第237話「クズ野郎」
「――俺はクズだ……」
「うん、会って早々どうしたの? とりあえず他のお客さんから変な目で見られるから、顔を上げようか」
十二月の頭、待ち合わせをしていたお店――喫茶店さくらで突如テーブルに突っ伏した俺に対して龍が苦笑いを浮かべる。
このお店は龍がバイトをしていた場所だったらしく、俺のほうもこのお店には縁があったため、龍と話がある時はこのお店を使うようになっていた。
「何、今度は何をやらかしたの?」
丁度コーヒーを二つ持って来てくれたようで、いつものウェストレスさん――桜井さんが俺に尋ねてきた。
龍と初めて一緒にここに来た時に知った事だが、彼女は龍と同じ高校に通っているらしい。
というよりも、中学から同じだったとか。
龍と話をする姿を見ていても二人がとても親しい関係だとわかる。
紫之宮さんという存在がいなければ桜井さんが龍の彼女かと思うくらいだ。
そんな桜井さんとは、最近このお店をよく使っているため結構話すようになった。
そして俺がこのお店を使う時は龍に厄介事を持ち込んでいる事が多いため、今回も何か厄介事を持ち込んできたと思っているんだろう。
「今度はって、俺早々やらかしてないと思うぞ?」
龍に相談を持ち込んだ内容でいえば、白兎とカミラちゃんの事や、春花が他の声優から嫌がらせを受けて仕事がもらえなくなり落ち込んでいた事だ。
結局白兎とカミラちゃんの事は、アリスさんの全面的な協力があり二人は付き合う事になった。
もちろん、もうカミラちゃんは白兎が男だという事を知っている。
男を目の敵にしていたカミラちゃんもこれで落ち着く事だろう。
……俺に対しての風当たりは未だに強いままだが。
春花の事に関しては、俺が大好きだった声優――かなにゃんが手を回して嫌がらせをしていると知り、大分ショックだった。
だけど、アリスさんに協力をしてもらって直接話してみたところ、実はかなにゃんは借金を抱えていて大変で、事務所に脅されてやっていただけだった。
要はかなにゃんが所属する事務所が、他事務所の有望な声優を潰そうとしていたのだ。
相手の事務所は業界ではかなり大きいところで、社長は大物だから敵に回さないほうがいいと初めアリアに説得された。
けれど春花に酷い事をされ、かなにゃんと直接話して彼女の思いを知った俺は打って出る事にした。
その際に龍にも相談に乗ってもらったのだ。
結局は龍にアリスさん、それに雲母やアリア、紫之宮楓さんにまで協力してもらう事が出来、早々に決着をつけられた。
今はかなにゃんの事務所の社長も心を入れ替えて真面目にやってくれているらしい。
最後にかなにゃんの生ボイスとサインがもらえて俺は大満足だった。
――うん、今振り返っても俺がやらかしたという記憶はない。
だから今の桜井さんの発言は納得がいかなかった。
「あれ、また女の子の誰かを怒らせたって相談じゃなかったの?」
「…………」
意外そうに言ってきた桜井さんに対して俺は口を紡ぐ。
なるほど、そっちできたか。
確かに俺はそっち方面でも龍によく相談をしていた。
なんせ事あるごとに咲姫や雲母、最近ではアリアまでもを怒らせる事が多くなっていたからだ。
しかも今日の相談に関してはそっち系のものになる。
二人は『あっ、やっぱり今回も女の子を怒らせたんだ』って感じの目で俺を見ていた。
俺が黙ってしまったからだろう。
「いや、今日はちょっと違うかな」
「どういう事?」
龍は砂糖とミルクを少し入れたコーヒーを口に運びながら尋ねてくる。
美少年はコーヒーを飲む姿だけでも絵になるのだからずるいと思ったのはここだけの話。
「最近さ、俺って女の子と遊びに行く事が多くて――」
「「自慢?」」
「違う!」
声を揃えて首を傾げる二人の言葉を慌てて否定する。
確かに傍から聞けば自慢のように聞こえるかもしれないが、本気で俺は自慢をしているわけではない。
むしろ悩みの種がこれなのだ。
「何が不満なの?」
「不満、というか、ちょっと自分がしている事が最低で……」
「あ~、いろんな女の子と遊ぶ事が不義理的な?」
