第20話「威嚇する子猫みたいな義妹」
「きりーつ、きをつけー、れーい!」
「「「ありがとうございました!」」」
委員長の挨拶と共に、ホームルームが終了した。
俺はその直後、準備しておいた学生鞄を持ち、コッソリ――そして素早く、ドアを目指した。
「海斗~、一緒に帰ろ~……あれ?」
俺が教室を出てすぐ、そんな声が聞こえる。
――そう、何故か昨日からヤケに俺に付きまとってくる、金髪ギャルの声だ。
今日も西条は、昼休み俺に付きまとってきた。
おかげで桜ちゃんと一緒に弁当を食べる事が出来なかったし、昼休みの間中、他の生徒達の好奇の視線に晒されていた。
本当……ストレスでしかないんだが……。
だからこそ、俺は昨日みたいに下校時西条に捕まらない様に、すぐに教室を出た。
目指すは、多分お怒りであろう桜ちゃんの教室近くの待ち合わせ場所だ。
なんであの子がお怒りかって……?
そんなの、俺が弁当を一緒に食べる約束をドタキャンしたからに決まってるだろ……?
その時のやり取りがこれだ。
『ごめん、わけあって弁当一緒に食べられない。本当ごめん』
――と、俺が送ったんだが――その返事がこれだ。
『うん、大丈夫だよ(^_^)ニコ』
……え、どこが怒ってるのかだって?
うん、普通怒ってるように見えないよな。
……だけど、桜ちゃんはああ見えて、普段顔文字を使わない。
そして、笑顔の顔文字の横に『ニコ』ってついてるだろ?
俺はこれで、あるものを連想してしまう。
そう――昨日のお怒りタイム中に終始見せていた桜ちゃんの笑顔だ。
なんで俺、二度と桜ちゃんとの約束を破らないと心に決めた次の日に、早速破ってるんだ!?
というか、昨日あれだけしつこく付きまとわれたんだから、こうなる事を想定して先に桜ちゃんとの約束を断っとけよ!
……昨日は桜ちゃんの笑顔に怯えるあまり、そんな事を考える余裕がなかったんだがな……。
とりあえず、待ち合わせ場所についたら、すぐに謝って許しを請おう……。
2
だが――俺の想像は外れていたようだ。
「あ――お兄ちゃん、おまたせ!」
そう言って、桜ちゃんが俺の方に駆け寄ってき、ニコッと微笑んだ。
その笑顔は、昨日の様な効果音がつくことはない、普通に可愛らしい笑顔だった。
あ、あれ……?
怒ってないのか?
そうだよな……この子はとても優しい子なんだ。
昨日は長時間待たせてしまった上に、他の女子と遊んでいたと思われていたから、怒っていたんだろう。
でも、だったらあの顔文字はなんだったんだろう……?
ま、まぁ、今はもうそんなことどうでもいいか。
これ以上考えると、なんだか泥沼にハマりそうな気がするし……。
俺はそう結論付け、桜ちゃんに笑顔を向ける。
「ううん、俺もさっき来たところだから」
「そっか、じゃあ帰ろ?」
俺の言葉に笑顔で答えてくれた桜ちゃんと、歩き出したんだが――。
「…………え、えと、桜ちゃん……?」
「なぁに、お兄ちゃん?」
俺の戸惑いが含まれた声に対して笑顔で桜ちゃんが、俺の方を見上げる。
俺はそんな桜ちゃんに、自分の右腕の方を見ながら聞いてみる。
「なんで、抱き着いて来てるの……?」
そう、まるで昨日のデジャヴかの様に、今現在桜ちゃんに右腕を抱きかかえられているのだ。
違うとすれば、西条とは違い背が低い桜ちゃんが抱き着いて来ている姿は、子供が甘えてきている様にしか見えない事。
それと――右腕に当たる感触が凄いという事だ……。
いや、別に西条の時もその感触はあった。
だけど、桜ちゃんのは比にならないくらい柔らかい感触があり、当たる面積も多いのだ。
……ヤバい、なんだか猛烈に罪悪感が込み上げてくる。
それに、こんなとこ桃井に見つかれば、俺の命がヤバい……。
だが、俺にはこの桜ちゃんの腕を解く事など出来ない。
それは、昨日の理不尽な叫びをした金髪ギャルの時とは理由が違う。
…………だからと言って、下心が理由と言う訳でもないぞ……?
いや、確かに感触は凄いよ?
