第245話「アリスルート7」
「なん、だ……この、部屋……?」
「何って、あなたが今日から住む部屋じゃない」
アリアに導かれて辿り着いた部屋に驚愕していると、何をおかしな事を言ってるんだ、とでも言いたそうな表情でアリアが首を傾げる。
その態度を見て、あぁやっぱり俺とアリアでは感覚が違うんだな、と半ば諦めつつ俺は口を開いた。
「いや、俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて――というか、住むわけじゃないから」
「何、この部屋に不満があるわけ? どこが気に入らないか言ってみなさいよ、変えるから」
俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか微妙な感じでアリアが返してくる。
というか、不満があれば変えてくれるのか。
意外とアリアはいい奴なのかもしれない。
居候(?)相手に合わせる態度を見せるアリアを意外に感じつつ、だけどこの部屋に不満を抱いているわけではないため、きっちりその事を伝えるために口を開いた。
「不満というか、この部屋、いったいいくら使ってるんだ……?」
俺は案内された部屋を見回してみる。
自分の部屋の四倍くらいありそうな部屋は、大きくわけて二種類の装飾がなされていた。
西側半分に広がるのは、アニメなどでIT技術に優れたキャラの部屋のような装飾。
スペックの高そうな機材の数々が独特の雰囲気を醸し出しながら配置されている。
ディスプレイなんて大型のが六台も三×二のマス目状に配置されているし、その前には座り心地の良さそうなゲーミングチェアがあった。
パソコン本体のサイズは俺のパソコンの六倍くらいある大きさなのだけど、あれのスペックはいったいどうなっているのだろうか?
少なくとも一般人が使うならあまりあるほどのスペックを有するだろう。
……後、箱の形がかっこいいので少し気に入った。
そして東側半分にあるのは、なぜかキャラグッズに埋められている部屋。
ポスターやフィギュアはもちろんの事、ベッドやカーテンにまで二次元キャラの絵が入っている。
しかもベッドやカーテンの素材は離れた場所から見ても高級そうな物が使われているのがわかり、絶対にこれは特注で作られたという事がわかった。
それに気になるのは、グッズや布団などに描かれている女の子は金髪ストレートヘアーの碧眼で、アリスさんによく似ているという事。
もしかして、お姉ちゃん大好きなアリアの趣味によって装飾された部屋なのだろうか?
それならアリスさんに似ているキャラで埋め尽くされるのもわからなくもない。
……うん、無理矢理、なんとか納得が出来そうだ。
正直部屋のセンスには疑問しかないけど、これだけの部屋にするにはお金がたくさんかかったはず。
そんな部屋に俺なんかを泊めていいのだろうか?
「お金? あぁ、別にそんなかかってないんじゃないかしら。使ってても数百万程度でしょ」
「…………俺、本当お前が怖いわ」
「なんでよ!?」
アリアの発言に頭を抱えると、納得がいかないと言いたげにアリアが顔を覗きこんできた。
どうやらこいつには俺がどうして頭を抱えているかわからないようだ。
数百万――一般人からすればそれがどれだけの大金であるか。
それをアリアははした金のように言うのだ。
金銭感覚が狂っている事と、数百万円をはした金と言えるだけの財力が怖い。
今更ながらアリアってお嬢様だったんだと思い直した。
普段の言動からだと全然お嬢様っぽくないからどうしても切り離してしまうのだ。
屋敷に入ってからもアリアというより、アリスさんの屋敷という感覚が強いというか、なんだかアリアとお嬢様のイメージが結びつかない。
そのせいで、屋敷などを見ていてもアリアをお嬢様だとは思えなかったのだろう。
……まぁ言葉にすると絶対に怒るから言わないけど。
「俺、この部屋使いたくない……」
「嘘でしょ!? 何が気に入らないっていうのよ!?」
この部屋を使う事を拒絶すると、アリアは面喰ったように目を見開く。
その様子からは、絶対にこの部屋を俺が気に入る自信があったというのがわかった。
だけど、おそらく俺じゃなくても全員がこの部屋は使いたくないというだろう。
なんせ、数百万かけて作られた部屋だ。
物一つ壊しても大金がかかるし、当然汚しても問題になる。
こんな部屋怖くて使えるわけがない。
「物壊したりしても責任取れないから嫌なんだよ」
「いいわよ、そんなの! あなたが使わなかったらこれを作った事自体無駄じゃない!」
「……あれ、この部屋俺のために作られたの?」
「当たり前でしょ! どうして今頃気付くのよ!」
アリアの言葉から疑問に思った事を聞くと、なぜか怒られてしまった。
プリプリと怒り、とても不機嫌になってしまっている。
「えっ、これって俺が泊まりに来るってわかったから作ったの? どう考えても間に合わなくないか?」
「あなたがいつ来てもいいように予め作っておいたに決まってるじゃない!」
俺がいつ来てもいいようにって、どう考えてもいらない準備じゃないだろうか?
少なくとも泊まるような事がなければ必要ないわけだし……。
もしかして、アリスさんがいつか俺が家出をする事を予想していたのか?
――いや、さすがにそれはない。
いくらアリスさんでも、俺の父さんのように会った事もない人間と起きる事態など読み切れるはずがないだろう。
もし出来たとしたら、もうアリスさんは普通の人間じゃなくエスパーだ。
……というか、よく考えらこんな部屋を俺が使う事をアリスさんは許すだろうか?
自分によく似たキャラで埋め尽くされる部屋を男に使われるなんて、普通なら嫌がるはずだ。
アリアの事だからアリスさんに確認もなくやっている可能性があるし、ちゃんと聞いておいたほうが身のためだ。
俺はこの後アリスさんに何か罰を与えられるのを恐れ、予め彼女に確認を取る事に決める。
そのため、なぜかこの部屋に来てから黙り込んでしまっているアリスさんに視線を向けて口を開いた。
「アリスさんはいいんですか? その……少し言い辛いですけど、このキャラってアリスさんにソックリですよね? 俺に使われるのは嫌なんじゃ……?」
声を掛けると、アリスさんにしては珍しく俺から目を逸らしてしまった。
どうして目を逸らされたのだろう、と不思議に思っていると、彼女の目は辺りを見回すように彷徨い始める。
待つ事数十秒、やっと辺りを彷徨っていたアリスさんの視線が俺へと帰って来た。
だけど何か言い辛い事でもあるのか、アリスさんはもごもごとして中々口を開こうとしない。
どうしたのだろう、と疑問を抱きながら彼女が口を開くのを待つと、なぜか隣にいるアリアがニマニマとしていた。
とても楽しげに見えるけど、この表情をアリスさんに見られたら怒られるような気がする。
というか、その表情を俺にも向けてきたため、ちょっと頬をつねりたい気分になった。
「……………………まぁ……カイがいいなら……仕方ない……かな……」
うざい表情を向けてくるアリアの頬をつねるかどうか悩んでいると、やっとアリスさんが口を開いてくれた。
だけどその声はとてもか細く、空耳かと錯覚してしまいそうなほどに小さかった。
けれど表情から伝わってくるのは、嫌だという気持ちではなく、恥ずかしいという気持ち。
自分にソックリなキャラが描かれている物を使われる事に照れているというのが伝わってきた。
――あっ、満更でもなさそう。
珍しく恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らしながらも、チラチラと何かを期待するように俺の顔を見てくるアリスさん。
俺はそんな彼女の表情を見て、少し照れ臭い気持ちになるのだった。