだろう……俺は彼氏でも無いし、彼女の顔も知らないくせに、何故かそう考えると結構モヤモヤしてきた……。

 

 駄目だ……これじゃあ、現実とネットが区別できていない痛い奴に見られるじゃないか……。

 ……知ってる、もう既に周りからはそうみられてるって事は……。


 全く、言い掛かりでしかないのだが……。


 まぁ、そんな感じで俺は勝手に溜息が出てきていた。


「はぁ……どうしたものかな……」

 教室のドアを開けるとき、俺は憂鬱ゆううつになりすぎてそう呟いてしまった。


 そしてドアを開けて中に入ると――

「「「「おはようございます、神崎さん!」」」」

 ――と、何故かクラスメイト達に元気よく挨拶されてしまった。


 ……え?

 何、これ……?

 というか、神崎さんって何……?

 なんで、さん呼びなの……?


 俺は思わず、頭を下げているクラスメイト達を見渡してしまう。


 そしてその中に、一人だけ頭を上げ、困ったようにソッポを向いて頬を指で掻いている金髪ギャルを見つけた。


 ……あいつのせいか――!


「おい、ちょっと来い!」

 俺は金髪ギャル――西条の元まで歩いて行くと、その腕を引っ張った。


「あ、海斗痛い! ちょっ、待って! 痛い、痛いから離して!」

 俺は後ろでそう叫ぶ西条を無視して、廊下の人目のつかないとこまで引っ張り出すのだった――。





「どういう事だ?」

 人目がつかないとこまで移動した俺は、壁に手をついて西条を壁に追い込み問い詰める。


「知りません……」

 西条はそう言って、俺と目を合わせない。


「『知りません』じゃねぇだろ!? なんで休みが明けて学校に来たら、クラスメイト達が礼儀正しくさん呼びで挨拶してくるんだよ!? どう考えてもお前が何かしただろ!?」

「知らない知らない! 私本当に何もしてないもん! むしろ良い事したもん!」

「ほぅ……とりあえず、その良い事とやらを聞こうじゃないか……?」

「あ――!」

 西条が『しまった』と言った顔をする。


「いや、ね、私もこうなるのは予想外だったんだよ? 本当に、そんなつもりはなかったの……」

「いいから、早く何をしたか言えよ……」

 俺がそう言うと、西条が土曜日に有った出来事を教えてくれた。


 つまり、俺に危害を加えようとした同級生を脅したら、何故だかこうなっていたと――。


 ……まじか……。

 確かにこれは西条を怒れない。

 寧ろ本当に感謝するべきだ。


 というか――

「お前、いつの間にクラスメイト全員を従えてたの?」

 西条がクラスのリーダー的存在とは知っていたが、俺が見ている限りあんなに規模はデカくなかったはずだ。

 いや、元から西条の言う事を聞く人間ばかりだったけど、ただお金とか西条が可愛いと言う理由で言う事を聞くだけの奴らだったはず。

 しかしさっき見たあれだと、なんだか西条が恐怖で支配している様に見えた。

 

「ん? あれは本当に知らない。なんか私が来たら、ああいう雰囲気になってたもん」

「……お前、一体どんな脅し方したんだ?」

 俺の質問に、西条が首を傾げる。

「いや、西条が従えた心当たりが無いんだったら、お前の脅しが怖すぎて西村達がクラスメイトに呼び掛けたとしか考えられないだろう……」

「あぁ――ニコって笑顔で『手を出したら駄目だよ?』って言っただけだよ?」

 そう言って、その時を再現しようとしたのか、西条がニコッとする。

 

 ……本当だろうか?

 なんだか怪しいが……。

 けど、どうせ問い詰めても言わないだろう。


「とりあえず、あれをどうにかしてくれよ……」

「あれはあれで面白いのに……」

 俺が西条に頼むと、西条がつまらなそうに返してきた。

 俺はその西条を睨む。

 すると西条は嬉しそうに笑い、ちょっと頬を赤らめて『わかった』と頷いた。


 ……だから、なんでこいつは睨むと嬉しそうにするの?

 というか、前髪あるのに俺が睨んでるの見えてるの?