俺は桜井さんの言葉にコクリと頷く。
咲姫や雲母の気持ちを知っておいていろんな女の子と遊びに行っている。
それがとてつもなく悪い事をしているように思えてしまうのだ。
「まぁ、女の敵だよね」
「ぐふっ!」
容赦なく突き付けられる言葉に俺は再びテーブルに突っ伏す。
やはり俺がやっている事は最低だったか。
「加奈、言い方を考えなよ」
「だって事実じゃん」
「海斗も悪気があってしてるわけじゃないからさ。むしろ断ると相手を悲しませてしまうから受けてしまっているわけだし」
さすがといったところなのか。
ほとんど説明をしていないにもかかわらず、龍は俺の気持ちを察してくれている。
しかし、桜井さんは龍の言葉が気に入らなかったようだ。
「それ、女の子を悲しませる男の典型的な考え方だから。相手に期待をもたせるほど残酷な事はないよ」
「うっ……」
再び桜井さんの言葉の棘が俺の胸に刺さる。
いつもはこんな事ないのだが、どうやらこの話題は桜井さんにとって受け入れ難いものらしい。
「まぁ確かによくない事ではあるけどさ。えっと……この前だとアリスさん、アリアさんと一緒に買い物に行ったんだっけ?」
休みの日、いきなり押しかけてきたアリアに連れられて東京にまで買い物に行った時の事だ。
メインは服の買い物で、アリスさんが着る服に対しての意見を聞かれていた。
ずっと着せ替え人形にされていたアリスさんは途中でへそを曲げてしまい、午後辺りからは俺が着せ替え人形にされてしまった。
買い物に付き合わさせたお詫びとしてアリアとアリスさんが気に入った男服をいくつか奢ってもらったが、いろいろと振り回されて大変な一日だったと記憶している。
奢って貰った服に関しては額が額で凄く気が引けたが、アリアが譲る気配がなく有難くもらった。
帰りに寄った三ツ星レストランのフランス料理の味は二度と忘れないかもしれない。
それもアリアが奢ってくれて、いったいあいつはどれだけお金を持っているのかと思った。
「神崎君って紐になりたいの?」
「断じてそのような気持ちはないです」
二人と買い物に行ったと聞き、内容を聞かなくてもどういった事が行われたか察しがついたのだろう。
桜井さんがからかうように聞いてきたため、俺は即答で否定をした。
紐になると楽で幸せな生活が出来るかもしれないが、相手に対して凄く罪悪感を抱えそうな気がする。
俺はそんな思いをしたくない。
「それで、女の子の誘いを断れずにいる自分に嫌気がさしているわけかい?」
このままだと俺が嫌がる展開に話が行くと思ったのか、龍が話の路線を元に戻してくれた。
俺は龍の問いかけに対して首を横に振る。
「いや、そうじゃなくて……その、俺って好きな女の子がいるんだ」
「うん、知ってる」
「……それなのに、他の女の子とも遊びに行って――しかも、最近だとその子たちにまで気が行き始めたというか……」
どうして話してもいないのに好きな女の子がいるという事を知られているのかってところはとりあえず流し、俺は自分の気持ちを白状する。
「最低」
当然、他の女の子にも気が行き始めたと言えば、こんな批判が返ってくるものだ。
今は桜井さんの顔を見るのが怖い。
「なるほど、だからクズってわけか」
「あぁ、自分でも最低だと思うよ」
俺の言葉を聞き、龍は口に手を当てて何やら考え始める。
その横ではいつの間にか桜井さんが座っており、物言いたげに俺の顔を見つめていた。
文句があるって事がよくわかるが、とりあえずは龍が何かを考えているため言葉を待つ事にしたのだろう。
ほんと、後で何を言われるか怖い。
「――まぁでもさ、仕方ないと思うよ」
「えっ?」
「龍!?」
数十秒考えて龍が出した答えに、俺と桜井さんは驚いた。
そして桜井さんが喰ってかかるように龍に文句を言い始めるが、龍が桜井さんの頭をポンポンッと叩いて『少し静かにしてて』とお願いをすると、桜井さんはグッと押し黙ってしまう。
龍も龍で罪作りな奴だな、と俺は思った。
最終章「それぞれの道」開始です(*´▽`*)
最後までお付き合いください!