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第224話「不完全」

 アリス――か……。

 アリアがアリスさんの事を呼び捨てにするところは初めて見る。

 それだけ怒りが募っているという事なのだろう。


 そして怒りを募らせている理由は、アリスさんが俺に手を貸していた事がアリアにはわかっているからだ。

 前にマリアさんから特訓の方向性を決めるために質問を受けた事があった。


 アリスさんが俺に教えようとしている技を俺がアリアに使ってしまえば、アリスさんの裏切りにアリアが気付く事になる。

 その結果アリアと仲違いする事になってもアリスさんは受け入れるつもりでいるけど、本当にそれでいいのか、別の戦い方をしなくていいのか、といった質問だった。


 俺はその質問に対して、当初の予定通りにやっていくと答えたのだ。

 理由は別に俺が楽をしたかったというわけではない。


 アリスさんは頭がよくて誰よりも先を見通しているからすんなり話が通じる事が多いけど、実は聞き分け自体はあまりよくない。

 もちろん最悪アリアとの決別も覚悟しているだろうが、そうならない確証があるから俺に勧めているのだ。

 じゃないと、今まで大切にしていたアリアとの縁が切れるリスクをそう簡単に背負えるはずがない。

 むしろここでアリスさんが望んだやり方と別の手段を用いるという事は、彼女に対する裏切りだと判断した。


 俺がその事を伝えた時マリアさんは満足そうに笑ったのを覚えている。

 もし俺が別の手段を用いると答えた場合はアリスさんの事を信頼していないと判断し、それなりの対応をしていたと聞かされたのは後日だ。

 ちなみにその対応については怖くて聞いていない。

 俺が正しい答えを出せた以上聞いても意味が無い事だしな。


 まぁしかし、ここからは俺にとっても未知数の域になる。

 ある程度はアリスさんから話を聞いているが、全てを教えてもらえたわけではない。

 本当にうまくいくのかという不安がないと言えば嘘になる。


 現に今アリアは俺に対する不満とアリスさんの裏切りに対して怒りがマックス状態だ。

 これで話を聞くのかどうか……。


 本来ならアリアに俺の実力を認めさせてまずは対等な立場になるところから始めたかったが、それが無理だったという事はさすがにもう理解している。

 アリアは俺の事を最初から対等に見る気がない。

 それに加えて、俺はこの勝負で勝つためにアリアを怒らせて冷静さを奪ってしまっている。


 この勝負、まだ決着はついていないが俺が負ける可能性が一番高かったのは開始数分の間だった。

 

 その間は俺の目がアリアの動きに慣れていないし、間合いなどの微調整も出来ていない状態になる。

 だからアリアの攻撃をまともに喰らってしまう可能性があり、喰らってしまえばその時点でノックアウトだった。

 そうならないよう、尚且つ目が早く慣れるようにアリアの冷静さを欠かせ、単調な攻撃だけを仕掛けてくるように誘導したのだ。

 おかげでアリアは俺の急所ばかりを狙うだけでフェイントすら入れてこず、俺はすぐに対応出来るようになったというわけだ。


 もちろんアリアを怒らせたのはこの勝負自体を成立させる狙いなどもあり、要はアリアを怒らせないと全てが成り立たない状況だった。

 それなのにアリアに俺の事を認めさせるのは無理だろうという結論に至ったのだ。


 誰だって怒りを抱いている相手の事なんて早々認められるはずがないからな。

 

 そんな事情があったからこそ、俺はアリスさんのプランに乗った。

 ここからはアリスさんに合わせながら動く事が大切だ。


 万が一にもアリアがアリスさんに手を出さないよう細心の注意を払いながら、俺はアリアたちのやりとりを見守る事にする。


「何か言いなさいよ!」

「…………」


 かなりの怒りの色を見せるアリアに対してアリスさんは沈黙を貫く。

 ここで答えるつもりはない、そういう意思表示なのだろう。


 その態度がアリアの神経を逆撫でする。


「妹を裏切るってどういう事よ! そこまでしてこんな男に気に入られたかったの!? あんな茶番をしてまでこの勝負を成立させたのは、自分とこの男がくっつく口実にするためだったわけ!?」


 アリアが言っているのは、この勝負でアリアが負けた時に支払う事になる『アリスさんを自由にしていい』という事についてだ。

 俺がアリスさんに『彼女になれ』と言えばアリスさんに拒否権はなく、一部に批判は買っても他に文句を言わせずに付き合い始める事が出来る。

 そう解釈したという事だろうか。


 全く、勘違いもいいところだ。

 そもそも本人同士は納得しているとしても、そんな命令を出したなんて知られたら周りから軽蔑されるから出来るはずがないのにな。


 だけどアリスさんが否定をしない以上、俺も下手に何かを言う事は出来ない。


「――そう、そっちがそのつもりならいいわ。あなたのお気に入りの男の顔、見るに耐えない顔にしてあげるから」


 アリスさんが何も言い返さない事を理解すると、アリアは不敵な笑みを浮かべて俺の顔を見つめてくる。

 内心では今すぐにでも俺の顔をボロボロにしたいのだろう。

 ただ様子を見るに、どうやらそれだけではないようだ。


「カイ、あなたに私の技が通じず、私が逆にダメージを受けていた種は明けているわ。あなたが使っているのはお母様がお使いになられるカウンターに特化した武術。その武術は扱いが難しいけど、相手にのみダメージを負わせる事が出来る武術だからね。でも、あなたのそれは不完全でしょ? その武術はそう簡単に身に着けられるものじゃないはずよ」


 完全に頭に血が上っていると思っていたが、意外にも冷静な部分は残っていたらしい。

 アリアの言う通り、俺はマリアさんから教えてもらった武術を完全に身に着けたというわけではない。

 この武術は相手が繰りだしてきた技の接触部分をずらす事によって、技の威力を相手に跳ね返す技になる。

 そのため肝になるのは洞察力と動体視力だ。

 相手の動きを先読みする洞察力、そして相手の技を見切れるだけの動体視力。

 この二つが高いレベルでなければ技は不発に終わり、ダメージをもろに喰らってしまう。


 そして残念な事に、俺には初見の相手の技を見切れるほどの洞察力や動体視力はなかった。

 だから完璧に身に着けたとは言えないし、以後完璧に身に着ける事は不可能だろう。

 だが、予め相手の技や動きを知っていれば扱えるレベルにまでは仕上げている。


 そのため俺は仮想アリアを相手にずっと特訓をしてきたというわけだ。

 武術と言っているが、マリアさんに教わった武術には無駄な動きを無くすための型があるだけで、動き自体を習得するのは難しくなかった。

 一つ問題なのは、俺が身に着けているこの武術はアリアの蹴り技にしか対応出来ないという事だ。


 そしてアリアはそれに気付いている。


「だとしたらどうした?」

「あなたが不完全でもその武術を使っているって事は、使わないといけない理由があるんでしょ? 大方女には手を出せない、みたいな甘い考えかしら?」


 やはりアリスさんの妹だけはあるか。

 少ないヒントからでもちゃんと答えを導き出せている。

 むしろ、今まではアリスさんが裏切るわけがないという思い込みが曇らせていた答えを、裏切られていたと知った事で雲が晴れてきちんとした答えを導き出せるようになっているようだ。


「沈黙……図星、のようね。それならこちらにも考えがあるわ」


 アリアはそう言うと、今までとは違う構えを取る。

 右足を引き、両手を胸の前に持ってきて軽く握りこぶしを作っているポーズは、まるでボクシングのような構えだ。


 これは、青木先生からの情報にはなかったものになる。

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