 まぁいいや……。

 時間が無いし、教室に戻ろう……。


「――ねぇ」

「ん?」

 俺が教室に戻ろうとすると、西条が呼び止めてきた。


「あ、いや、なんでもないよ」

 俺が振り返ると、誤魔化したように西条が笑った。

 俺はそんな西条の事をジッと見る。


「な、何? そんな熱い視線を飛ばされると照れちゃうよ?」

 そう言って、西条は自分の両頬に手を当て、体をクネクネさせた。

 だが、俺はそれには触れずに西条に問いかける。


「話があるんだろ?」

 俺がそう尋ねると、西条は困ったような表情をして視線を彷徨わせる。

 結局、そのまま下を向いてしまった。


「…………どうして海斗は、私に桃井に謝る様に言わないわけ?」

 西条は俯いたまま、俺にそう尋ねてきた。


 謝る様に言わないわけか……。

 ……どうするべきか……。

 

 俺は一度西条の方を見る。

 西条は下を向いたまま、俺の方を見てこない。

 まるで、裁判官に裁かれるのを待つ被告人のようだ……。


「……そうだな、理由は三つある」

 その西条を見た瞬間、俺は全てを話すべきだと判断した。

 それは俺自身にも関わる事だが――俺にまとわりつくと言うのなら、西条には教えておくべきだと思った。


「それはなんなの?」

 西条は下を向いたまま、まだ顔を上げない。

 俺はそんな西条に――

「一つ目の理由は、お前と一緒だよ西条」

 ――と、答えた。

 

「え……?」

 西条は驚きからか、反射的に俺の方を見上げたという感じで顔を上げた。


「お前が謝ろうとすることによって桃井に接触するという事は、桃井にあの時の事を思い出させると言う事だ。何故だかわからないが、桃井は次の日普通に学生生活をこなしていた。だから、お前は下手に桃井の前に現れて、あの時の事を思い出させるのを避けたんだろ?」

「どうしてそう思うの?」

「お前が俺の彼女を主張するのに、桃井に謝ろうとしないからだ。普通の人間は悪い事をしたら謝る――それが常識だろ? それをしていなければ、俺にいつまでたっても許してもらえないと思うはずだ。なのに、お前は桃井に謝りに行っていない。それで同じことを考えてるとわかるんだよ」

 俺がそう言うと、西条は首を傾げた。

 それだけで本当にわかるのかとでも言いたげだ。


「もし、お前が馬鹿だったらそうは思わない。だけどお前は賢いから、その辺の判断が利く人間だと思ってるんだ」

 俺の言葉に西条は頬を掻いて眼を逸らした。

 予想があたったんだろう。


「……でも、それじゃあ、あの事が起きた所で私達に謝らせなかったのはなんで?」

 そう言って、今度は俺の眼を見て西条は聞いてきた。

 あの時の西条には謝る方に気を回す余裕はなかった。

 だけど、俺はそうじゃなかったはずだという事だろう。


「それが二つ目の理由だ。なぁ西条――謝って楽になろうとするな」

「――っ!」

 俺が低い声を意識して言うと、西条が驚いた表情をする。


「謝る事は大事だ。だがそれは、謝って済む事に関してだけなんだ。そして西条――お前が桃井にした事は謝って済む事じゃない。だから、桃井に謝る事は俺が許さない」

「……理由を聞いても?」

「結局、謝るって事は許しを請う行為なんだよ。それで許せる間柄、許せる出来事ならそれでいい。だけどな、謝って済まない事を謝ると言うのは、ただの自己満でしかないんだよ。自分が謝って楽になりたいっていうな」

 俺がそう言うと、西条は再び下を向いてしまった。

 多分、西条もそれはわかっていたはずだ。

 わざわざ俺が言う事でもなかったのかもしれない。

 だけど、これは俺にも言い聞かしている事なんだ。

  

 キーコーン――カーコーン――。


 ……授業が始まってしまったか……。

 まぁ、ここは人目につかないとこだし、話すと決めた時点でその予定だったから問題ない。

 俺は下を向いたままの西条に声を掛ける。


「とは言っても、これは俺が第三者だから言えることだ。実際桃井がどう思ってるかはわからない。もしかしたらお前に謝ってほしいのかもしれない。それに本当の事を言うと、俺はあの時桃井の事が嫌いだった。つまり、あの時はお前たちがやった事にムカついて怒っただけなんだ。だから、俺には先の事を考えて行動する余裕が有ったし、あの後許すとは違うが、気にしないなんて事を言えるんだ。だけど、もしあの時されていたのが桃井妹の方だったら、俺は先の事など考れずにあの場でお前達を潰してただろうな」


 つまりそう言う事なのだ。

 あの時の俺にとって、あれがされていたのが桃井じゃなくてもあれくらいは切れていた。

 そして、きっと同じ対応をとっただろう。

 

 だけど、それが桜ちゃんだった場合、多分俺は本気で我を忘れていたと思う。

 なんせ桃井の時でさえ半分我を忘れていたんだ。

 それが大切な桜ちゃんだったら、もう後は想像できる。

 

