第231話「手慣れた行動」
「海斗が懸念している事は確かだ。生徒の反感を買ってしまえば君だけじゃなくアリアさんにも何か言ってくる生徒が出てくる可能性がある」
やはり龍もその事には気付いていたか。
折角アリアが考えを改めたのに、彼女に変な事を言う生徒が出てきたら元も子もなくなる。
なぜなら――
「喧嘩を売られれば、潰せばいいのよ」
――こういうふうに、アリアの根本事態は対して変わっていないからだ。
人はそう簡単に変わる事など出来やしない。
アリアは考えを改めてやり直そうとしてくれてはいるが、気に入らない奴を潰したいという考えはまだ拭えていないのだ。
他者を潰したいという考えがなくなるのはこれからになる。
それまで下手な刺激は与えたくないというのが俺の考えだ。
とりあえずアリアがよくない考えを持ったため頬を引っ張ってみる。
もちろん、痛くしない程度にだが。
「むぅ……」
てっきりこれで怒ってくるかと思ったが、アリアは不満げに俺の顔を見上げるだけで文句は言ってこなかった。
どうやら自分がよくない考えを持った事はわかっているようだ。
アリアの態度に龍は少し驚いたような表情を浮かべたが、その後すぐに優しい微笑みを浮かべた。
「アリアさん、あなたがそういう考え方をしないように海斗は懸念事項を全て潰しておきたいんですよ」
「そんなのわかってるわよ」
優しく言う龍に対して塩対応をするアリア。
大きな変化は期待していなかったが、こいつ何も変わってないんじゃないだろうか……?
頬を摘まんでる指に力をこめようかと思うが、そんな俺を龍が目だけで制止する。
どうやらここは任せろと言っているようだ。
「海斗はアリアさんのために一ヶ月体を酷使して頑張ってきました。それはあなたと真っ向から向き合い、あなたの思いを受け止めるためです。そして今度はまたあなたのために泥を被ろうとしています。アリアさんがその事を見逃せないというのはもうわかりましたけど、だとしてもあなたに代わりの案はあるのでしょうか?」
あくまで優しく言いながらも、アリアの良心をつつく話の持っていき方。
龍はそれだけでなく、アリアに対して感情的に否定せずに、ちゃんとした別案を示して俺の考えを否定するよう暗に求めていた。
これは龍が求めるものをアリアに呑ませるための話運びだろう。
アリアが泥を被る事は絶対に俺が認めない事をアリアも理解している。
だけど俺と同じで、俺とアリアのどちらかが泥を被る以外に今回の事を終わらせる方法はアリアにもない。
しかし俺に泥を被せる事を拒むのなら、この状況を受け入れられない事になる。
そうなった時、別案があるという龍にすがるしかなくなるのだ。
ここからはアリアのプライドの問題になってくる。
自分のプライドを捨てて最終的に龍が要求してくる事を呑むのか、それとも諦めて俺を切り捨てる事を選ぶのか。
ここで俺は口を挟むつもりはない。
どちらを選ぶにしろ、それはアリアが考えて出した答えだ。
今までならまだしも、考えを改めたアリアが出す答えに俺がとやかく言うのは違うだろう。
もし口を出す必要があるのなら、それをするのは俺ではなく姉のアリスさんの役目だ。
それに正直言えば、考えを改めたアリアがどういう答えを出すのか興味がある。
だから俺は静観を決め込むつもりだ。
「……全員お金で黙らせる」
「本気で言ってるんですか?」
どう考えても間違えた案を提示したアリアに対して、龍は笑みを浮かべたまま尋ねる。
それに対してアリアは黙り込み、龍から顔を背けるようにプイッとそっぽを向いてしまった。
龍に対してそっぽを向くという事は、体勢的に俺と目が合う事になる。
アリアは俺と目が合うと、バツが悪そうに目を彷徨わせ始めた。
お金で解決などアリアが本気で言っていない事はわかる。
だけど龍の思い通りに動かされるのが嫌で反抗しているのだろう。
今のアリアは反抗期の子供のように見えてしまった。
そういえば、咲姫が納得しない時に同じような態度を取る事がある。
確かそんな時は頭を撫でてあげると素直に聞いてくれたんだよな――。
――拗ねた時の咲姫と反抗をするアリアが重なって見えた俺は、何を思ったのか自分でもわからないくらい無意識にアリアの頭を撫でてしまった。
「「「「「――っ!?」」」」」
もちろん、急にこんな事をすれば周りのみんなが驚かないはずがない。
実際に頭を撫でられたアリアはもちろん、龍やアリスさんでさえ驚いた表情をしている。
そして外野席からは禍々しい気配が漂っていた。
思わずそちらを見てみれば、雲母がなぜか笑みを浮かべながら全身から黒いオーラを発するような雰囲気で俺の顔を見つめている。
完全に怒っている時の雲母だ。
だが、問題はそれだけではない。
雲母以上に黒いオーラが発している場所があった。
――そう、アリアを慕い、アリアを崇めているアリア親衛隊の皆さんがいる位置だ。
あのいつもオドオドしている女の子と、雲母の隣にいる不知火さん以外の全員が俺の事を睨んでいる。
お嬢様のはずなのにとてつもないプレッシャーだ。
これはあれだ、憧れのアリアを俺が抱き締めているだけでも我慢の限界だったのに、頭を撫でてしまった事で限界突破してしまったようだ。
抱き締めている時に見逃してもらえたのは、アリアの体勢が崩れた時に抱き止めたからだろう。
要は反射的に行われた仕方のない事だったと見逃してもらえたのだ。
しかし今頭を撫でたのは完全に俺が故意的にやっているように映るため、アリア親衛隊の怒りを買ってしまったのだろう。
……うん、これはもう丸く収めるのは無理じゃないだろうか?
あのお嬢様方が後で復讐をしてくるような気がしてならない。
それにアリスさんの機嫌もやばそうだ。
アリアを抱き締めているだけでかなり不機嫌になっていたのに、更に頭までも撫でたとなると何を思っているかわからない。
怖くて顔も見れない感じだ。
幸いなのは、頭を撫でてしまったアリアが借りてきた猫のように俺の腕の中で大人しくしている事だ。
体は強張ってしまっているが、暴れるような素振りは一切見えない。
――まぁこれも、ただ混乱しているだけで我に返ったらやばいのかもしれないが。
「話には聞いてたけど、本当にとんでもなく思い切った事をするね」
一瞬呆けていた龍は、我に返ると頬を指でかきながら苦笑いを浮かべた。
その横ではアリスさんがジッと俺の顔を白い目で見つめている。
「カイは女の子との距離がおかしい時が多々ある。今の手慣れた様子を見るに、もはや習慣付いてる節があるね」
アリスさんの言葉を聞いてツゥーっと冷たい汗が背中を流れる。
彼女の目はまるで俺に『家で姉妹相手にいつも何をしているの?』と問い詰めているかのようだった。