第217話「勝負の内容は」
現実恋愛で『ソフトテニスを辞めた俺をちびっ子先輩がほっといてくれない』を公開しておりますので、是非とも読んでみて頂けると嬉しいです!
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「それで、勝負内容はどうするんだ?」
俺はジッとアリアを睨むように見つめ、これから俺たちがする勝負について尋ねる。
正直アリアが選ぶ勝負次第では予定が大幅に崩れるため、ここが一番肝心だと言えるだろう。
だけどおそらく、アリスさんの事を信じるなら心配はいらない。
ここでアリアにあの勝負を選ばせるためにこれまでの過程があったのだからな。
今のアリアは俺に対する屈辱感と、一度心が折れてしまった自分に怒りを募らせている。
きっと今すぐにでもその怒りを俺にぶつけたいところだろう。
そして、今度は自分ではなく姉のアリスさんがかかっているため、絶対に負けるわけにもいかない。
しかしテストや金が物を言う勝負では俺が認めるはずがなく、駆け引きが絡む勝負では今しがた完全に負けてしまった。
これだけの条件が整った今、アリアが自信を持って選ぶ勝負は一つしかないはずだ。
「私は格闘技での勝負を求めるわ! ルールはシンプル! どちらかが負けを認めるか、気絶をしたら負けよ!」
アリアが選択したのは、純粋な力と力の勝負。
俺は狙い通りの展開に口元がにやけそうになるが、なんとか我慢をして静かにアリアの事を見据える。
逆に他の生徒たちはざわめきを立てていた。
普通に考えて格闘技など女であるアリアにとっては不利だ。
常識では女は男に身体能力で劣る。
年齢によって変わるものではあるが、高校生の俺たちでは決定的に性別の差は生まれているはずだ。
ましてやご令嬢であるアリアが腕っぷしに自信があるとは思わなかっただろう。
ご令嬢に求められるうちの一つはおしとやかさだ。
武術はそれと真逆の存在と言っても過言ではない。
だけどアリアは実際に武術を身に付けている。
そしてそれは自身を守る以上にアリスさんの護衛役を担うためだった。
――だからこそ、アリアは武術の腕をかなり磨いている。
尊敬する誰よりも大切な姉を守るために死に物狂いで頑張っていた。
マリアさんからはそう聞いている。
それは、そういう優しい子であってほしいというマリアさんの願望が含まれているのかもしれない。
しかしあながち間違いではないと俺は思っていた。
アリアがアリスさんを慕っているのは確かだし、傍目からはアリア親衛隊がアリアを守っているように見えるが、実際はアリアが威張って他の生徒たちを牽制し、それによってアリア親衛隊に手出しをされないようにしている。
身近な誰かの事であれば、ちゃんとこいつにも守る意思というのは存在するのだ。
だったら、一番近い存在であるアリスさんを守る事に対して努力を怠らなかっただろう、と俺は考えている。
だからこそアリアは自身の腕っぷしに自信があり、ここで勝負の内容として選択をしてきたのだ。
しかし、このまま素直に呑むとアリアに違和感を与えてしまう。
だから俺は呆れたような態度を見せた。
「いったいどんな勝負を選ぶのかと思ったら――格闘技だと? お前は俺を舐めているのか?」
「どういう意味かしら?」
「女のお前が格闘技で男の俺に勝てるわけ――」
俺がそこまで言ったところで、ブンッ――と鞭みたいにしなるアリアの足が飛んできた。
しかしその足が俺を襲う事はなく、顔面ギリギリのところで止められる。
実際に当てられていないため痛みはないが、もし喰らっていたらただじゃすまなかった事はわかった。
それほどの威力をつけながら俺の顔ギリギリで止めたアリアの技術は凄いのだろう。
しかし、いいのだろうか……?