 それにこれは西条には言わないが、だから俺が西条と普通に会話出来ているというとこもある。 

 もしこれが当事者だったり、桜ちゃんがやられていたのなら、例え西条の背景に何が有ったとしても許さないと答えただろう。


 だが、今の俺は西条の事を見直しつつある。

 それは、一度逃げたのに立ちあがり、そして過ちを犯し、それでも諦めずに変わろうとしているからだ。

 だから、俺はこいつを見直していた。


 それに、このまま潰れてほしくないとも思う。

 まぁそれは、最後の一つの理由が影響してるのかもしれないがな……。


「だからな西条――許してもらおうと思うな。謝る事も桃井が望まない限りするな。そして、一生桃井の事を気にし続けろ。あいつが困ったら常にお前が助けてやれ。許されようと思わずにあいつを助け続けろ。それが――お前への罰だよ」

 俺は最後の一文だけ、優しい声を意識して出した。


「うん……うん……」

 西条は下を向いたまま、そう答えた。

 だけど、西条から床に落ちる雫で泣いているのはわかった。


 こいつは自分が取り返しのつかない事をしたと自覚している。

 だから、先程言った理由通り、謝ろうとしない。

 だけど、それならどうしたらいいのかもわからなかった筈だ。


 そして、結果的に俺に縋る事でその罪から眼を逸らそうとした。

 恐らくではあるが、桃井の事を意識的に考えない様にしていた筈だ。


 とは言え、それをずっと無視し続ける事が出来なかった。

 だから、咄嗟に俺を呼び止めてしまったのだろう。

 

 ……まぁそれがわかるのは、俺がこいつと同じだからなんだけどな……。

 だから、その気持ちを一番理解できるんだ……。





「――そして、最後の理由だ」

 西条が泣き出して十分くらいたった頃、俺は一回そう言うと、一度深呼吸をする。

 これは今回の西条がした事には関係の無い事。


 今から話すのは俺の過去にまつわるもの。

 そう――俺の犯した過ちについてだ。


「なぁ西条――お前は俺がクラスメイトを突き落とした噂を知っていたな?」

 俺がそう尋ねると、話が変わったせいか涙目の西条が不思議そうに顔を上げた。

 だけど、すぐコクンっと頷く。


「実はな、俺はその時の記憶がなかったんだ。だけどな――お前が桃井を追いつめる時にしていた笑い声から、俺はその時のクラスメイトの事を思い出した。……そしてな、全てを思い出したんだよ」

 俺がそう言うと、西条は首を傾げて口を開く。

「何、を……?」

 その声は、泣いたせいか枯れた様な声になっていた。

 俺はその西条の眼を見る。


 そして言葉を発しようとするが――いざあの事を口にしようとしたら、急激に喉が渇いてきた。

 そして、胸が締め付けられる感覚に襲われる。


 しかし、俺は彼女にそれを言う必要がある。

 これだけの事を彼女に言ったのに、自分は知られたくない過去を話さないのはおかしいからだ。


「そのクラスメイトは――俺のせいで庭に落ちたんだ」

 俺の言葉に、西条は眼を見開く。

 噂があったとしても、本当に俺が突き落としたとは思っていなかったのだろう。

 ただ、それは勘違いだ。

 

「別にそいつを突き落としたわけじゃない」

 だから、俺はそう事実を言う。


「……どういう……事……?」

「そいつが落ちたのは、俺を突き落とそうとしたそいつを俺が躱したからなんだ」

「それって、結局は……自業自得なんじゃ?」

 俺はその言葉に首を横に振る。

「あの時、俺が躱した直後にあいつは手すりから落ちたんだ。手すりが有るという事は、俺が躱した直後と言っても、そのまま落ちたんじゃなく、手すりを乗り上げて落ちたと言う事だ。……お前なら、これがどういうことかわかるんじゃないか?」

 

 俺の言葉に、西条が驚いた表情をした。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「もしかして……助けられるのに……見殺しにした……?」


 俺はその言葉に頷く。

 そう――あの時の俺は、あいつを助ける事が出来た。

 なのに、俺はそれをしなかったのだ。


「あの時、そいつが手すりにぶつかって乗り上げようとした瞬間、俺は反応する事が出来ていた。でも、体が動かなかったんだ」

「でもそれって……咄嗟だったから……仕方ないんじゃ……?」 

「違う……一瞬躊躇してしまったんだよ。こいつを助ける必要があるのかってな。そしてすぐ手を伸ばしたがギリギリ間に合わなかった。俺が一瞬躊躇しなかったら、あいつは助かっていたんだよ」


「……」

 西条は困ったような表情をしている。

 どう言えば良いのか考えているのかもしれない。

 だから俺は言葉を続ける。


「だから、俺もお前とおんなじなんだよ。取り返しのつかない過ちを犯した」

「それは違うよ!」

 俺が言った言葉に対して西条がそう叫んだ。

 その表情は悲痛な顔をしている。

 

