第239話「アリスルート1」
「最近二人とも一緒に海斗の部屋にこもってるみたいだけど、いったい何をしているんだ?」
珍しく家族が全員揃った夕飯時、咲姫が俺の部屋に入り浸っている事について父さんが急に尋ねてきた。
父さんはあまり口出しをせず、どちらかというと放任主義のような性格をしているのだが、さすがにここ数ヵ月の咲姫の行動を疑問に思っているのだ。
まぁそれでも、数ヵ月様子を見てくれていたというわけなのだが。
口うるさい親とかだと男女が一緒の部屋にいるだけでも文句を言うのだし、父さんは気長に待っていてくれたと思う。
「勉強を見てもらっているんだよ」
いつかこういう質問をされる事はわかっていた。
だから俺は予め咲姫と口裏を合わせておいた内容を父さんに返す。
咲姫と口裏を合わせていたのは、合わせておかないと咲姫がうっかりエロゲーの事を口走ってしまう恐れがあったからだ。
この子、気を張ってる時は全く隙がないくせに、気を抜くとポンコツレベルになるからな。
気を抜くなとは言わないけど、暴露してはいけない事ぐらいの判断はしてほしいところだ。
成績がいい咲姫に勉強を見てもらっていると言えば、父さんも大目に見てくれるはず――そう思ったのだが、ここで思わぬ横やりが入った。
そう、俺と父さんの間に座る桜ちゃんだ。
父さんたちがいる時の食卓の席は、俺と咲姫が隣同士、父さんと香苗さんが隣同士に座るようになっていた。
そして、桜ちゃんは俺と父さんが向かい合う間――中央の席に座っている。
本当なら咲姫と香苗さんの間の席に座るものだけど、俺の隣がいいという事でこの席になっていた。
なんてかわいい妹だろう。
だけど、そんなかわいい妹の一言によって俺は追い詰められる事になった。
「そっかぁ、あれも勉強になるんだね」
「――っ!?」
箸でブリの身を丁寧に切り裂く桜ちゃんが、プクッと小さく頬を膨らませながら首を傾げる。
凄く棘があるような声以上に、俺は言葉の内容に息を詰まらせた。
この言い方、もしかして桜ちゃん俺たちがしている事に気付いてる……?
それになんだか拗ねているような……?
明らかに拗ねながら何か知っていそうな態度を見せる桜ちゃんを見て、俺は冷たい汗が背中を流れてきた。
「あの、桜ちゃ――」
「なぁ海斗、お前部屋で変な事をしていないよな?」
「――っ!」
慌てて桜ちゃんにフォローを入れようとした俺の声は、若干怒りを秘めた声で発された父さんの声に遮られる。
この人、桜ちゃんや咲姫の事になると少々短気になりすぎだ。
なんだかテーブル越しに睨まれているし。
「ないない! 別に変な事なんてしてないって!」
このままではとんでもない誤解を受けると思った俺は、ブンブンと首を横に振って否定をする。
エロゲーを二人でしている時点で変な事の部類に入るのかもしれないが、少なくとも父さんが考えているような事はしていない。
むしろ俺は凄く我慢しているのだから、こんな事で疑われるのは心外でしかなかった。
「そうだよ、お父さん。私たちは真面目に勉強してるだけだから」
咲姫も疑われる事はまずいと理解しているようで、ちゃんと俺のフォローをしてくれる。
こういう時は頼りになる奴だ。
「……なぁ、咲姫ちゃん。ずっと気になっていたんだけど、どうして海斗と肩がくっつきそうなほど近付いて食べているんだい?」
咲姫の言葉を聞いた父さんは、やっぱりこの二人は怪しいといった感じの目を向けてくる。
原因は今指摘された通り、咲姫が俺と肩が当たりそうな距離に詰めているからだろう。
時折わざと手を当ててくるし、それが父さんの目に止まってしまったようだ。
咲姫のこの行動は結構前から行われていたのだが、言っても直らなかったため俺はほうっておく事にした。
そしてそのまま慣れて当たり前の事になっていたのだけど、確かに何も知らない人から見れば疑われて当然だ。
特に咲姫のベタベタ具合はここ最近酷くなっているし、それによって父さんも口を挟まないとまずいと思ったのかもしれない。
「あっ、えっと……狭くて?」
咲姫は困ったように視線を彷徨わせると、かわいらしく小首を傾げて誤魔化した。
なるほど、狭いから身を寄せ合っているか。
言葉だけ聞いていると確かに筋は通っている。
だけど咲姫の場合だと、無理があった。
なんせ俺たちが座っているテーブルには、五人が普通に座れるだけのスペースがちゃんとあるのだから。
「咲姫ちゃん、君の右手方向には結構なスペースがあるよ?」
当然、父さんにもそこをツッコまれてしまう。
俺は咲姫の左手側に座っているため、右手側が空いている以上俺に詰めて座る必要がないと父さんは言っている。
これでは、下手な言い訳をしたせいで余計に疑われるようになってしまっただけだ。
そして父さんは溜息交じりに口を開いた。
「あまり口出しをしたくないけど、二人ともいい歳をした男女なのだから距離感ってものをだね――」
「まぁまぁ、いいじゃない。子供たちは子供たちの好きにさせてあげれば」
父さんの説教が始まりそうになった時、この場で一番父さんが聞く耳を持ちそうな人物が間に入ってくれた。
もちろん、香苗さんの事だ。
「香苗さん……?」
「いい歳をした男女なのだから、超えていいライン、超えては駄目なラインをきちんと判断出来ると思うよ。それでもし超えてしまったら、自己責任って事でいいじゃない」
一見責任放棄にも取れる言葉。
だけど香苗さんは俺たちの事を信じているからこそ、この言葉を言ったのがわかる。
それに俺と咲姫がくっつく事に関しては前向きな姿勢を見せていた。
だから応援してくれる意味もあって、父さんに口出しをするなと言ってくれたのだろう。
「う~ん……香苗さんの言う事もわかるんだけどね……。咲姫ちゃんが魅力的だから、いつか海斗が手を出さないか心配で――」
香苗さんの言葉を聞き、父さんは少し迷い始める。
とりあえず今日のところはこのまま話が終わりそうだ――そう思った時、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「――別にいいけど、手を出されても」
「「――っ!?」」
父さんの言葉に反応した咲姫が、空気を凍らせるような一言をボソッと呟いたのだ。
その言葉に俺と父さんは息を呑む。
そして香苗さんは額を押さえて溜息をつき、桜ちゃんは聞こえなかったフリをしているのか食事に集中しているが、うまくおかずを箸で掴めていなかった。
全員が全員咲姫の言葉に動揺したのだ。
無意識なのかもしれないが、咲姫の奴ここにきてとんでもない爆弾を放り込んでくれやがった。
俺はソッと静かに椅子を引き、立ち上がって部屋を出ようとする。
この場にいるのはまずいと早々に理解していたからだ。
しかし――
「何処に行こうっていうんだ、海斗?」
――テーブルから離れる前に父さんに捕まってしまった。
「と、父さん?」
「ちょっと父さんの部屋で話そうじゃないか」
「はい……」
俺の顔を見つめる父さんの般若顔を見て、俺は全てを諦めて大人しく連行されるのだった。
サブタイトルから察している方も多いとは思いますが、ここから個別ルートでいきます。
咲姫ルートよりも先に、アリスさんルートから書かせて頂きます!