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第233話「読み違い」

「え、わざと? 海斗()はわざとやってるのかな?」


 普段俺の事を君呼びなどしないはずなのに、雲母は素敵な笑みを浮かべながらかわいらしく小首を傾げて聞いてきた。

 しかし掴まれている肩にはギリギリと力が込められており、怒りが凄く伝わってくる。

 どうやら雲母はかなり怒ってるらしい。

 

「いや、あの……わざとじゃないぞ?」

「だったらその手さっさと放したら?」

「お、おう」


 俺は雲母に促されるままに再度アリアの体を放す。

 だが、先程と同じように――いや、先程よりも強くアリアが力を入れてきた。


 絶対に放さない。

 そんな意志が伝わってくる。

 

「お、おい、アリア」


 この状況でも我を通すアリアに俺は困って声を掛けた。

 絶対このままだと雲母が更に怒るのはわかってるはずなのに、どうして放してくれないのか。

 下は畳なのだから座ってもいいと思うんだが……?

 

 俺の思いとは裏腹に、アリアは視線を雲母に向ける。

 そして顔をニヤッと歪めて口を開いた。

 

「カイは平等院財閥がもらって――いたっ!」


 アリアが更に状況をややこしくしようとしている事がわかった瞬間、俺が止めようとする前にアリスさんがアリアの頭をはたいてしまった。

 アリスさん、意外と身内には容赦がないとこがあると思う。

 もちろん凄く弱い力で軽くはたいてるだけで、おそらくアリアは痛みを感じてはいない。

 不意に衝撃が襲ってきた事により反射的に口走っただけだろう。


 しかし、アリスさんの雰囲気を見るに彼女も少し怒っているようだ。

 アリスさんの顔を見たアリアはハッと黙り込んで、抱きしめる俺の腕を更にギュッと自分の胸へと押し付けてきた。

 どうやらアリアはアリスさんに恐怖を感じて怯えているようだ。

 

 そんなアリアに対して真顔のアリスさんはゆっくりと口を開く。


「その話は終わってる。これ以上ややこしくするのはやめて」


 静かに発された言葉。

 だけど声とは反比例するかのように強い重圧がその言葉には込められていた。

 アリアはもちろんの事、俺や龍、雲母も思わず黙り込んでしまう。


 怒らせてはいけない人を怒らせてしまった。

 無表情で静かなのに、言いようのないプレッシャーを放つ人を目の前にして俺はそう思った。

 

 視線を龍に向ければ、龍とバッチリ目があってしまう。

 どうやら龍も俺と同じ事を考えていたようだ。

 確かにアリアがここで俺を平等院財閥に引き入れるとか言い出せば、今度は西条財閥との揉め事に発展してしまう。

 西条社長は温和でいい人だったから大人の対応をしてくれるだろうが、話がややこしくなる事には変わりない。

 だからアリスさんが揉め事を嫌って止めたのはわかるが、何も怒らなくてもいいのにとは思うところだ。

 冷静な彼女にしては珍しいとも言える。


 一つ気になるのは、少し怒っただけでこんなプレッシャーを放つアリスさんを本気で怒らせた場合、いったいどうなってしまうのかという事だ。

 知りたいという欲望はあるが、知る時がきた場合俺はただで済まなさそうだから知りたくもないという気持ちも浮かんでくる。

 おそらく、開けてはならないパンドラの箱のようなものだろう。

 

「ご、ごめんなさい……」


 もう怒りが収まってしまっているアリアは、素直にアリスさんに謝って俺の腕を開放してくれた。

 そして一人でちゃんと立ち始める。

 今のやりとりの間で足が回復したのか、それとも本当はとっくに一人で立てるくらいに回復はしていたのか――おそらく、聞くだけ野暮な事なんだろうな。

 ここは何も言わず、アリスさんの相手をしたほうがよさそうだ。

 

「あの、アリスさん」

「何?」


 俺が声を掛けると、アリスさんがジッと俺の顔を見つめてくる。


 あれ?

 もしかして俺に対しても怒ってる?

 

 普段とはまた違った視線を向けられた事に俺は違和感を覚えた。

 なんだろう、次に言う事を間違えたら怒られる気がする。

 無表情なのにアリスさんの機嫌はかなり悪そうだった。


 俺がアリスさんを怒らせた理由はなんだ?

 アリアの事に関しては成功したと言っていいはずだ。

 となれば、アリアを痛めつけすぎたせいか?

 

 でも骨を折るなどのやりすぎたつもりはないし、ある程度の事はアリスさんも了承のうちだったはず。

 やっぱり、アリアの体を抱きしめていた事が問題か?

 大切な妹の事だし、それで怒られるのは仕方ない。


「ん……?」


 アリスさんの事について考えていると、龍が熱い眼差しを俺に向けてきている事に気が付いた。

 龍は一生懸命何かを伝えようとしているように思える。


 俺と目があった事を確認した龍は口を動かし始めた。

 

『話を進めよう』


 ――アリスを抱きしめろ?

