第212話「引き金」
「カ、カイ! あなた何をしたの!?」
自分の予想とは真反対の結果を目にしたアリアが俺へと詰め寄ってくる。
目は大きく開かれており、今すぐにでも掴みかかってきそうな勢いだ。
俺はアリアから視線を外し、クラス内を見る。
雲母を除いたクラスメイトたちの誰一人としてこの結果に驚いた様子を見せる者はいない。
つまり、これが彼らの出した答えというわけだ。
逆に廊下にいる生徒たちはうるさいほどにざわめき立っている。
どうしてこんな結果になったのか。
やはり出来レースだったのか。
各々に自分たちの意見を交わし合っていた。
最後にアリスさんに視線を向ける。
この結果を予想していたであろう彼女は、いつも通りの無表情に戻っていた。
しかしその瞳はやはり悲しそうに見える。
誰だって自分の大切な人が傷つけられる姿は見たくないだろう。
――そしてそれだけではない。
多分俺に問いかけているんだと思う。
『本当にやるつもり?』と。
俺は視線をアリスさんからアリアへと戻し、まっすぐとアリアの目を見据えた。
◆
私はクラスで一人、取り残されたように海斗とアリアを見つめていた。
海斗に何か勝算があったのはわかる。
そうじゃないとあそこまでアリアに好き放題はさせていないはずだから。
そこで私は、私――西条雲母の傍にいつもいる、誰か一人を抱え込んでいるのだと思っていた。
誰か一人でもアリアを認めなければ海斗の負けはないから、逆に言えば一人だけ抱え込んでおけば他は全員アリアに入れてもいい。
しかし、結果は誰一人としてアリアを認める人はいなかった。
海斗が何かしたのは間違いない。
でも、海斗が手を回す事は禁じられていたはず。
桜を人質に取られてグレーの部分も責められなかったはずなのに……いったい何をしたの……?
私はジッと海斗とアリアのやりとりを見つめる事にする。
「お前は自分で引き金を引いたんだよ」
この場にいる誰もが注目する中、普段通りの落ち着いた声で海斗はアリアの質問に答える。
見た者にクールと印象付ける雰囲気を放つ海斗に、戸惑いを浮かべている生徒がいるのがわかった。
おそらくこの海斗を初めて見る生徒たちだと思う。
アリアがこの学校に来てから何度か海斗はこの姿を見せていたけど、全校生徒が目にしていたわけではない。
噂で聞いていたとしても、今まで知っていた神崎海斗という人間とのギャップで素直に受け入れられてなかったんだ。
この注目を、注目される事が嫌いな彼はどんな思いで受け止めているのだろう。
本来なら裏で動くような彼が表立ってまで行動をするのは、やはりアリスのためなのかな。
咲姫やアリス……私は、海斗にとって見向きもされない存在になっているのかもしれない。
「――何を……落ち込んでるの……?」
私が少しネガティブ思考に陥っていると、ソッと優しく背中を誰かに触られた。
……うぅん、誰かではない。
声からして斜め後ろにいるアリスが私に触れてきている。
「なんの事?」
「誤魔化しても……無駄……。確かにカイは……アリスのために……頑張ってくれてる……。でもね……例えアリスじゃなく……君だったとしても……カイはこうしてるよ……。カイにとって……君も大切な存在だから……」
アリスに言われて考えてみる。
確かに海斗なら、必要とあらばみんなの前で同じような事をしてくれたかもしれない。
それが本当に大切に思われているからかどうかはわからないけど、アリスが言うならそうかもしれないと思った。
「アリスはいつも私に塩を送るね」
「……塩を送るのは……これで……最後かも……」
「えっ、それって――」
「――引き金? どういう事かしら?」
アリスの言葉の意味を聞こうとすると、海斗の言葉の意味を考えていたアリアが口を開いた。
どうやらアリアには海斗の言っている意味がわからなかったみたい。
とはいえ、私にも意味がわかるものではない。
ただわかるのは、海斗の言っている引き金が私の過去の話だという事だ。
それ以外にアリアは何もしていないからその結論に辿り着けた。
でも、どうしてそれが引き金なのかはわからない……。
私は頭を切り換えて、海斗たちの話に集中する。
「お前が雲母のあの話を口にした事で、クラスメイトたちはお前を見限ったんだよ。そうじゃなかったら多分――全員、お前を認めるほうに入れていたはずだ」
「意味がわからないわ! どう考えても普通逆じゃない!」
アリアの言ってる事はもっともだった。
あの話は私の価値を下げるもの。
そして、私の価値が下がる事に比例するようにアリアの価値が上がるものだった。
私に何も力がないとわかればアリアに付くほうが絶対にいい。
だからアリアの価値を上げる事になる。
必然、誰もがアリア側につくと思ったはずなの。
私でさえ、みんなが裏切ると思っていた。
なのにどうして……。
――一つ心当たりがあるとすれば、アリアが言っている事は既に間違ったものになっていたという事。
海斗はそれを使ったのかもしれない。
だけど、全員がアリアを見限るなんて結果になるようには思えなかった。
「なぁアリア、お前が言う雲母が西条財閥に見捨てられている話だけどな、もうその話は終わっている。今の雲母にはちゃんと西条財閥の後ろ盾が付いているんだよ」
「なっ――!」
「そしてその事を俺は事前に二人のクラスメイトに話している。男女の代表として、九条君と清水にな」
海斗の言葉を聞いてアリアは二人に視線を向ける。
その目は完全に脅迫をする目だった。
まるで、『あなたたち、覚えてなさいよ』とでも言うように。
私の話を二人にするなんて海斗からは聞いていない。
しかもここで名前をあげてしまえば二人がアリアに狙われるのは当たり前なのに、どうして名前を明かしたのかもわからなかった。
みゆは昔私と一緒に咲姫をいじめてる。
その事を海斗が根に持っていたとしても、九条君の名前を出した理由がわからない。
九条君は海斗を慕った素振りを見せてる。
それがうっとおしかったって事ならそれまでだけど……海斗がそんな考え方をするはずがない。
だったら、二人の名前を出した理由はなんなのだろう?
