第213話「一番のカード」
まるで親の仇を見るかのように俺を睨むアリア。
それだけじゃない。
アリア親衛隊も本当にお嬢様かと疑うくらいに俺の事を睨んでいた。
「――あれが神崎の本性か……」
「西条さんたちはあんな奴の何処がいいんだよ……」
「人としての性格を疑うわ……」
「あんな目をする人がまともなはずないじゃん……」
廊下に意識を向けてみれば、多くの生徒が俺に対して非難的な言葉を使っている。
敗北したアリアに追い打ちをかけるよう貶したから、それが反感を買ったのだろう。
――これでいい。
もう誰も、雲母に騙されていた事やアリアが雲母を嵌めようとした事を気にしていない。
全てを丸く収めるにはこうする手段しか思いつかなかった。
正直アリアの事はどうでもいい。
だけどこうしないと、きっとあの人は笑ってくれないから――だからこうしただけだ。
「お前みたいな屑、一生掛かっても俺には勝てないだろうな」
「――っ! ちょ、調子に乗って……!」
「実際お前はまた負けただろ? それとも今度は自分が不利なルールだったから負けたとでも言うか?」
「くっ、くぅ……!」
悔しそうに歯噛みをするアリア。
俺はアリアが負けをルールのせいに出来ないとわかっていて煽っているからそれも当然だろう。
お互い同意の上で行われた勝負のルールにケチをつけるのはただの言い訳でしかない。
そんな事をしてもみっともないだけだとアリアは理解しているのだ。
「さぁ、負け犬はさっさと消え失せろよ」
「……そう、わかったわ」
「ア、アリア様!?」
俺の言葉にアリアは頷き、主の予想外の反応に親衛隊たちが驚く。
しかし、勘違いをしてはいけない。
この女はそんな潔い奴ではないのだ。
「――あなたも、雲母も、あなたの大切な姉妹も、そしてこのクラスにいる奴等全員の人生――この私が潰してやるわ」
「「「「「――っ!」」」」」
目から光を失ったアリアの言葉に、この場にいる多くの者が息を呑む。
冗談で言ってない事は纏う雰囲気からわかる。
こいつは本当に俺たちを潰すためだけにこれから注力する事だろう。
「笑わせてくれるな。それは西条財閥と真っ向からやり合うって事か? そんなの潰し合いになって紫之宮財閥がおいしい思いをするだけだろ」
均衡する力がぶつかりあっても優劣はつかない。
お互いに消耗し、潰れ合うのが関の山だ。
――当然、西条社長や平等院社長がこの話に乗る事はないだろう。
だけどアリアは社長としての立場を持っている。
財閥ではなく、令嬢同士のやりあいならこちらに勝ち目はない。
「いいえ、お父様たちは出てこないわ。だけど、ここにいる私に従う子たちは数年後にいくつかの会社を任される。そして元いた学園のほとんどの生徒はもう既に私の傘下に入っている。数年後、雲母を含めたここにいる奴等全員を潰す準備は整うわ」
狂気ともいえる狂った戯言。
数年後までアリアが待てるのか、その怒りは持ち続けられるのかという疑問は残るが、とても現実的には聞こえない。
だけどおそらく、こいつが指示すればみんな言う通りに動き出すのだろう。
狂ってはいるが、ハッタリで言ってるわけではない事は表情や雰囲気から読み取れた。
これがこいつの闇の部分なのだろう。
やっと、引きずり出す事が出来た。
「やれるのか?」
「は?」
「お前たちごときに俺――いや、俺たちを潰せるのか?」
俺の言葉を聞き、この場にいるほとんどの人間が再びざわめきを立てる。
アリアの言葉と変わらないくらいに俺の言葉も狂ってると思ったのだろう。
もしくは、何を余計に煽ってるのだ、と文句を言いたいのかもしれない。
周りのざわめきはうるさいが、俺はアリアだけに意識を集中させる。
「あはは! もしかして潰されないと思ってる? いくらあなたがKAIだろうと、私たちからすればたった一人の個人でしかない! 潰すなんて容易いのよ!」
ここにきて大声を出して笑いだすアリア。
どうやら彼女には俺の言葉がそれほどおかしかったらしい。
「悪いなアリア、俺が言ってるのはそういう事じゃない。言っただろ、俺たちを潰せるのか、と」
俺個人ならアリアが率いる会社一つで潰されてしまう。
それなのにご令嬢たちを相手になど一人で出来るわけがない。
だけど、俺は一人でやりあう必要なんてなかった。
「まさか、西条財閥の力を借りれると思ってるの? あはは、それはないわよ! せいぜい西条財閥が守るのは雲母くらい! だけど西条財閥が出てくれば、こっちも平等院財閥で向かい打てる! だって、数年後には多くの会社が平等院財閥に付いているから、均衡なんて崩されるもの! そして西条財閥を潰せるチャンスなら、きっとお父様は力を貸してくださる!」
アリスさんがアリアの将来を危険視していたのはこの部分だろう。
元いた学園のお嬢様達を味方に付けているのなら、確かに数年後――アリアは多くの力を得る事になる。
そうなればこいつが西条財閥や紫之宮財閥に仕掛ける可能性は十分にありえた。
だけど……今を見ずに、数年後を見越している奴など端から敵ではない。
「なぁ、アリア。お前は数年後を見越しているようだが、今、西条財閥と紫之宮財閥が共に仕掛けたら、平等院財閥はどうなるだろうな?」
「はっ……?」
俺の言葉を聞き、アリアの笑い声がやむ。
そして信じられないようなものを見る目で俺を見てきた。
「あなた、まさか……」
「西条社長はもちろん、クロと紫之宮愛さんを通じて紫之宮社長の承認も得ている。こっちは、いつでもお前を潰す準備は整えているぞ?」
俺はアリアが理解しやすいように龍の事をわざとクロと呼び、ここで一番のカードを切ったのだった。