第236話「元凶」
「――アリスを煽るとは、いい度胸をしてる」
金髪ギャルにカイが向かった事を確認し、アリスはカイがこんな行動を取る事になった元凶に後ろから声を掛けた。
元凶は人が良さそうな笑顔でアリスのほうを振り向く。
「もしかして、全てお見通しですか?」
「当たり前。アリスに隠し事は通じない」
元凶が行った事を全て見抜いている事を伝えると、元凶は困ったように頬を指で掻き始めた。
だけど、それがポーズだけで本当はそれほど困っていない事は表情を見ればわかる。
アリスにこんな態度が取れる人間はそうはいない。
ほんと、中々いい度胸をしてる。
「喜んで頂けたと思ったのですが?」
「それとこれとは話が別。よくもカイをけしかけてくれたね」
「おかしいな、アリスさんは後ろに目が付いているのですか?」
元凶は苦笑いを浮かべながら首を傾げる。
だけど、アリスが全てを理解しているとこれでわかったはず。
カイは騙されてしまっているけど、この一連の流れを作り出したのはこの元凶――クロだった。
「見なくても二人の表情ややりとりでわかる。わざと口パクでアリスの事を抱きしめろみたいな事を言ったのに、その後とぼけてカイが勝手に勘違いしたように見せたね?」
カイはどうして勘違いしてしまったんだろうと不思議に思っていたけど、本当は勘違いなんてしてない。
わざとクロがそう口パクをした後、全く違う事を言ったようにとぼけたのだ。
疲労が溜まっている事で脳が疲れているカイは深く考えなかったのだろう。
そうじゃなかったら、口の動きが全然違う言葉を読み違えるわけがないと気付いたはず。
そしてクロはそこまで計算に入れてカイを動かしていた。
「はは、海斗にバレると怒られそうですね」
アリスに嘘は通じないとわかっているからか、クロは諦めたように冗談交じりに答えた。
しかし、全く悪気がない。
別にクロがアリスやカイを馬鹿にしてこのような態度をとっているわけではない。
善意でやった行動だから悪気がなく、バレても気にしないのだ。
「カイに怒られても助けてあげない」
「まぁ、その時は甘んじて怒られますよ。でも、こういう時じゃないと海斗は絶対に行動に移さないでしょ?」
「桃井の子とかに恨まれても知らないから」
「怖い事を言わないでください」
脅しをかけても全く意に返した様子もなく笑顔でクロは受け流す。
クロが今回のような行動を取ったのは、アリスや金髪ギャルへのケアだったと思える。
アリアがずっとカイに抱き締められていたから、アリスや金髪ギャルの機嫌は悪くなっていた。
だからクロは同じような事をするように話を持っていったのだ。
実際アリスは――まぁいいとして、金髪ギャルの機嫌は簡単に直ってしまった。
視線を金髪ギャルに向ければ、金髪ギャルは顔を赤めながらも嬉しそうにカイに抱き締められている。
その前ではアリアがカンカンに怒ってカイに文句を言ってるけど、まぁそれはそれ。
疲れているとはいえ、カイももう少し考えて行動すればいいのに。
クロに絶対の信頼を置いて行動をしてるんだろうけど、この男は中々の曲者。
最終的にはいい方向に行くだろうけど、それまでの過程が厳しくても平然と導くような男なのだから、言われるままにしているとカイはこれから苦労する事になる。
……まぁ、普段のカイならこんな軽率な行動はとらないはず。
今日の事は我に返ってから死ぬほど後悔すればいい。
少なくとも、アリスを抱きしめた責任は取ってもらう。
「それにしても、海斗は罪作りな男ですね。いったい何人の女の子に好かれれば気が済むのやら」
「加担した男がよく言うよ。それに、君にはカイも言われたくないと思う」
アリスが知る限り、クロのほうがカイよりモテる。
顔だけを見ると、好みの違いはあれどカイはクロに劣らない。
でも、カイは人付き合いが下手。
それに比べてクロは人付き合いを得意としてるのだから、モテるのも必然。
紫之宮の子と付き合うまではクロを巡って諍いが起きてたくらいだ。
さすがにカイも、そんなクロにモテるとか言われれば納得いかないだろう。
「意外だったのは、アリアさんですね」
うん、自分に分が悪い話だったから流したね。
藪蛇になると気付いたんだろう。
「自殺したと思っていた少年が本当は生きていて、しかも海斗だったと知ってから一気に態度が変わりましたね。中学時代の海斗とアリアさんにも何か繋がりがあったのですか?」