でも、それ以上に罪悪感が凄いから、そんな理由なら解いている。
だけどな――。
俺は先程自分がした質問に答えようとしている桜ちゃんを見る。
その桜ちゃんの返答は――
「だめ……かな……?」
――と、ちょっとはにかんだ笑顔で、俺の質問に対する答えとは別の言葉を返してきた。
――――――可愛すぎるだろぉおおおおおおおおおおお!
「ううん、気が済むまでしていいよ!」
桜ちゃんの質問に、俺は笑顔でそう答えた。
「やったー、ありがとうお兄ちゃん!」
桜ちゃんはそれはもう嬉しそうな顔で、腕に頬すりをしてきた。
俺は幸せそうに腕にくっついてくる桜ちゃんを横目に、頭を抱える。
駄目だ、こんな顔する可愛い妹を、無理矢理引き剥がす事なんて出来ない……。
というか前からあった事だが、この子はたまに俺の理性を崩壊させに来る……。
それくらい本当に可愛かった……。
そのせいで、注目の的になっているんだが……もうそれは諦めるしかないよな……。
俺がそう観念した時、まるで漫画のお決まり展開の様にそいつは現れた――。
「あ――海斗、やっと見つけた!」
「――っ!」
俺はその声のした方を振り返る。
「もう酷いよ~、結構さがし……たん……だから……ね……?」
俺が振り返った先に居たのは西条だった。
その西条と言えば、俺にくっついてる桜ちゃんを見た途端、言葉が途切れ途切れになって、目から光が消えていた。
「浮気……?」
「なんでだよ!?」
俺は思わず西条の言葉に突っ込んでしまう。
なんだよ浮気って!?
いや、前にこいつとしたやり取りから言いたい事はわかる。
わかるが――やはりそれはおかしい!
「だって、桃井妹と腕組んで……」
そう言って、西条は桜ちゃんを指さす。
「いや、二つ程言わせてもらうぞ!? まず、俺はお前の主張を認めていない! つまり、俺達はそういう関係じゃないんだ! そして、桜ちゃんともそう言う関係じゃない!」
俺の言葉に、西条と桜ちゃん――何故か二人ともが頬を膨らませた。
……え、西条はともかく、なんで桜ちゃんまで!?
俺は意味がわからず、桜ちゃんの方を見る。
そして、一つ気づいた。
今の桜ちゃんは警戒心全開の体制に入っていた。
『……え、お前何言ってんの?』って思ったか?
悪い、これ以上この子の状況を表す言葉が思い浮かばないんだ……。
それでも言い表すとしたら、子猫が全身の毛を逆立たせて、威嚇してる感じ……?
と言うか、この子誰!?
いつもの人懐っこい桜ちゃん何処行ったの!?
「さ、桜ちゃん……?」
俺が恐る恐る声を掛けると、桜ちゃんは西条から眼を離さないまま、俺に質問してきた。
「この人、誰かな? お兄ちゃんのお友達?」
そう言う桜ちゃんの声は、緊張を含んでいた。
あれ……?
怒ってるのとは違うよな……?
本当に、西条の事を警戒している感じだ……。
まぁ、それも仕方ないか?
だって、西条の見た目って金髪ギャルだもんな……。
それも、性格も悪いし……。
「あ、私?」
俺が考え事をしていたせいで、桜ちゃんの言葉に西条の方が先に反応した。
そして西条が答えたのは――
「私は海斗の彼女だよ?」
――という、爆弾発言だった。
「お前、本当いい加減にしろよ!? それさっき否定しただろ!?」
「知りませ~ん、男が二言とかカッコ悪いぞ~?」
俺の言葉に対して、西条がアッカンベーしてきた。
「そう……お兄ちゃんの彼女さんなんだ?」
「――っ!」
俺達のやり取りを聞いていた桜ちゃんは、俺の方を見てニコっと微笑んでいた。
……あれ、桜ちゃん?
君のお兄ちゃんはそれを否定したよね……?
なんでお兄ちゃんの言葉じゃなく、金髪ギャルの言葉を信じてるの……?
というか、その『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』って聞こえてきそうな笑顔するの止めてくれないかな!?
結局この後は、終始ニコニコしていた桜ちゃんに気圧された俺は、全身に流れる冷たい汗を感じながら帰宅するのだった――。
――ちなみに西条と言えば、桜ちゃんに認めてもらったのが嬉しかったのか、一人笑顔で帰って行った……。