第22話「迂闊な発言は命取り」
現在俺は、ブルーレイでお気に入りのアニメ――『よくきた実力教室へ』というのを見ていた。
このアニメ――原作と結構違うせいで、ファンからは怒りを買ったアニメでもあるのだが……正直俺はこのアニメが好きだった。
確かに話が違いすぎて、『はぁ!?』とはなった。
特に俺の一番お気に入りキャラである『軽沢めぐみ』という、最初はモブスタート――しかも、まさかの女子から抜群の人気を誇る男子の彼女スタートという、まぁ見る側からしたらあまり好ましくないスタートだった。
しかし、原作の方では、主人公の唯一の相棒にまで成り上がっている。
その子は途中から主人公に協力していたせいで、主人公の正体を探っていた同級生にボロボロにされるんだが、主人公の事を裏切らずに守ろうとした尊さが好きだった。
そのキャラが主人公と距離を縮める話がまさかの違うヒロインに盗られていて、結構ショックを受けたんだが――それと作品の面白さは関係ない。
このアニメ、オープニングが凄く良いし、キャラのイメージにあった声優が抜擢されていて、何より話が結構変わっているのに、かなり面白い。
学生同士の知略を巡らせた戦略バトル。
目立つのを嫌って、それでも勝たなければいけない主人公の暗躍。
アニメになってるのは戦略バトルの所までだが、それでもかなり面白い。
だから、原作を知らずにアニメだけ見た人からは凄く評判が良かった。
ただ、余談なんだが……あまり出てこない中国人の女の子も好きだった。
キャラも好きなんだが――――この子の声、あいつによく似てるんだよな……。
中国人の女の子を演じる声優は――新人の秋刀魚春っという人だ。
……名前には思うとこがあるが――声が可愛い事から、新人でも人気が出ていた。
その人の声が――春花に似ていた。
……女々しいって思ったか?
振られた女の声を気に入るなんて……?
仕方ないだろ、好きなものは好きなんだ。
てか、なんで一人でアニメについて語っているのかって……?
ほっとけ……俺だって現実逃避したくなる事はあるんだ……。
そう――俺の心はこの二日間でスッカリ疲れ切っていた。
主に謂れもない言いがかりと、しつこい程追っかけてくる金髪ギャルのせいなんだが……。
コンコンコン――。
「――っ!」
俺が一人憂鬱になっていると、突如部屋のドアがノックされた。
……桜ちゃんかな……?
えぇ……もしかして、桃井の前だから許してくれただけで、実はまだ怒ってたのかな……?
と言って、無視する事も出来ないし……。
「どうかした……?」
俺はアニメを一時停止した後、そう言ってドアを開けるが――。
「こんば――」
バン――!
――すぐさま、ドアを閉めた。
「ちょっと――!? 何いきなり閉めてるのよ!? 開けなさいよ、こら!」
てっきり桜ちゃんが来たものだと思って開けたら、そこに居たのは桃井だった……。
「嫌だよ! お前さっきあれだけ文句言ったくせに、まだ文句言いに来たのかよ!?」
「違うわよ! 用事があってきたのよ!」
「なんだよ用事って!?」
「とりあえず、ここを開けなさいよ! それから説明するから!」
そう言って、桃井がドアをガンガン引っ張る。
俺も桃井と同じように、中からドアを引っ張り続けた。
くそ――!
なんでこの家、部屋に鍵がついて無いんだ!?
今までは父さんと二人だけだったから気にしなかったけど、桃井達が来た時点でちゃんと付けとかないと色々問題だろ、俺!?
「ちょっと、なんで開けないのよ!?」
「とりあえず、用件を聞いてから開けようじゃないか!」
「なんで!? もしかして、見られたら困るものでもあるのかしら!?」
「な、なんだよ見られても困るものって!?」
「例えば――そう、エロゲーよ! ……~~~~~! なんて事言わせるのよ!」
「知るかよ! 本当に言うなんて思わねぇよ! てか、そんな物持ってない!」
……ちょっとまて……。
なんでこいつ、ピンポイントにエロゲーって言ってるわけ?
普通、そこはAVとかエロ本とかに行くんじゃないのか?
いや、それはそれで困るし、別にその二つは持ってないがな!
というか、エロゲーも見つからないとこに置いてるし、ちゃんと隠しファイルにもしている。
だから、そっち方面に対しては問題ない。
だが――!
