第15話「揺れ動く感情」
――部屋に戻った私は、なんだか体がフワフワとしていた。
地に足がついていない様な、不思議な感覚。
まるで、夢の中にいるみたい……。
その理由は、他でもなかった。
もう助からないと思って諦めていた私を、神崎君が助けてくれたからだ。
あの――私と桜以外とはまともに話す事が出来ない神崎君が、まさか私の事を助けてくれるなんて、思いもしなかった。
それも、あんな凛々しい姿で――。
私は体育倉庫での事を思い出す。
次々と西条さん達の策に手を打ち、彼女達を無力化した彼を。
そして、前髪を私の髪留めで止めて、見えた彼の顔を――。
「――というか、なんであんなにカッコイイの~!」
私はベッドの上で、ジタバタしてしまう。
だって、彼凄くイケメンだったんだもん!
そんな彼に、至近距離から見つめられてたのよ!?
しかも、西条さんに脅される私の頭をポンポンって叩いて、笑いかけてくれた!
あんなのカッコ良すぎるよ!
うぅ……。
「もう無理~……」
体育倉庫の出来事を思い出しただけで、体が熱くなる。
今の私は、先程までの恐怖心が無くなってた。
それよりも彼の事が――。
あ……でも、彼は西条さんに、壁ドンやアゴクイをしてた……。
彼はあの行為が女の子の憧れだと知らないのかな……?
きっと、そんなつもりでしたわけじゃないんだろうけど……。
でも、あの光景を見た時、なんだか胸が締め付けられる思いだった……。
というか、彼は一体何なのだろう……?
ボッチのオタクだと思ってたのに、よくわからないけど、プログラムに精通していて、相手の考えを見通すほどの洞察力をもってた。
何より、頭の回転が速すぎる。
彼が学力で人の頭の良さをはかる事が出来ないという事は、彼を見ていてよく分かった。
彼の具体的な点数は知らないけど、総合点で上位100名まで発表される中で、彼の名前を見た事はなかった。
だから、彼が勉強できない事はわかった。
でも、あの頭の回転の速さや、たくさんの知識を持っている事から、彼は頭が良い。
――それにしても、なんだか凄く女慣れしてない……?
ボッチのはずなのに、なんであんな事を女の子に出来るの……?
神崎君……彼女居た事あるのかな……?
――って、何で私さっきから、彼の事ばかり考えてるの!
私には海君が居るのに!
……付き合ってるわけではないけど…………。
それどころか、会った事も無いし、顔も知らないけど……。
しかも、ずっと返信をしてないから、怒ってるだろうし……。
…………はぁ……お水飲みに行こ……。
2
私がリビングに行くと、彼が下を向いて座っていた。
どうしよう……声……かけよっかな……?
私は迷いながら、彼に近寄った。
「――すー……すー……」
「寝ているの……?」
私が彼のすぐ傍まで行くと、彼は寝息を立てていた。
椅子に座ったまま寝てたら、腰を痛めちゃうのに……。
私が起こそうとすると――
「あ、お姉ちゃん」
――と、後ろから桜が声を掛けてきた。
桜は、お気に入りの毛布を持っていた。
彼の為に、わざわざ部屋からとってきたのだろう。
「桜、起こして自分の部屋で寝させた方が良くないかしら?」
私がそう言うと、桜は苦笑いする。
「桜もそう思って、何回か起こそうとしたんだけど起きないんだ……。でも、仕方ないよ。ここ数日徹夜で頑張ってくれてたから……」
「徹夜……?」
そんな……彼はそんな事、一言も言わなかったのに……。
桜は私の言葉に何も返してくれなかった。
その代わり、ジッと私の方を見上げていた。
「ねぇ、お姉ちゃん、もう隠し事は無しにしてね……? 何か困ったら、桜やお兄ちゃんに相談して」
そう言って、桜は私の事を強い眼差しで見ていた。
――あぁ……そうだった。
この子は、人の本質を誰よりも見抜く。
そんな子が、私の隠し事に気付かないはずがなかった。
「ごめんね。次からはそうするわ」
私がそう言うと、桜は嬉しそうに微笑んだ。
……でも……そっか……。
私は神崎君の方を見る。
彼が私の事を助けに来てくれた理由がわかった。
桜に頼まれたから、私の事を助けに来てくれたんだ……。
そんな事を知らずに浮かれて……私、馬鹿みたいじゃない……。
やっと彼がデレる様になったと思ったのに……。
きっと今日優しくしてくれてたのも、私に同情してただけなんだ……。
「お姉ちゃん?」
私の気持ちが沈んでいると、桜が心配そうにこっちを見てきた。
本当にこの子は、鋭いなぁ……。
「なんでもないよ」
私はそう言って、桜に笑いかける。
「そっか」
桜はそう言って、ニコっと私の方を見た後、神崎君に毛布をかけ出した。
……桜は凄く可愛い。
見た目も凄く可愛くて、身長も低いし、とても女の子っぽい性格をしている。
何より、胸が凄く大きかった。
私の胸は、こんなに貧相なのに……。
神様は理不尽だと凄く思う……。
そんな桜は、凄く神崎君に懐いている。
もしかしたら、異性として好きなのかな……?
どうせ彼も、桜みたいな子が好きなんでしょうね……。
だって、凄く可愛がってるもん……。
はぁ……。
別にいいもん……私には海君が居るし……。
……海君、許してくれるかな……?
私はスマホを取り出し、文字を打ち込んだ。
『返信、遅れてごめんね(>_<) 色々用事があって忙しかったの( ;∀;) でも、もう大丈夫(*´▽`*) 本当にごめんね:;(∩´﹏`∩);:』
私は自分の書いた文字を見て、苦笑してしまう。
こんな嘘に逃げる自分が情けなかった。
でも、正直に話す訳にもいかないし……。
私はそんな事を考えながら、メッセージを送る。
――ピローン♪
私がメッセージを送った直後、近くで通知音が鳴った。
私が反射的にそちらを見ると、神崎君の足元に落ちていたスマホから鳴っていた。
おそらく、寝落ちした時に、手から落ちてしまったのね。
このまま彼が気づかずに踏んじゃったら、スマホが壊れちゃう。
私は彼のスマホを拾い上げてあげた。
そして――
「え……?」
私がスマホを拾い上げた時、画面が見えてしまった。
普通なら気にする事じゃない事と思う。
彼が誰と連絡をとっていても、私には関係ない事。
でも、私は画面に映る文字を見て、固まってしまった。
その画面に映しだされているのは、私が海君とやり取りする時に使っている、SNSサイトからの通知。
その内容は――『”花姫”からメッセージが届きました』との通知が映されていた。
そして私は思い出した。
彼の名前が“海”斗だった事を――。







