第234話「状況をややこしくする天才」
アリアに押されたせいで体勢を崩してしまった俺は、アリスさんの体に倒れこみ、反射的に彼女の体を抱き締めてしまった。
アリスさんはやっぱり一緒に生活してるだけあって、アリアと同じいい匂いがする。
きっとシャンプーなどの使っているものが同じなのだろう。
それに鍛えている事で少し引き締まった体をしているアリアよりも、アリスさんの体は程よい肉が付いていてとても柔らかい。
思わずずっと抱き締めていたくなる――そんな抱き心地の良さがあった。
――って、悠長にそんな事を考えている場合ではない!
俺は今アリスさんの体を抱き締めてしまっているのだ!
このままだとアリスさんに地獄を見せられるかもしれない!
「す、すみません、アリスさん!」
俺は慌てて体を放し、アリスさんに対して頭を下げた。
しかしアリスさんは俯いてしまっており、何も言ってこない。
その沈黙が逆に怖いな――そう思ったところで、アリスさんが俺の服を引っ張ってきた。
服を掴まれた事により、俺の恐怖心は増す。
しかし――。
「アリスの時は……すぐ放すんだ……?」
俺の服を掴み、物言いたげにこちらを見上げるアリスさんは何処か拗ねているようだった。
「えっと……?」
アリスさんの反応がよくわからず、俺はアリスさんの顔を見つめてしまう。
するとアリスさんはハッとしたような顔をし、バッと俺から離れていってしまった。
俺から顔を背けるその横顔はとても真っ赤になっている。
いくらアリスさんでも、男に抱き締められれば恥ずかしさで顔を赤くするようだ。
気まずい……。
さすがにこの状況で平然としていられるほど俺の心は強くなかった。
俺は先程よく自分からアリスさんに抱きつこうとしたものだ。
疲労が積み重なりすぎて脳が麻痺しているのかもしれない。
それにしても……どうしよう……?
胸のドキドキが一向に収まらない。
アリスさんのような美少女を抱き締めてしまった事もそうだが、顔を真っ赤にして照れている素振りを見せるアリスさんをとてもかわいいと思ってしまった。
そのせいで胸の鼓動が高鳴っているのだ。
このままだとアリスさんの顔を直視する事は出来ないかもしれない。
というか、今はもう無理だ。
たくっ……アリアの奴、とんでもない事をしてくれたものだ。
俺は気持ちを切り替える意味もこめて、この状況を作り出してくれた元凶を見る。
元凶は何が嬉しいのか小さくガッポーズをして嬉しそうに笑みを浮かべていた。
その横には相反するかのように怒りを秘める少女がいるのだが、これは気にしたら負けの奴なため見えないふりをする。
そして元凶であるアリアに対して口を開いた。
「何をするんだよ、アリア……!」
「何って、手助け?」
「なんのだよ!」
かわいらしく小首を傾げるアリアに対して思わずツッコんでしまう。
相変わらずといえばいいのか、自分がした事を全然悪く思っていないようだ。
むしろいい事をしたとでも言いたげに胸を張っている。
こいつ、今まで喧嘩っ早さが出ていたから気付かなかったが、本当は抜けているんじゃないのか?
まぁそれならお嬢様たちもついてこないだろうから違うのだろうが……。
「――いや、海斗。僕はそもそもなぜ君がアリスさんの体を抱き締めようとしたのかについて聞きたいんだけど?」
若干天然が入っていそうなアリアの顔を見つめていると、困惑したような表情をする龍が話しかけてきた。
あれ……?
「龍がそうしろって言わなかったか?」
「よし、ちょっと待とうか。どうしてそうなるの?」
俺の言っている事がわからない。
龍はそんな感じの表情をしている。
「いや、だって……口の動きが……」
「うん、言ってないからね? 僕は話を進めようと言っただけで、誰もアリスさんを抱きしめるようになんて言ってないから。そもそも口の動きが違ったはずだよ」
言われてみれば、確かに違ったのかもしれない。
え、いや、でも……じゃあどうして俺はアリスさんを抱きしめろなんて読み取ってしまったのだろう……?
なぜか龍の口の動きを見た時にそう捉えてしまったのだが、自分でもよくわからない。
というかこれ、半分俺の暴走じゃないか。
アリアが余計な事をしたとはいえ、発端はまず間違いなく俺だ。
これでアリスさんに文句を言われても俺は何も言い返す事が出来ない。
「君は状況をややこしくする天才だね」
さすがの龍もこの状況には頭が痛くなったのか、額に手を当てて少しだけ嫌味を言ってくる。
確かに状況をややこしくしてしまっているため、俺は何も言い返す事は出来なかった。
だけど、その後龍は少しだけ笑みを浮かべた。
その視線はなぜか温かみに溢れており、アリスさんを捉えている。
今龍はいったい何を考えているのだろうか?
若干気になりはするが、今俺が喋ると悪い方向にしか進まないような気がし、ここは黙り込む事にした。
「アリアさん、西条さん。お互い色々と思うところはあるでしょうが、海斗とアリスさんのここまでの頑張りを無駄にしないよう協力をして頂きたいんです」
もうこれ以上話を脱線させないためか、龍は先程までの会話を一切無視し、本題へと入り始めた。
二人が犬猿の仲だという事はとっくに理解しているのだろう。
だから別の切り口から攻める事にしたようだ。
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毎日更新をしていくつもりなので、読んで頂けますと幸いです!
特にアリスさんが好きな方には楽しんでもらえるかと思います!
※アリスさんは出ません。