第223話「なんで」
「うそ、でしょ……?」
俺の前に立つアリアは整った顔を歪めながら怒りを秘めた目で俺の顔を睨んでくる。
先程まで愉悦感に浸っていたはずだが、この反応を見るにどうやら俺は上手く出来ていたらしい。
俺は全神経をアリアの体に集中させ、初動を見逃さないように努める。
アリアが足を踏ん張った瞬間、俺は動作を観察しながら蹴りがくるであろう位置に構えをとった。
そしてアリアの右足で繰り出された足技を左肘で防いだ。
「――つぅ!」
その瞬間、アリアは初めて痛みを伴った声を出した。
アリアの手は今しがた俺の肘が防いだ足の部分を押さえている。
その仕草によって、手で押さえている部分に痛みが走ったのだというのは外野の人間にもわかった事だろう。
もちろんアリアは先程の攻防でダメージを負っていた。
逆に俺にはダメージは一切入っていない。
これにも当然、からくりがあった。
「な、なんで、嘘でしょ……」
言葉が定まっていない様子を見るに、アリアがかなり動揺している事がわかる。
現実を受け止められない、そんな感じだ。
「くっ――!」
歯噛みをしながら突っ込んでくるアリア。
本当に人間かと思うような俊敏さで上下左右、あらゆる方向から蹴りを繰り出してきた。
身軽さだけでいえば本当にアニメのキャラに匹敵するかもしれない。
だが俺はそれを全て防ぎきる。
そしてアリアの体には先程と同じように痛みが走ったようだ。
連打するためになんとか痛みを堪えていたようだが、そのせいで蓄積された痛みがアリアを襲う。
体を支える足にダメージを負ったアリアは、自身の体を支えられなくなったのだろう。
ガクッと体勢が崩れ、膝と手が畳に着いてしまった。
「あ、ありえない……! なんで……!? なんでなの……!?」
アリアは立とうとはせず、畳に向かって話し掛けるかのような姿勢で大声を上げる。
傍目から見れば自問自答しているように見え、おそらく観戦している者たちの多くは『攻撃をしているのは自分なのに、どうしてカイではなく自分がダメージを負ってるの?』とアリアが考えているように見えているだろう。
だが、今アリアが考えている事は違う。
自身が痛みを負っている理由については、おそらく先程痛みを負って足を手で押さえた時にはもう気付いていたはずだ。
アリアが痛みを負った部分にカラクリの全てがあり、知っている者にとっては答えを導きだすには十分すぎるほどのヒントだったからだ。
そしてその後の連打で確信に変わった事だろう。
だから今アリアが自問自答しているのは別の理由になる。
アリアはバッと顔を上げ、俺とは別方向に視線を向けた。
その横顔にはかなりの怒りが秘められている。
そして、アリアの怒鳴り声が武道場に響き渡った。
「――なんで裏切ったの、アリス!」