俺は少し気まずくなってしまい、ソッとアリアから視線を逸らす。
その反応を見て自信満々だったアリアの顔に笑みが浮かんだ。
「ピクリとも動かなかったけど、今のは当てるつもりがないと見切っていたのか、それとも反応出来なかっただけなのか――その反応を見るに、どうやら後者みたいね」
アリアは俺が視線を逸らした理由を、『飛んでくるアリアの足が速すぎて目で追う事が出来ず、勝負を受ける事はまずいと判断した』と見たようだ。
実際俺が視線を逸らした理由はまた別なのだが……。
「――アリア……カイにパンツを見られてるけど、いいの?」
俺が視線を逸らした理由を理解しているアリスさんが、溜め息混じりにアリアへと教えた。
そしてなんだか凄く物言いたいげにアリスさんが俺の顔を見てくるのだが、今回は俺何も悪くないと思うんです。
俺は何も言われてないはずなのに、後でお仕置きと称して罰を与えられそうな気がした。
そしてアリスさんに指摘されたアリアはといえば、みるみるうちに顔を赤くして涙目で俺の顔を睨み始める。
「み、見せてやってるのよ!」
「お前は痴女か」
とんでもない強がり方をするアリアに俺は思わず突っ込んでしまった。
すると、止まっていたはずの足が俺の顔を蹴りおろす。
「――つぅ……!」
「誰が痴女よ! この馬鹿! 変態!」
世の中にこれほど理不尽な事があっていいのか。
俺は痛む左頬を押さえながら、アリア親衛隊に押さえられているアリアを睨む。
「――か、海君、大丈夫!? ちょっと! いくら、し、下着を見られたからって、海君悪くないのに蹴るなんて酷いじゃない!」
俺が蹴られた事により、野次馬に混じっていた咲姫が出てきてしまう。
みんなの前で『下着』というのが恥ずかしかったようで、照れたように顔を赤めながらアリアに文句を言っていた。
こういう時に庇われると大切にされている気がして嬉しくは思うのだが――なぜだろう、咲姫が言うと少し釈然としない。
多分同じような状況なら照れ隠しで咲姫も手を出してくる事と、アリアに比べて今までに叩かれた回数が圧倒的に多い事が原因だと思う。
ただまぁ、咲姫には悪気がないため責めるのもお門違いなんだよな……。
「ありがとう、大丈夫だよ。だから下がってて」
俺は体を起こし、咲姫を背中に庇うように前に立つ。
こんな多くの面前で暴力を振るってくれたアリアは処罰の対象に出来るのだが、そんな事俺もアリスさんも望んでいない。
だから、困った表情をしながら立ち上がったアリアの後ろにいる如月先生に、俺は首を横に振って動かないよう合図をした。
アリアはそんな俺の事を怪訝な表情で見てくるが、わざわざ説明をする必要もない。
「ねぇ海君、もうあんな人放っておこうよ。今回勝ったんだから満足したでしょ? これ以上やるのはよくないよ」
俺がアリアを見つめていると、頬を押さえている俺の左手に咲姫がソッと自分の右手を重ねてきた。
詳しくは何も知らないはずなのに、ここまで嫌われ役をやった俺の事を信じてくれている態度が素直に嬉しい。
そして咲姫は優しい女の子だから暴力沙汰を嫌う。(咲姫自身がしている事に関してはあえて何も言わないでおく)
だから俺とアリアが格闘技で勝負をするのが嫌なのだ。
「ごめん、そういうわけにもいかないんだ」
俺は小さく、咲姫にだけ聞こえるよう声量を落として謝る。
咲姫が嫌がってるのはわかるけど、ここで引くなんて選択肢は俺にはなかった。
例えそれで咲姫に嫌われる事になろうとも、それは仕方がない事だ。
「海君……」
「ごめんな」
俺は辛そうにこちらを見つめる咲姫にもう一度謝ると、未だに俺の事を睨んでいるアリアに再び視線を戻す。
「アリア、お前が腕に覚えがあるのはわかったよ。だけどそれでも俺には勝てない」
この期において俺は更にアリアを挑発する。
アリアにとって俺は天狗になって油断する馬鹿に思われないといけないからだ。
「へぇ……言ってくれるじゃない。カイ、あなた確か夏休みに山で不良三人を病院送りにしたのよね?」
アリアは自分のほうが上だと言いたいのか、わざわざ人が忘れたいと思っている暗い過去の事を持ち出してきた。
この後に続く言葉はなんとなくわかるが、今の発言のせいで俺の悪い噂は更に立ちそうだ。
「――お、おい、神崎さん気にいらない奴は山に連れ込むのかよ……!」
「そして誰も見てないところでボコボコにする……。下手をすると山に埋められるんじゃないのか……?」
――こんな感じで好き勝手言ってくれる生徒たち。
