第230話「選択」
「龍、いったいどうするつもりなんだ? そもそもアメリカにいるはずの龍がなんでここに?」
龍がなんのためにこの場に現れたのか知らない俺は、その事を龍に尋ねてみる。
彼が来た理由として考えられるのは、またアリスさんが裏で何か手を回していたという事。
だけどアリスさんは相手に迷惑をかけるような事はしない。
だから龍をわざわざ呼び寄せるような事はしないと思う。
となればだ、龍が自分の意思でこの場に現れた可能性が高い。
「あれ、教えていたよね? 10月に日本に帰るって。まぁ色々とあって長引く事になりそうって事も後で伝えたけど、当初の予定通りに帰らせてもらったんだ」
「どうして急に?」
「はは、わざわざ言わなくてもわかってるんだろ?」
龍は笑顔だが、若干試すような目で俺の顔を見つめてくる。
まぁさすがに、この状況で理解出来ないほど鈍感ではない。
龍がこの場に現れたという事と、先程言っていた言葉から察するに、俺がしようとしている事を止めにきたのだろう。
そしてその代案を持ってきてくれた、そういうところか。
「有り難いけど、龍の手を煩わせるわけには……」
「いや、そういうわけにはいかないな。何もこれは君だけのためじゃないからさ」
龍に悪いと思い先に断ろうとすると、龍も引かない姿勢を見せてきた。
彼には彼なりの考えと思いがあるようだ。
「俺だけのためじゃない、か。要は俺がしようとしている事は、他の誰かを困らせてしまうという事だな?」
「そういう事だね。というか、君もわかってないとは言わせないよ。君が悪役を買おうとしているのは、妹が悪く言われる姿を見たくないアリスさんのためなんだよね? だけどさ、代わりに君が悪く言われる姿を見てアリスさんが何も思わないと思っているのかい? そんなのありえない事くらい君はわかっているはずだ」
「…………」
図星を突かれ、俺は思わず黙り込んでしまう。
しかしそんな俺に構う事なく、龍は言葉を続けていた。
「他にも、君に好意を寄せてくれている子たちはどう思うんだ? 君がしようとしている事は結果的に周りの子たちに嫌な思いをさせたり、傷付けてしまうような事だよ。それは君が目指してるものとは違うよね?」
確かに龍の言う通り、俺がしようとしている事はアリスさんたちに嫌な思いをさせる事になる。
特に咲姫なんかは凄く怒りそうだ。
だがまぁ、そんな事は最初から気付いていた。
しかしこれは選択だ。
勝負が始まった以上なぁなぁで終わらせる事は出来ない。
俺とアリア、どちらかが泥を被らねば生徒たちは納得しないだろう。
それくらいの酷い巻き込み方を俺はしている。
だからせめてでも、泥を被るなら自分でと思っての選択だ。
アリスさんや雲母はわかってくれるし、咲姫は甘やかしてあげれば多分納得してくれる。
これは仕方がない事だから、皆にも納得してもらうしかない。
そう割り切ろうと思っていたんだ。
だけど龍は俺のその考えを見過ごせなかったらしい。
俺がしようとしていた事は結局妥協でしかない。
人は一度でも妥協をしてしまうと今後も同じような事を繰り返したり、ずるずると悪いほうに考えがいってしまうようになる。
だから龍は俺が妥協をしないようにわざわざ俺たちの学園にまで来たのだろう。
ほんと、優しくて他人思いな奴だ。
「そうだな、これは俺が本当に望んでいる結末ではない。だけど俺にはこうするしかなかった。それは龍もわかってるだろ?」
「あぁ、わかってるよ。確かに当事者同士だけでは白黒をつける他ない状況だ。でも、だからこそ第三者である僕たちが来たんじゃないか。当事者しかいなければ難しかった事も、第三者が加わる事で容易になる事もあると思うんだ」
龍は勿体ぶった言い方をしたが、俺には何を言いたいのかよくわかった。
第三者の加入――つまり、西条財閥と平等院財閥の争いに紫之宮財閥が間に入った構図を作ろうとしているのだ。
おそらくだが、龍は外にいる生徒たちに自分が紫之宮財閥の関係者である事や、後ろにいる紫之宮愛さんの事などを生徒たちに教えている。
元々生徒たちは今回の件に紫之宮財閥が関わっている事を知っていたし、テレビにも取り上げられている紫之宮愛さんが一緒にいれば生徒たちもすぐに信じるだろう。
だから龍は彼女もこの場に連れてきた。
後の二人――メイドさんのほうは、アメリカでも会った人だ。
メイド服を着ていればそれだけで注目を集めるし、綺麗な人だからより注目を集められるという判断だろう。
もう一人は、俺と歳が変わらない女の子。
愛さんに似ているし、高そうな服や上品な仕草から多分彼女が龍の恋人である、紫之宮楓さんだ。
少し冷徹だった時の咲姫に雰囲気が似ているが、落ち着いていてクールな人なのだろう。
龍の恋人だから昔の咲姫みたいに毒舌という事はなさそうだ。
彼女は次期当主だからこの場に連れてきたのか――もしくは、アメリカに行っていた龍と少しでも一緒にいたいと思い彼女のほうから付いてきたのかもしれない。
その辺は俺が気にしていい部分ではないから、つつくのはやめておこう。
それよりも、龍たちがこの場に現れてしまっている以上、龍の話をちゃんと聞かないといけない。
「紫之宮財閥が間に入った事で今回の勝負は中断された、そう話を持っていくって事か?」
俺は龍の言葉から彼が考えている事を予想し、その答えがあっているかどうかを答え合わせしてみる。
すると龍は笑顔で頷き、逆に腕の中にいるアリアは驚いたように俺の顔を見上げてきた。
『どうしてわかったの?』
そんなふうに聞きたげに見える。
結構当たり前の結論のように思うのだが、アリアには勝負を中断するという考えがなかったのかもしれない。
荒っぽい性格から見ても、白黒付けないと満足しないタイプだろうからな。
「二人には悪いけど、この勝負は紫之宮財閥が預かった事にさせてもらうよ」
紫之宮財閥が勝負を預かった事にすれば、当然勝敗が決する事はない。
それはつまり、敗者が現れない以上生徒たちは俺とアリアのどちらを責める事も出来なくなるという事だ。
しかし、いくら紫之宮財閥が間に入ったとはいえ、勝負はなかった事になったという結果を生徒たちが納得するだろうか?
なんせここの生徒たちはアリアの狂暴性を知っているし、俺とアリアの険悪だった仲も知っている。
俺たちが和解という選択をするとは思わないはずだ。
「当たり前の事ではあるけど、生徒たちの反感を買いたくはない。その辺のケアはどうするつもりなんだ?」
龍が俺の抱えた疑念に気付いていないとは思えないが、念のため一応聞いてみる。
もしその辺が考慮されていないのであれば、いくら龍の案でも乗るわけにはいかない。
アリアにちょっかいを出す生徒が出る可能性は限りなく零にしておきたいからだ。