第232話「やらかし」
「えっと、アリア? 本当にお金で解決しようとしたわけじゃないよな?」
視線の逃げ道がなかった俺は、腕の中にいるアリアに逃げる事にした。
この中で一番安全なのは大人しくしているアリアではないかという判断だ。
まさか俺がアリアに逃げる日がこようとは……。
しかし龍に逃げようにも、話し掛けようとすればアリスさんとばっちり目が合ってしまうため、逃げられないのだ。
となれば、腕の中で大人しくしているアリアに逃げるしかなかった。
さすがに紫之宮財閥の皆さんに逃げるわけにはいかないしな。
「う、うん。本当にそう考えてたわけじゃない」
アリアは頬を真っ赤に染めた顔で俺の顔を見上げると、ゆっくりと首を縦に振る。
顔が真っ赤なのは頭を撫でられて恥ずかしかったのかもしれない。
教室の件でもパンツを見られて顔を真っ赤にしていたし、意外と乙女なところがあるのだろう。
……俺が抱き締めている事は大丈夫なのか、と疑問はあるが、突くのはやぶ蛇な気がするからやめておく。
それよりも龍がした質問の内容に対してアリアが答えてくれたため、ここからはまた龍に戻す事にしよう。
「アリアさん、僕の提案を聞いてくれますか?」
アリスさんの白い目と目が合ってしまう事を覚悟しながら龍にアイコンタクトを送ると、俺の意図を察した龍が話を引き継いでくれた。
声を掛けられたアリアは嫌そうにしながらも龍に視線を戻す。
そして渋々といった感じでコクりと頷いた。
そんな嫌そうにしなくてもいいのにと思うが、まぁちゃんと頷きはしたのでとやかく言うのはやめておく。
あまり強制するのは良くないし、龍も気にしていないだろうからな。
「ありがとうございます。それではまず大事な事なのですが、アリアさんと西条さんにはこれから学園で仲良く――」
「「――無理!」」
龍が提案を最後まで言い切る前に、アリアと雲母の二人が口を挟んでしまった。
こんな時だけ息が合わなくてもいいのにと思うが、アリアだけでなく雲母までもが否定したのは意外だ。
龍が言おうとした事は、アリアと雲母に学園で仲良くするようにとの事だろう。
雲母を目の敵にしていたアリアはともかく、雲母はかなり心が広い。
実際自分の人生を無茶苦茶にしたアリアの事も許していたし、受け入れようとしていたはずだ。
てっきり協力的な態度を示してくれると思っていたが、どうして心変わりしてしまったのだろうか?
雲母の態度に疑問を抱いた俺は視線をそちらに向けてみる。
すると一つ気が付いた。
今の雲母はなぜか拗ねているのだ。
先程までの禍々しい気配は言葉と共に発散されたようだが、頬を少しだけ膨らませながら俺とアリア――いや、正確にはアリアを抱き締めている俺の腕辺りに視線を向けていた。
もしかして、俺がアリアを抱き締めている事でやきもちを焼いているのだろうか?
それでアリアと仲良くする事を嫌がっている?
雲母の気持ちを知っている分、あながち間違っていない気がする。
となればだ、まずはアリアを放せばいいのではないか?
先に雲母を落ち着かせようと思った俺は、アリアの体から手を放す事にする。
――だがしかし、そもそもアリアに手を抱かれているため放せないのだった。
「アリア、ちょっと手を放してほしいんだが……」
このままではまずいと思った俺は、アリアが我に返って殴ってくる事を覚悟しながら話し掛けてみた。
どっちにしろ手は放してもらえる――そういう判断だったのだが、アリアはゆっくりと首を横に振った。
「今放すと、倒れる……」
どうやらアリアはまだ足に力が入らないらしい。
だから俺の手を放そうとしないのか。
アリアがずっと俺の手を抱いている事をおかしいと思っていたが、これなら納得がいく。
支えがないと立てないアリアは苦肉の策で俺の手を抱いていたのだ。
となれば、後数分もすれば足に力が入るようになり俺の手を放してくれるだろう。
アリアが一人で立てるようになってから雲母のフォローをすればいい。
俺はそう判断をしてアリアを抱き直す。
「うわ……」
一度放してしまったせいでバランスがおかしくなったから抱き直したのだが、なぜか目の前にいる龍は右手を額に当てて天を仰いでしまった。
まるで『こいつ、やらかしやがった……』とでも言いたげな態度だ。
その直後、誰かに左肩をガシッと捕まれた。
突然の事に驚いて振り返ると、離れた場所にいたはずの雲母が恐怖を感じる笑顔で俺の顔を見つめている。
いったいいつの間に距離を詰めてきていたのか。
足音すらしなかった上に、中々に強い力で肩を掴まれているため俺は言いようのない恐怖を感じてしまった。
「――もうあれはわざとやってるんじゃないかと思いますね」
「残念な事に、カイは素でやってるよ」
なんだか龍とアリスさんが残念な物でも見るような目で俺の顔を見ているが、呑気に話をせずに助けてほしいと思う俺であった。