「じゃあ、さっさと開けなさいよ!」
「開けたら暴言の嵐が飛んでくるだろ!?」
「私がそんな事すると思ってるの!?」
「お前、一度自分の行動振り返ってみろよ!?」
「……」
俺の言葉に桃井は黙り込み、ドアをガンガン引くのもやめた。
どうやら、本当に振り返っている様だ。
本当、こいつ真面目だな……。
「――いいから開けなさい!」
「あ――お前、今自分でもそうだったと思って誤魔化しただろ!?」
「気のせいよ! あ、桜いいとこに!」
「え――!?」
桜ちゃんの名前を聞いた瞬間、反射的に俺の体が強張る。
そして、その隙に桃井にドアを開けられてしまった。
俺、どんだけ桜ちゃんがトラウマになってるんだよ……。
「やっと……ハァ……開いたわ……。全く……ハァ……ハァ……何を……往生際の悪い事を……」
そう言いながら、息を切らした桃井が一人で立っていた。
……やられた……!
「お前、桜ちゃん居ないじゃねぇか!」
「あら、どうやら気のせいだったようね?」
俺の言葉に、桃井はしてやったりと言った顔で、首を傾げた。
「おい、優等生。何姑息な手段を使ってるんだ……?」
「あなたには言われたくないわね? それよりも、早く中に入れてくれないかしら?」
「…………なんで、中に入る事になってるんだ? 用件を聞くだけだろ?」
俺はそう言って、桃井にしかめっ面を向ける。
本当は桃井が入ろうとした時点で、俺のパソコンに用事があるのはわかっていたが、なんだか納得いかなくて抵抗してしまう。
それに、わざわざペットボトル二つ持参してるし……。
一つは俺にくれるのだろうか……?
こいつの性格的に、あえて二本とも俺の目の前で飲みそうな気もするが……?
「はぁ……察しが悪いわね……。生徒会で必要な資料を作りたいから、パソコン貸してくれるかしら?」
「ぐっ――!」
俺が桃井の行動を予想していると、相変わらず文句を言ってきた。
だから、なんでこいつは人に物を借りに来てその態度なんだ?
というか、生徒会は一体どういう管理をしているんだ?
一々家に持って帰って作業しないといけないなら、ちゃんとスケジュール組みなおせよ……。
ただまぁ、持って帰ってしまった物は仕方ない。
ここで貸さなかったら、桃井が学校で困る事になるしな……。
「わかった、入れよ……」
「ありがとう」
俺の言葉に従い、桃井は部屋に入ってきた。
……あれ?
パソコンを貸さずに、困らせればよかったんじゃないか?
……いや、後が怖いから、それはやめておいて正解だ……。
「……」
中に入ってきた桃井は、何故か立ち止まっていた。
どうしたんだろうか?
俺が桃井の視線を追うと――現在アニメが一時停止されている、テレビ画面を見ていた。
……そういえば、こいつ前にラノベ喜んで持って行ってたな?
しかも、『エロゲー』ってタイトルが入ってるラノベをな。
もしかして、さっき部屋の前で争ってる時にエロゲーと答えたのも、それが原因だったのだろうか?
まぁ、これはこれで面白い。
「どうした桃井? アニメが気になるのか?」
俺の問いかけに、桃井がジーっと見てくる。
どうせまた興味ないとか言うんだろうが……。
それならそれで、挑発して見させてみよう。
この作品は面白いし、戦略バトルだから、頭が良い桃井が好む可能性は十分ある。
「えぇ、そうね。この作品は好きよ?」
「そうかそうか、そこまで馬鹿にするなら――え? 好きなの?」
「何か問題でも?」
「いや……」
え……?
こいつ、これ知ってたの?
これ、話自体は凄く面白いけど、知ってる人ってほとんどオタクだよ?
……あぁそっか。
俺が貸したラノベにハマって、桜ちゃんが友達から借りてくるラノベも読むようになったのかもしれない。
そして、そのままアニメを見るようになったとか。
……あれ?
でもそれだと、桃井があの『エロゲー』をモチーフにしたラノベを気に入ったって事になるな……?
いや、確かにあの作品は面白い。
出てくるヒロイン達は皆可愛くて個性あるし、主人公の彼女は桃井みたいな完璧優等生なのに、主人公の為にエロゲーと同じことをしようとして、主人公を困らせるし、その子の妹は有り得ないほどバカで、本当台風みたいに主人公の生活をかき回すんだが……。
でもあの作品って、やっぱハーレム展開だし、男子に受ける作品なんだよな?
女子にも受けるかもしれないが、桃井が好きになるとは思えないし……?
桃井が実は、そのラノベの完璧優等生みたいに実は孤高に見えているだけで、実際は優しい性格だったとか?
……ありえない。
それだけはありえない。
桃井がそんな性格だったら、俺はもうどんな顔をしたらいいかわからない。
……そのヒロインの子と性格チェンジして、家族生活一からやり直せないかな?
