第252話「アリスルート14」
「アリスさんってどうして膝枕をしたがるんですか?」
……うん、何を聞いてるの俺は?
聞きたかった事全然違うよね?
うまく話を繋がないといけないと思った矢先に出た言葉。
それが絶対にめんどくさい方向に行ってしまう言葉だとわかった途端ツゥッと冷や汗が体を伝った。
しかし――。
「嫌、なの?」
絶対に何かしら怒られると思ったのに、アリスさんが向けてきたのは不安そうな表情だった。
普通の女の子が不安がって相手の様子を窺っている、そんなふうに見える。
「あっ、えっと、そういうわけでは……」
心準備をしようとした事とは違った反応に俺は戸惑ってしまう。
そして慌てて口を開いた。
「い、いえ、嬉しいです……」
すると、アリスさんはニコッと笑みを浮かべた。
「ちょろい」
そして発せられた言葉は、表情とはかけ離れた物。
完全にはめられてしまったようだ。
そうだった、この人がこんな事で不安がるわけがないし、俺が嫌がっていない事くらい最初から見抜いてる。
そんな事わかっていたはずなのに今俺は本気で騙されてしまった。
しかもちょっとかわいいと思ったのが情けない。
「ア、アリスさん、人をからかわないでください……!」
「先に喧嘩を売ってきたのはカイ。アリスはそれを返り討ちにしただけ」
「誰も喧嘩なんて売ってませんよ!」
「売ってた」
アリスさんに喧嘩を売るなんてそんな恐れ多い事出来るはずがない。
確かにちょっとしてはいけない質問をしたけど、別にそれは喧嘩を売ったわけではないだろ。
いくらなんでもその受け取り方は悪意的だ。
――あっ、いや、違う。
そうじゃない。
俺は必至に頭を回転させる中で、自分が駄目な方向に思考を向けていた事に気が付く。
アリスさんは別に俺が喧嘩を売っただなんて本気では思っていないんだ。
ただ、話題を逸らそうとしている。
そのために即座に手を打たれて俺の思考を書き換えられたんだ。
危うくしたかった話が出来ずに終わるところだった。
「むっ」
俺の思考がクリアになった事に一早く気付いたのだろう。
こちらを見ていたアリスさんが不機嫌そうに眉を顰めた。
「あの、真面目に話がしたいんですけど」
「アリスにする話はない」
「そう突き放さないでください」
「うるさい」
あぁ、めっちゃ不機嫌だ。
まぁ触れられてほしくないというのもわかるんだけど、正直このままにしておきたくない。
「どうして話を聞いてくれないのですか?」
「する価値がないと思ってるから」
頑なだな。
俺がしたい話が何かわかっているという事なんだろう。
もし俺と話がしたくないとか、話をする価値がないと思ってるのならこの人は部屋を出て行く。
それをせずにここに居座っているという事は話自体はしてくれるという事だ。
ただ、俺がしたい話題がしたくないだけで。
「本当に話がしたいんです。駄目ですか?」
この人が話す気になってくれなければ先程と同じようにあっさり話は逸らされてしまう。
ちゃんと了承を得てからじゃないと話は出来ないのだ。
「…………」
アリスさんは口を閉ざしてしまい、無言で俺の顔を見つめてくる。
ここで動揺をしてしまうと絶対に認めてもらえないため、俺は本気だと伝えるために意思を込めてアリスさんの目を見つめ返した。
そこから数十秒ほど見つめ合った後、アリスさんはゆっくりと息を吐く。
「前を向いて」
しかし、発せられた言葉はよくわからない指示だった。
俺とアリスさんはお互いにベッドの上に並ぶように座っており、俺は右を、アリスさんは左を向く形で話をしていた。
それなのに前を向いてしまうとアリスさんから顔を背けてしまい、話をするにしては変な体勢になってしまう。
これはやっぱり話すつもりがないという事なのか?
「あの、アリスさん」
「いいから前を向く。そして背中を壁につけて」
「えっと……?」
「早く」
「は、はい」
戸惑っていると睨まれてしまったため、俺は言われた通りに前を向いて背中を壁にくっつけられるようにベッド奥へと深く座った。
そしてアリスさんに視線を向けると、彼女はなぜか立ち上がった後俺のほうへと体を寄せてくる。
何をしてるんだろう?
と疑問を抱いていると、アリスさんは俺の両足に手を添えて広げ始めた。
そして満足いくくらいに足が開いたのか、アリスさんは体を回転させて前を向いた後、空いた俺の足と足の間へとすっぽりと入ってくる。
状況を理解して俺は声を出そうとするけど、それよりも早くアリスさんは背中を俺の胸へと預けてきてしまった。
「これなら、話を聞く」
アリスさんはそう言うと、声が聞きやすいようにするためか右側の髪を手で耳にかけたのだけど、その耳は後ろから見てもわかるほどに真っ赤に染まっていた。