第240話「アリスルート2」
「なぁ、海斗。一応聞いておくけど、お前と咲姫ちゃんは付き合っているわけじゃないよな?」
食事を終えて部屋に連れ込まれたと思ったら、息をつく間もなく父さんが質問をしてきた。
ちなみに、俺について来ようとした咲姫は父さんに断られて二階に上がってしまった。
頬を膨らませて拗ねていたから多分俺の部屋にいるだろう。
拗ねると自分の部屋に戻らず、俺の部屋でラノベを読み出すからなあの子は。
たまに酷い時は俺の布団に潜っている時もある。
俺が止めないせいか、日に日に行動が大胆になっている気がするけど、今さら言ったところで聞きはしない。
あまりの大胆さに、俺がいつ怒るか限界まで試すチキンレースをしているんじゃないと思うくらいだ。
……まぁ、甘えたいオーラを全開に出してくるから、かわいくて止める気になれないのだけど。
どうやら俺は咲姫を前にすると脳がピンク色に染まるようだ。
……うん、自分で言っててどん引きだ。
「付き合っているわけないじゃない」
自分の発想がやばくなってきたところで、俺は考えるのをやめて父さんの質問に答えた。
もう色々と飛び越えてしまっているような気がするけど、それでも俺は咲姫と付き合ってはいない。
そもそも体の関係は持ってないのだからセーフだと思う。
俺に怒られる謂れはない。
「最初は仲が凄く悪かった二人が今はとても仲良しで父さんは嬉しいと思う」
父さんは俺の言葉をどういうふうに捉えたのかわからないけど、真剣な眼差しで俺の顔を見つめてきた。
言葉からは今の俺たちの関係を肯定しているように取れる。
だけど、当然ただ肯定されて終わりという事はない。
「だがな、先程も言った通り二人はいい歳なんだから、距離感っていうのも考えろよ?」
「うん、わかってるよ」
「わかってたら、どうして咲姫ちゃんがあんなベタベタになるんだ」
それは俺が怒られないといけない事なのか?
咲姫に言ってくれよ。
理不尽な怒られ方をし、さすがにイラッときた。
そんな俺を見て、父さんが溜め息混じりに口を開く。
どうやら俺は苛つきを顔に出してしまったようだ。
「咲姫ちゃんだけじゃない、桜ちゃんもだ。あの子も海斗に凄く懐いているのはわかるけど、少し距離感が近すぎないか?」
桜ちゃんも俺のせいなのだろうか?
確かに天使のようにかわいいから結構甘やかしているけど、抱きついてきているのは桜ちゃんのほうだ。
俺から求めた事は一度もない。
それに最近はどちらかというと一緒にいる事も少なくなったのに、どうして文句を言われなければいけないのか。
別に悪い事なんて何一つしていないのに。
「あのさ、別にそれの何が悪いの? 仲がいいっていい事じゃんか」
このままだと一方的に怒られて終わりだと思った俺は、少しだけ言い返す事にした。
俺は越えたらいけないラインを越えないように我慢しているのに、それで怒られるのはさすがに納得がいかない。
どれだけ俺が我慢をしているのか、父さんは知らないから言えるんだ。
「お前な、距離感が大事って言ってるんだろ? もしあの子たちに手を出して、責任を取れるのか? 父さんには香苗さんからあの子たちを任されている責任があるんだよ」
責任、責任ねぇ……今更それを言うのか。
「今まで散々俺たち三人だけにしといて、今更責任だって? それを言うんだったら一緒に暮らし始めた時に何かしらのケアをしとけよ。自分が思っていた以上に仲良くなり始めたから責任の話を持ち出すなんて、少しずるくないか?」
「三人だけにする事になったのは悪かったと思ってるよ。だけど、仕事があったんだから仕方ないだろ?」
俺の口調と声色が変わったからか、父さんはなだめるように優しい口調に変えて返してきた。