俺がそんな事を考えていると、桃井が俺の方をジーっと見ていた。
やば……。
俺、顔に出してたか……?
「ねぇ、ちなみにあなたはそのアニメの中で、どの子が一番好きなの?」
そう桃井は聞いてきた。
俺は反射的に『え?』って聞き返そうとしたが、前にこんなやりとりで、その反応だけで暴言が返ってきたことを思い出し、慌てて言葉を飲み込む。
そして、何気なしに自分の一番好きなキャラの名前を答えた。
「『軽沢めぐみ』だけど?」
俺がそう答えると、桃井の眼から光が消えた。
……え!?
何その目!?
俺、好きなキャラの名前を答えただけだよ!?
「……アニメキャラの名前って言ったでしょ……?」
「え……あぁ、そっか……」
俺は桃井の言葉に苦笑いで頷く。
……『軽沢めぐみ』も一話から出てくるんだけど!?
あれか?
彼女がちゃんと出てくるのは第一期で終わった次の話からだから、認めないって事か……?
しかしそうなると――
「『市野瀬 波』だな」
――と、主人公とは他のクラスだが、笑顔が可愛く、優秀で友達思いな女の子を答えた。
彼女なら、しっかりとアニメでも役割をこなしていたから問題ないはずだ。
グジュッ――!
……え、今の何の音?
俺は音がした方を見る。
すると――
「あぁあああああああ! お前何してんの!?」
――桃井が右手に持ってるペットボトルを握りつぶしていた!
え、蓋が閉まったペットボトルを握りつぶすって、こいつの握力どうなってるの!?
おかげで俺の部屋にジュースがぶちまかれたんだけど!?
「……何か?」
「な、なんでもないです……」
眼から光を失った桃井に睨まれ、俺は反射的にそう答えた。
何、どういう事!?
こいつ、何がこんなに気に入らないわけ!?
「そうね……それじゃあ、『堀山鈴』は……?」
ヤバイ……これ、返答間違ったら洒落にならないパターンの奴だろ!?
こいつ目から光が消えてるくせに、笑顔で聞いて来たぞ!?
お前、俺に笑顔なんて向けてきた事ないだろ!?
……いや、一度あるけど……少なくとも、あの時の様な優しさが今は無い!
俺は脳をフルに稼働させ、答えを導く。
確か『堀山鈴』は桃井の様に勉強も運動も出来、暴言を吐きまくるが、段々と思いやりを持って行くキャラだったな!?
あれ、でも、アニメのとこだとそこまで成長してない!?
………………よし、こう答えよう!
「綺麗で美人なキャラだけど、口が悪いとこがあって孤高――と思ったら、実際は兄に近づこうと一生懸命頑張る女の子って感じだから、そういう何かに一生懸命頑張る子は好きだよ」
――と、キャラの良いとこ悪いとこもちゃんと言う事で、取り繕ってる感を無くし、それでもって俺が思ってる事を伝えた。
すると――
「なるほど……よくキャラを見てるわね。そう、その子は孤高に見えて、本当は優しい子なの」
――と、桃井が微笑んだ。
俺はそれに安堵する。
よかった……どうやらこの答え方で正解だったようだ。
……優しい部分ってアニメで出てなかったけど……まぁ、そんな無粋なツッコミをするのはやめよう。
そんな事すれば、再びさっきの桃井が降臨しかねない……。
恐らく、その子が桃井の推しキャラだったんだろう。
もしかしたら、自分と重ねて見ていたのかもしれない。
……アニメで出てきそうなキャラと同じって凄いよな?
最近忘れがちだったけど、そう言えばこいつ高スペックキャラだったな……。
こいつも『堀山鈴』みたいに、段々と性格が良くなるんだろうか?
1%くらいは期待できるかもしれない……。
だけど、あの子が思いやりを持つのって、結構してからだしな……。
……あれ、そう言えば――。
「――最近、原作の方で影薄いよな……」
――あ!
俺今、もしかして声に出した!?
安心したせいか、ふと思った事を口にしてしまった!
俺は恐る恐る桃井の方を見る。
そこには――
「ふふ、確かにそうね? 本当、何で一番のメインヒロインだった子が薄くなってるのかしらねぇ?」
――と、桃井が俺の方を見て、笑いかけていた。
もちろん、その目から光を失って……。
そして、桃井の左手には潰されて中身が吹き飛んだペットボトルの空だけがあった。
……なんでそうなってるかは、もう説明不要だろう……。
――うん、気を抜いた時が一番危ないんだね……。
俺はもう、自分の部屋がジュースで汚れた事を気にするんじゃなく、ただひたすら迂闊な発言に後悔するのだった――。