第214話「信用」
「――ア、アリア様、騙されてはなりません! 西条財閥はともかく、紫之宮財閥が彼に力を貸すはずがないですよ!」
アリア親衛隊の一人が俺たちの会話に割り込み、俺が言った事はハッタリだとアリアに伝える。
しかしアリアは歯噛みをして俺を睨みながらも、その少女に対して首を横に振った。
「言ったでしょ? こんなハッタリならすぐに調べがつくと。時間稼ぎにもならない無駄な事をこの男がするわけがない。何より――こいつ、夏休みにアメリカでクロと会ってるのよ」
龍と会っていたという事実が、アリアに確信を持たせる。
おそらく夏休みの事はアリスさんから聞いていたのだろう。
それでもアリスさんの事に疑問を抱かないあたり――いや、違うな。
今一瞬、アリアはアリスさんへと視線を移した。
その視線は確かに疑念の色を帯びており、アリスさんへの疑いが彼女の中で確信になろうとしている。
――とはいえ、これも想定の範囲内だ。
どうせ遅かれ早かれアリアはアリスさんの裏切りに気付く。
たった数時間の違いでしかないし、その上で俺はうまくやる事を決めたのだ。
例えここでバレたとしても、何一つとして問題はない。
「あ、あの、アリア様……クロとは、いったいどのような御方でしょうか……?」
アリスさんが付けたアダ名で龍の事を呼びあってるせいで、心当たりのない不知火さんがおそるおそる尋ねてみる。
この状況で余計な事を聞けばアリアに怒られるかもしれないのに、見た目にそぐわぬ対した度胸だ。
彼女は理解しているのだろう。
そのクロという人間が、今回の鍵を握っている事を。
「黒柳龍――そういえば、あなたたちにもわかるでしょ?」
「あっ……! 少し前に、紫之宮財閥の次女が婚約発表をしたお相手……!」
婚約……それは初耳だ。
まさか龍の奴そこまで進んでいたとは……。
いや、しかし、当然の事か。
龍は紫之宮財閥の跡継ぎ争いを収めただけじゃなく、跡継ぎとして決まった次女の楓さんの政略結婚を潰したと聞く。
そして、紫之宮財閥会長――楓さんや愛さんにとってはお祖父さんにあたる人に気に入られ、龍の手術代は全て紫之宮財閥が負担をしているらしい。
となれば、婚約まで話が進んでいてもおかしくはない。
――好きな女の子のためにそこまで頑張れるなんて、やっぱりお前は凄い奴だよ、龍。
「で、ですが、たかが婚約者ですよ!? 婚約者が間に入ったところで、紫之宮財閥が動くとは思えません!」
先程アリアにハッタリを進言した少女がやはり嘘だと決め付ける。
龍や紫之宮財閥の内情を知らない奴からすれば当然の判断だ。
だけどアリアは知っている。
たった一人の男が大手財閥を動かせた事を。
「確かなメリットさえあれば、クロなら簡単よ。あの男はこいつなんかよりも厄介で、言葉だけで人を操る。実際、紫之宮姉妹はもちろんの事、会長や社長にも気に入られてるわ。クロが頼むだけで喜んで紫之宮財閥は動くでしょうね」
そう、大方アリアの考えている事は正しい。
さすがに簡単とまでは言わないが、メリットさえあれば龍なら紫之宮財閥を動かす事が出来る。
もちろんメリットは、ここで平等院財閥を叩けるという事。
アリアの頭の中には最悪なシナリオが思い浮かんでいる事だろう。
「だとしても、アリア様には既に多くの令嬢たちが付いています。例え西条財閥、紫之宮財閥が動いたとしても、こちらは迎え打つ事が出来ますよ?」
そう口にしたのは、静観して俺たちのやりとりを見つめていた少女。
確か、アリアとの契約書を作成した女だ。
今彼女は、少しでもアリアの不利がなくなるように動いたつもりなのだろう。
だけどアリアはそんな彼女を睨んだ。
こんな幼稚な嘘を付けばそれも当然だ。
「はっ、そんな言葉に俺が騙されると思ったのか? 数年後はまた違うのかもしれないが、今はまだ何も力を持たない、ただ親の言う事を聞くしかないいい子ちゃんばかりだろ? 紫之宮財閥、西条財閥が手を組めば企業のトップたちは絶対にこちら側につく。いったいどれだけの令嬢が親の意思に背いてアリアの味方に付くんだろうな?」