 えっ、龍の奴急に何を言い出しているんだ……?

 

 龍の口パクから言葉を察した俺は予想外すぎる内容に戸惑いが隠せなかった。

 どうして龍は急にアリスさんを抱きしめろと言ってきたのだろう?

 それでアリスさんの機嫌が直るという事なのか?

 

 ……いや、むしろみんなの前で抱きしめたりしたらもっと機嫌が悪くなる気がするのだが。

 そもそも龍ってアリスさんの事を呼び捨てしていただろうか?

 俺と同じようにさん呼びしていた気がするが……。

 

 俺は読み違いかと思い龍に視線を向ける。

 すると龍は一瞬怪訝そうにしながらもすぐに口を開いた――が、直後龍を止めるようにアリスさんが左手を挙げた。

 それによって龍は口を閉ざし、アリスさんはニコッと優しい笑みを俺に向けてくる。

 

「アリスの事、無視するの?」


 どうやら先程問いかけられた言葉に対して返事をしなかったのが原因らしい。

 俺が龍に視線を向けた事で、龍のほうを見なくても彼が俺に何かを言っていた事には気づいているのだろう。

 一つ言いたいのは、どうして俺の周りの子たちは怒ると笑顔を向けてくるのか、という事だ。

 笑顔なのに――いや、笑顔だからこそ、普通に怒られる以上に怖いんだよな……。

 

 俺は脳裏に笑顔で怒る女の子たちの顔が浮かび、苦笑いを浮かべそうになってしまう。

 しかし現時点で目の前に笑顔でプレッシャーをかけてくる人がいるため、あまり悠長に考えている暇もなかった。


 さて、ここで俺がするべき事は何かという事だ。

 今アリスさんが怒っている事について予想はつくが、確信はない。

 そして龍がしてきたアドバイスが問題だ。

 

 龍のアドバイスからアリスさんが怒っている理由を考えた時、アリスさんがやきもちを焼いているという事が連想される。

 だからアリアにした事と同じように、アリスさんの事も抱きしめろと龍は言ってきているのだろう。


 だが、あのアリスさんがやきもちを焼いたりするか?

 それはいくらなんでも俺に都合がよすぎる解釈な気がする。

 そんなの、遠回しにアリスさんが俺の事を好きだと言っているようなものだからな。

 

 しかし――だ。

 アドバイスをしてきたのは人間関係においてスペシャリストといっても過言じゃない龍なのだ。

 龍がアドバイスをしてくれた以上無視は出来ない。

 むしろ俺が考えていた事が間違いだというほうが普通にありえる。

 

 ――うん、ここは龍に乗ろう。

 そもそもアリスさんの機嫌を直せるだけの言葉を今すぐに用意出来ないのだから、龍の話に乗るしかなかった。

 もちろんかなり恥ずかしいという気持ちはあるが、もうアリアにしてしまっている以上この場にいる人間の前で同じ事を二度しても変わらないだろう。

 これで失敗したら――覚悟はしておいたほうがいいかもしれないが。

 

 俺は意を決してアリスさんに向けて歩を踏み出し、抱きしめるために体を前かがみにする。

 すると俺がしようとしている事を察したのか、驚いたようにアリスさんは俺の顔を見つめてきた。

 そして途端に体を強張らせたのがわかる。


 これは……しくじった、よな……?

 

 アリスさんの様子からまずいと思った俺は抱きしめる直前で体を止めた。

 直前で気付けたのは幸いだったかもしれない。

 未遂、ならまだアリスさんは許してくれるだろう。

 俺は心の中でかなり動揺をしてしまったが、何事もなかったふうを装って体勢を元に戻そうとする。

 

 しかし――

「えいっ」

 ――いつの間にか俺の後ろに回り込んでいたアリアに、ポンッと後ろから体を押されてしまった。

 

 バランスを崩してしまった俺は当然前へと倒れこむ。

 そう、目の前にいるアリスさんへと。

 

「えっ……」

 

 アリアのこの行動はさすがのアリスさんでも予想外だったのか、迫りくる俺を見つめるだけで動こうとはしなかった。


 いや、違うか。

 既に俺のせいで体が強張っていたから反応が遅れたのだろう。

 俺はまずいと思いながらも、体勢を立て直す事が出来ず――そのまま、目の前にいるアリスさんへともたれかかってしまった。

 

「やった……!」


 ――背中から聞こえてきたのは、何を考えたのか知らないが『作戦成功!』と言わんばかりに喜ぶアリアの声だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アリスを抱き締めろ笑
[一言] 口の動きから、どうやったら勘違いするのかわからん。自分もやってみたけど、あきらかに口の動きがちがいすぎる。 海斗ってアホなの?
[良い点] アリア可愛いっ! [気になる点] 海斗の安否w [一言] が、頑張れ! 海斗 君 !wwwwww
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