 ……西条にこんな顔させるなんて、俺は何をしてるんだろうな……。

 

「私は何も悪くもない桃井に取り返しのつかない事をした! でも、海斗はそいつと喧嘩してただけでしょ!? それでそいつが突き落とそうとしてきて落ちたんだから、そんなの自業自得だよ!」

「本当にそう思うか? その喧嘩の発端はそいつに挑発された俺が先に手を出したからだ。そして、そいつは二階から落ちたせいで重傷で入院。けど、それは運が良く下が庭だったからだ。あれが下がコンクリートの所だったら、あいつは死んでいた。確かに西条は悪くない相手を陥れた。でもな、俺がしたのは一歩間違えれば人殺しだったんだよ」

「――っ!」

 西条は俺の言葉にまた悲痛そうな顔をした。

 

 違う……俺は西条にそんな顔をしてほしいんじゃない……。

 同情をしてもらうためにこんな事を話してるんじゃない……。

 だが、あれを話すには全てを説明する仕方ない。


「俺がコミュ障になったのは、周りから向けられる何を考えてるかわからない、クラスメイトを殺そうとした危険な奴、近寄らない方が良いって目で見られるのが嫌だったからなんだ。なんで俺はそんな事してないのに、そんな目で見られないといけないんだってな。でも、本当は違った。記憶が無くても、自分のせいであいつが落ちたと無意識に自覚してたから、その視線が本当に自分を責められてる気がして耐えられなかったんだよ。知ってるか? 人間の脳ってな――自分を守る為にあまりにショックな出来事は、記憶から消し去る様に出来ているんだ。つまり俺は、今まで自分を守る為に同級生を見殺しにしたと言うのをずっと忘れてたんだよ。そして自分に都合の良い様に解釈していた。本当、最低だよな。だから、前までは友達が欲しかったけど、今の俺は周りと関わったら駄目なんだよ」

 俺がそう言うと、西条は首を横に振って歩み寄ってきた。

 そして俺の手を握る。


「そんな事ないよ。ねぇ、私の為にそんな話をしてくれてるんなら、いらない。海斗がそう思ってても、結局は海斗を突き落とそうとしたそいつが悪いんだよ。確かに海斗はそいつを助けられなかったのかもしれない。でも、それは自分がそう思ってるだけで、動揺から本当に体が動かなかったのかもしれないでしょ? つい最近までその事を忘れてたんだし、思い過ごしって事も十分考えられるよ?」

 俺はそんな西条に首を横に振る。


 これらは全て、次の一言を言う為の説明でしかない。

 今回の事は俺の中でもう結論が出ているんだ。

  

 だから、西条の同情なんていらない。


「俺が本当に最低なのはな――その事を自分で悪いって思ってない事なんだ」

「え……?」

 西条が困惑の表情で俺の顔を見上げる。


 一体何を言っているのかと。 

 その事を悔やんでいたんじゃないのかと。


「今の俺は自分の中に二人居る様なものなんだ。その事を悔やむ俺と、あいつを見殺しにして正解だと言う俺がな」

「二重人格って事……?」

「どうだろうな……多分、それほど大げさなものじゃない。でも、それらの結論から、あいつが俺を恨むのなら恨めばいい。そして、俺はあいつに許してもらおうと思わない。だから、あいつの為には何もしない。そして、自分からは人を求めない。だからと言って、寄ってきてくれる人を拒むのを嫌がる俺もいるし、このまま何もせずに終わらせたくない俺も居る」

「一体どういう事……? ごめん、理解できない……」

 そう言って、西条が困ったような表情をした。


 うん、わかってる。

 わざとわかりづらく話してるんだよ。


「桃井に自分がした事を心から悔やんでいるお前は、俺よりよっぽどまともだよって事だよ。それと、お前が今の俺を知っても尚傍に居るって言うなら、俺はもう、お前の事を拒否しない」

 俺は笑ってそう答えた。


 結局、ゴチャゴチャした言い方をしたが、俺が言いたかった事はそれがほとんどだ。


 取り返しがつかない事をしても尚、未だに悪いと思っていない自分がいる俺よりも、きちんと心から反省している西条の方が人間としてマトモ。

 そして、西条が俺の傍に居たいと言うのなら、俺はもう拒まない。

 

 ……西条にはそれらだけを言ったが、先程西条が理解できなかった言葉の本当の意味はこうだ――俺は桐山にした事を悪いと思ってないからあいつには何もしない。

 けど、取り返しのつかない事をしたから、俺の人生は俺を求めてくれる人達に全てを捧げる。


 だから、自分からは人を求めない。

 俺を求めてくれる人にのみ人生を捧げる。


 それが俺への罰だから――。

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