第259話「アリスルート21」
「――なんだか疲れてるね、大丈夫?」
次の休日、待ち合わせ場所に顔を出すと既に来ていた龍が心配そうに顔を覗き込んできた。
「まぁ、いろいろとあるんだよ……」
「まだ家に帰ってないんだよね? 学校で姉妹から詰め寄られた?」
「いや……まぁそれもあるけど、それよりもちょっとアリスさんの機嫌が悪くて」
あの日以来、彼女の機嫌は日を増すごとに悪くなっている。
もはや、話しかけてくるなオーラを全身から出しているんだ。
今のアリスさんはアリアでも怖いらしく、アリスさんを避けるように彼女も俺の部屋へと入り浸っている。
アリスさんは俺と関わりたくないようで、俺の部屋に居ればアリスさんが来ないから安全ということらしい。
「君がアリスさんを怒らせるなんて、よほどのことをしたんじゃないのかい? 滅多に怒らないでしょ、彼女は」
いったいこいつはどんな罪を犯したんだ、とでも言わんばかりに龍は疑い深い目を向けてくる。
正直その意見には俺も同感なのだけど、現実は俺たちが思っていたほど単純じゃなかった。
「といっても、俺は何もしてないんだよな……」
「君の場合、ナチュラルに怒らせるってことをするからね。その言葉は信用できないよ」
「…………」
付き合いが長くないとはいえ、俺は龍から随分な評価を喰らっていたらしい。
おかしいな、修羅場を共にした龍とは親友に近い関係になれた気がしていたのに、どうやら俺の思い違いだったようだ。
「本当に怒らせた原因はわからないの?」
「強いて言えば、アリアが俺の部屋に入りびたっていることかな? アリスさんにとってアリアは凄く大事な妹だから、俺と二人きりにするのは嫌なのかもしれない」
実際俺とアリアが一緒にいるところを見ると物言いたげな目を向けてくるので、あながち間違っていないと思う。
「君って本当そっち方面になるとポンコツになるよね。もはやわざとやっているように思えてきたよ」
思い当たる節を言うと、龍は額に手を当てて溜息を吐いてしまった。
うん、随分な言われようだ。
「なんだか今日口が悪くないか……?」
「みんなの気持ちを代弁しただけだよ」
「みんな? みんなって誰だ?」
「さぁね。とりあえず、君が悪いからさっさと謝りなよ。アリスさんってあぁ見えて意外と頑固だし、海斗が謝らないと仲直りできないよ」
「原因がわからずに謝ったらどんな目に遭わされるかわからないだろ……。わかるなら教えてくれよ」
「君が彼女の立場になって考えればすぐにわかることだよ」
「アリスさんの立場になって? いや、あの人の頭脳は俺なんかと比べものにならないから、それは無理だ」
IQ200越えの天才が考えることなんて、俺にわかるはずがない。
ただでさえ普段から何を考えているのかわからない人なんだし。
「君は本当、アリスさんを特別視しすぎじゃないかな。いや、まぁ、確かに特別な人ではあるんだけど」
龍は、難しいなぁ、とボソッと呟きながら頭を掻く。
一応俺とアリスさんが昔どういう関係にあったかも知っているから、彼の中でも葛藤が生まれているようだ。
これから用事があるのに、こっちのことで悩ませてなんだか申し訳なってしまう。
「龍、とりあえず用事を済ませよう。俺のことはいいから」
「いや、これはこれで後回しにすると面倒なことに――」
「――龍! 神崎君! なにしてるの、遅いよ!」
龍と話していると、大きな声で名前を呼ばれてしまった。
見れば、制服を着た茶髪でショートツインテールの可愛らしい女の子が、両腕を腰に当ててプリプリと怒っている。
彼女は龍と同じ学校の生徒で、龍とは中学時代から親しい間柄のようだ。
ちなみに、俺の顔見知りでもある。
「ごめん加奈、今海斗と話をして――」
「どうせ、また女の子絡みの揉め事でしょ! すぐに終わらないに決まってるんだから、やること終わらせてからみんなで説教すればいいよ!」
「いや、うん。なんで話も聞かずに決められてるのかな? 後、みんなって龍だけじゃなく誰のこと?」
「神崎君が龍に相談なんて、女の子関係の事しか思い浮かばないし! みんなはまぁ、みんなだよ!」
「うん、まぁ女の子関係の事に関しては否定しないけど、みんなの事に関してはそれ答えになってないよね?」
いったい誰が含まれているのか。
まさかだけど、これから会う人たち全員がそうだとか言わないよな?
「仕方がない、こっちも時間が限られているし、終わらせてしまおうか。どっちみち、すぐには行動移せないことだし」
龍は残念そうに溜息を吐きながら俺の顔を見てきた。
「そうだけど、とりあえずみんなってところは教えてくれないか? てか、説教されるのも嫌なんだけど」
「まぁ、それは諦めたほうがいいかな。とりあえず、終わったら打ち合わせも兼ねて喫茶店さくらに行こうか」
そう言ってニコッと笑いかけてくる龍。
こいつ、俺を見捨てやがったな。
「さて、じゃあ移動しながらこれからのことを話ししようか。この後、これから一緒にやっていく仲間に会ってもらうけど本当に大丈夫かな?」
「あぁ、もちろんだよ」
これから先、こうやって多くの人と関わっていくことになるのだろう。
これも、その予行演習みたいなものだ。