クロはアリアの態度が一変した事について聞いてきた。
さっきやられた事の仕返しに無視してもいいけど、わざわざカイのために来てくれたのにそれはさすがにかわいそうとも思う。
だから仕方なくアリスは答えてあげる。
「何もないよ」
「えっ? しかし、それではあの態度はいったい……?」
クロが疑問に思うのは当然。
それくらいアリアの態度は変わっていたのだから。
普通なら、自殺した少年とアリアの間に何かあったと捉えるもの。
だけど、今回は向けないといけない焦点が違う。
「アリアが自殺した少年の事を負い目に思っていたのは事実。実際かなり気にしていたと思う」
「だったら――」
「だけど、生きてたからってあんな甘えるような態度にはならないよね?」
「…………」
アリスが言葉を遮ると、クロは押し黙った。
アリスの言葉に納得しているのだろう。
「アリアの態度が変わったのは、カイが自殺した少年だとわかったこのタイミングなら、カイに優しい態度をとってもおかしくないと判断したからだよ」
「どういう事ですか?」
「今回カイはずっとアリアと正面から向き合っていた。凄く煽ってアリアの怒りを買っていたけど、それもアリアの事を思っての行動だったとアリアは理解した。そしてカイは自分の事をちゃんと見てくれて、正面から向き合って認めてくれる相手だと理解したの。でも、今まで一触即発な関係だっただけに、改めて好意的に接しようとするのは難しかった。そこに出てきたのが、自分が追いつめて自殺させてしまった少年がカイだったという事実。ここで態度を改めれば、さっきのクロみたいに周りは自殺した少年がカイだったから態度を改めたんだって思ってくれるよね?」
まぁ後は、中学時代のアリアが中学時代のカイに感謝してたり、尊敬していた部分というのもあるのだけど、それは言わない。
その部分はアリスの恥ずかしい部分にも関わってくるから。
「なるほど……。それにしても違和感はありますが……まぁいいです」
やはりクロはそれだけでは騙されてくれない。
でも、アリスが立ち入らせたくない部分だと理解して踏み込む事をやめた。
こういうふうに踏み込んではいけないラインをきっちり見極められる人間だからこそ、クロは皆から人気がある。
そのラインをたまに踏み越えてしまうのがカイだ。
クロとカイは意外と反対の関係にいる。
「アリアさんも海斗を好きになってしまったんですかね?」
どうやらクロはアリアの態度を見て、アリアがカイの事を好きになってしまったのではないかと疑問を抱いてるらしい。
だけどそれは違う。
「さすがに違うよ。あれは――そうだね、兄に甘えているような感じだと思う」
「兄……? アリアさんはいったい何を考えているんでしょうか……?」
「さぁね」
アリアが考えている事――そんなの、アリスには手に取るようにわかる。
アリアはどうしてアリスがカイの事を気に入っているのか、今回の事で完全に理解した。
そしてカイなら異論がない相手だと認めてもいる。
だから、アリアはアリスとカイをくっつけたいのだ。
そうすればカイは自分の兄にもなる――そんな事を考えているはず。
あの子はいつも強がっているだけで、本当は甘えん坊だからね。
心許せる相手をそう簡単に逃がしたくないと思ってるはずだよ。
だけどその感情が恋愛にまで発展するほどカイとの付き合いは長くない。
だから、アリアのあれは恋ではなかった。
――その後、アリアをアリスが、金髪ギャルをカイが落ち着かせる事により場は収まり、二人はクロの提案通り学園生の前では仲良くする事を誓った。
そして、今回の件は紫之宮財閥が間に入った事で勝負は中断になったという事が学園生たちの中で広まる。
当然納得しない生徒も多かったけど、クロが提案した平等院、西条、紫之宮を代表するアリア、金髪ギャル、紫之宮の子が主催するパーティに学園生たち全員を招待する事によって不満は解消された。
不満が解消され、大手財閥を敵に回したくない学園生たちにはもう、今回の件を悪く言う者はいなくなった。
これで長かった揉め事は収まる。
そして――運命の分かれ道を迎える事になった。
これで今回の章は終わりになります!
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
そして、次章で最終章になります!
最後までお付き合い頂けると幸いです!