わざわざ口にしなければ俺も言わなかったのに、自分たちから立場を悪くしてどうするのか。
おそらく多くの生徒が与えられる情報の過多に、アリア側につく令嬢の立場を認識出来ていなかったはずだ。
中には、アリア側につく人数だけを考えて、アリアにもまだ打つ手はあると思っていたのかもしれないのに。
――とはいえ、そんな生徒がいたところでアリアは何も出来ない訳だが。
「いったいどれだけ前から準備してたのよ……!」
俺が紫之宮財閥とまで手を組んでいた事で、悔しそうにしながらアリアが聞いてくる。
もう己に勝ち目がないのはわかっているだろう。
「お前が最終的にどんな手段を用いるかはわかっていたからな。この一ヶ月、お前がクラスメイトたちに取り入ってる間に、俺はクロへの交渉を続けていた。ギリギリではあったが、なんとかこの場に間に合ったというわけさ」
これは嘘だ。
本当は、説明をすると龍はすぐに協力的な姿勢を見せてくれた。
だけどこの後の事で、俺が準備万端に待ち構えていた事を悟らせないようにするためのカモフラージュにしたのだ。
アリアは龍と関わった事はあるが、ほんの少しの間だけだったと聞く。
そんな短い時間では龍の事を理解するのは無理だろう。
人づてで知った龍の功績から、勝手に龍の事を想像してくれてるはずだ。
だからこれほど焦っている。
龍の事を知る奴なら、あいつが企業間同士の争いに力を貸さない事なんてわかりきっているのに。
龍は俺が本気で平等院財閥を潰すつもりがないとわかっていらからこそ、今回契約を結んでくれただけなのだ。
西条社長だってそうだろう。
俺が実行しないと信じてくれてるから、今回名前を貸してくれただけだ。
……信じてくれてるというよりも、平等院財閥にはアリスさんもいるから手が出せないと思われているだけかもしれないが……。
しかし契約がある以上、俺が宣言すれば本当に西条財閥と紫之宮財閥は平等院財閥を潰しに動く。
口裏合わせだけではアリアにバレてしまうため、俺はちゃんと形は整えていた。
その代わり、このカードを切るという事は龍と西条社長、そしてアリスさんからの信頼を失う事を意味する。
いわば、諸刃の剣なのだ。
だから俺はこのカードを切る気はないのだが、それをアリアに悟られてはならない。
こいつには、とことん絶望してもらわなければならないのだ。
「紫之宮財閥まで引っ張り出してくるなんて……。あなたは端から私を潰すつもりだったのね!」
「当たり前だろ? わざわざ転校までしてきやがって、目障りでしかないんだよ」
「だったらこんな卑怯な手段を使わずに正面からぶつかってきなさいよ!」
「はは、おかしいな。お前が卑怯とか言うのか? 今回の勝負でずるをしまくってたのはお前だろうが。自分の事を棚に上げていったいどの口が言うんだよ」
俺はアリアを見下し、これ以上ないほど挑発する。
端から見れば胸糞悪い事この上ないだろう。
やってる俺ですら、自分にムカついてしまっているくらいだ。
「それで、このまま本当に経済戦争でもやるつもり? いいわよ、ここまできたらやってあげ――!」
「――待って」
自棄になり始めたアリアの声を、突然起伏のない静かな声が遮った。
大きな声というわけでもないのに、不思議とここにいる全員へと声が届いたようだ。
そろそろ動くだろうとは思っていたが、さすがいいタイミングで割り込んでくれるものだ。
俺は声がしたほうにゆっくりと視線を向ける。
するとそこには、普段の気だるげな雰囲気ではなく、見る者を惹き付ける凛とした様子のアリスさんが立っていた。
――ここから俺たちは、更にアリアを追い込む。
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