言い合いをする気はない、そういった思いが見て取れる。
この人はこうやって躱そうとするからずるい。
それで後日、こちらの気が落ち着いたところでまた説教だ。
いい加減同じパターンを繰り返させてたまるか。
「仕事があったから仕方がない? あの頃の俺たちがどれだけ殺伐としてたか知ってるよな? それでも平気な顔をして仕事に行ってたんだから、今も同じように気にせず仕事に行っとけよ。都合が悪くなった時だけ口出ししてくんな」
「何をそんなに怒ってるんだ。その事は悪かったと謝ってるじゃないか。今は終わった事じゃなく、これからについて話してるんだよ。海斗が迂闊に手を出して、二人とも後悔するようになったら嫌だろ?」
だから、なんでなんも知らないくせにそんな事言ってくるんだよ。
それくらいわかってる。
わかってるからこそ、俺はずっと我慢してるんじゃないか。
なのに人の気も知らないで偉そうに説教かよ。
普通なら些細な事だったかもしれない。
多分一年前の俺なら、文句の一つも言わずに大人しく説教を喰らっていただろう。
だけど、今まで散々我慢してきた事に対して文句を言われた事で、俺の中には怒りが溜まり続けていた。
そしてその怒りは――父さんの、信じられない一言で爆発してしまう。
「それにお前、今までずっと言わずにおいたけど、学園でハーレムなんて作ってるそうじゃないか。遊びたい年頃だって事はわかるけど――」
「――は?」
自分でも驚くほど冷たい声だったと思う。
父さんが知っている事に関しては大した驚きもない。
学園であれだけ騒ぎになっているんだ。
先生から何かしらの注意が父さんに行っていても不思議じゃない。
だけど――遊びたい年頃だって?
あぁ、そうかよ。
父さんは俺が望んでハーレムを作ったと思ってるわけだ。
まさかそこまで信用がないとは思わなかった。
はぁ……あほらし。
「おい、何処に行くんだ?」
もう話すのも嫌になった俺が椅子から立ち上がると、険を帯びた声で父さんが話し掛けてきた。
俺が会話を拒否したと理解し、怒っているのだろう。
だけど知った事ではない。
俺は父さんの言葉を無視し、そのまま部屋を出た。
そして、自分の部屋には戻らず玄関へと向かう。
すると、父さんの部屋のドアが大きな音を立てて開いたのがわかる。
さすがに今の態度には父さんも怒ったという事か。
俺はめんどくさそうにしながら後ろを振り返る。
そこには、俺の事を見据える父さんが立っていた
「随分と調子に乗っているようだな?」
「別に、普通だと思うけど」
「これから何処に行こうっていうんだ?」
「外」
「そうか――だったら、もう帰ってこなくていいぞ」
父さんにこの言葉を言われたのは初めてだった。
だけど特段ショックを受ける事もない。
元々こちらから出ていくつもりだったのだからな。
「親の言葉を聞けないなら家にいる必要はない。一人になって頭を冷やしてこい」
「はいはい」
俺は父さんの言葉に適当に返事をすると、財布が入ったポーチを持って外に出た。
父さんは俺が金稼ぎをしている事を知らないから、お金が無くなってすぐに帰ってくると思っているのだろう。
生憎、数ヵ月は普通に暮らせるだけのお金は持っている。
学園に通うための制服や鞄などは父さんがいない時に家に帰って持ち出せばいいだろう。
幸い明日は日曜日だし、困る事なんてない。
ただ、咲姫は怒るだろうなぁ……。
俺が出て行くと言うと付いて来ると言い兼ねないけど、黙っていなくなれば探しそうな気もする。
だから少し家から離されたところで連絡はしておこう。
さて、とりあえずは今日泊まるところを探さないと……。
もう家に帰らないと決めた俺は、スマホを取り出して近場にあるホテルを適当に検索するのだった。
次話をお楽しみに(*´▽`*)