いったい俺をなんだと思ってるのか文句を言いたくなるところだが、今日はしている事が酷いためあまり言えたものでもない。
俺は他の生徒たちの言葉を気にしないようアリアに集中する。
アリアは周りの反応など気にしておらず、自信満々に胸へと手を当てて口を開いた。
「でもね、私なら十人相手だろうと素手で勝てる。あなたにそんな事が出来るかしら?」
おそらく誇張――ではないのだろうな。
アリアから出ている自信はただのハッタリの可能性があるが、武術を極めている者なら不良とはいえ一般人を相手取るのなんて赤子を相手にしているのと変わらない。
それに俺はアリアの実力を青木先生に再現してもらったから理解しているつもりだ。
まず間違いなく、武術の達人といってもいいレベルで腕が立つ。
例え桐山が十人で束になってかかったとしても、アリアには勝てないだろう。
「弱い犬がただ吠えてるようにしか聞こえないな」
「な、なんですって!?」
俺が思っている事をおくびにも出さずアリアの事を馬鹿にすると、アリアが今にも飛び掛かってきそうな姿勢を見せる。
しかしアリア親衛隊が押さえているため動けずにいるようだ。
本当なら非力なアリア親衛隊などすぐに振り払えるはずなのに、やはりアリアは彼女たちを大切にしているようだ。
こんな優しい一面もあるくせに、平気で他者を陥れるなんて本当に馬鹿な奴だと思った。
「まぁいい、そこまで言うなら格闘技の勝負を受けてやるよ。負けてから後悔しても遅いからな?」
「ふふ、後悔するのはどちらかしら」
先程まで落ち込んでいたのがなんだったのかと思うほどにアリアがふんぞり返っている。
余程格闘技に自信があるのだろう。
俺の後ろにいる咲姫がボソッと、『どうしてあの人は負けフラグばかり立てるんだろう』って呟いたのは聞かなかった事にする。
アリアも頬を引きつかせながら俺を――いや、おそらく俺の後ろにいる咲姫の事を見ているが、相変わらず咲姫の相手はしたくないようで何も言わなかった。
「勝負は今からでいいのか?」
「もちろん」
「だったら場所を移そう。ここじゃ狭すぎる」
俺はそう言うと、勝負の場所として武道場を選択する。
そして、関係者以外の他の生徒たちには付いてこないよう命令をした。
そんな俺に対してアリアが『負けるところを見られたくないのね』と挑発してきたため、俺は笑顔で『誰かさんが負けて泣き喚いても周りの迷惑にならないよう配慮したんだよ』と返しておいた。
するとアリアは凄い目付きで俺の事を睨んできたのだが、こいつは本当に沸点が低くて煽りに弱いと思う。
アリアは今まで女王様でいたから馬鹿にされる事に耐性がないとみていい。
通りで悪気がなく挑発をしてしまう咲姫と相性が悪いわけだ。
素の咲姫は天然で色々と抜けているからな。
「――海君、私は行ってもいいよね?」
そんな咲姫はといえば、不安そうにしながらも付いてきたそうに俺の顔を見上げていた。
多分俺の事を心配してくれての申し出なのだろう。
だけど俺は咲姫たちを連れていくつもりはない。
「駄目だ」
「ど、どうして!?」
咲姫は了承を得られると思っていたのだろう。
俺に断られてグンッと距離を詰めてきた。
こうなった咲姫は全く言う事を聞かないため、俺は説得する事はせず青木先生に視線を向ける。
すると青木先生は俺の意思を汲み取ってくれて、咲姫を片手で抱き上げて連れていく。
咲姫が凄く暴れているのに全く落とす気配がなかった。
もう片手には再び捕まえたカミラちゃんがいるし、あの人の筋力はいったいどうなってるのだろうか疑問になる。
本当に華奢な見た目が詐欺にしか思えない。
「――私は付いていくからね」
連れていかれる咲姫を見つめていると、今度は雲母が俺の傍にきていた。
視線を向ければ春花や白兎も付いてきたそうにしているし、本当にどいつもこいつも仕方がない奴だと思う。
ただ、他の奴らはともかく雲母は今回の事を見届ける権利がある。
だから俺は断る事はしなかった。
――もちろん、春花たちにはこないよう伝えておいた。
あまり彼女たちをこういった汚い事に巻き込みたくないのだ。
当然アリア親衛隊は俺の言う事など聞くはずもなく、移動する俺たちの後を付いてきていた。
本当なら観客などいてほしくないのだが、まぁ彼女たちなら口止めをする事は簡単だろう。
後は他の生徒たちが中に入ってこないよう手を回しておくだけでいい。
――そうすれば、アリスさんの悪い噂は立たずに済むはずだから。
俺は他の生徒たちが入れないよう如月先生や白兎に指示をしながら、頭の中では次の事に対してイメージを作るのだった。