「――カイは今……保険を打った……」
「保険?」
私は話し掛けてきたアリスの言葉に反応する。
どうしてこの子は私が思い浮かべている事をすぐに見抜いてくるのか疑問に思うけど、今はそれよりも保険というのが知りたかった。
一応アリアに気付かれないよう視線はアリアたちに向けておく。
「クラスメイトたちの反応から……皆が何かしらの決め事をして……意見を合わせているのは明らか……。となれば……先導した者をアリアは……探し始める……。だからカイは……ここで明かした……。普通なら……探させる手間を……省いてしまったように……見えるけど……カイは今……二人を守ると……宣言したようなもの……」
「どういう事?」
「アリアは……カイの事を……警戒している……。警戒する相手が……わざわざ教えてきたら……罠……もしくは……手を出されても……守れる自信があると……判断する……。迂闊に……手は出せない……」
アリスの言う事は私にはわからない世界だ。
海斗とアリアの間では言葉だけじゃなく、その裏でも駆け引きが行われているらしい。
自分が彼女たちに付いていけれてない事を……私は悔しいと思ってしまう。
「……あなたが言った事がハッタリならすぐに調べがつく。だから西条財閥が雲母を受け入れたという話は本当なのでしょうね。でもねカイ、九条君たちにその事を話していたという事は、あなたは裏で手を回していたって事よね?」
アリアは視線を海斗に戻すと、反則行為を行ったと責め始める。
結果が出てしまった以上、アリアに出来るのは海斗を反則負けにする事だけ。
そして確かに彼女の言う通り、海斗は反則行為を行ってしまっている。
元々私が大手財閥の人間だと思っていたとはいえ、わざわざその話をするという事は聞きようによっては脅しになってしまう。
じゃないと、西条財閥の話をわざわざ海斗がする必要はないから。
それを印象操作と言われても否定する事なんて出来ない。
「おいおい、俺はただ事実を話してただけだぞ? それのどこが手を回しているんだ?」
「何を白々しい。そんなの印象操作で――」
「――もう一度言うぞ。俺は事実を言っただけだ。お前はそれを印象操作と言うんだな?」
「は? ――っ!」
念を押すように言われた言葉に、アリアは何か気付いた様子を見せた。
口を閉ざし、ギッと海斗を睨む。
「アリアは先程……君の話をした時に……ただ事実を話しただけと……押し切った……。カイの内容も……アリアとさほど変わらない……。それなのに……カイのほうを……反則行為と言うのなら……アリアの行為も……反則行為になる……。それをアリアは……気付いた……」
「まさか、さっき海斗がわざわざアリアに反論したのはそのためだったの? アリアが海斗の行動を否定出来ないように先に動かせた?」
「まぁ……もう一つ狙いは……あったけど……そういう事……」
「えっ、もう一つの狙いって何?」
「ふふ……君はちゃんとカイに……大切に思われてる……って事だよ‥…」
「…………?」
私はよくわからずに首を傾げる。
アリスの顔を見ても何考えてるかわからないから振り向かないけど、海斗が動いたのには私も関わってるって事?
でも、よくわからないな……。
「――そう……私はまんまと、あなたの掌の上で踊らされていたというわけね。だけどまだ疑問がぬぐえないわ。どうして私が雲母の話をした事で引き金になるの? そして、動かなかったら私が勝っていたという理由もわからない」
みんなの目があるからだろう。
アリアは凄く腹が立ってるはずなのに、なんとかそれを堪えながら冷静を装って海斗に質問をした。
まだ目は諦めていない。
何か海斗がボロを出すのを待っている目だ。
「先にお前が勝っていただろうというほうの話をするが、元々雲母はお前を受け入れる姿勢を見せていた。そしてお前はクラスメイトたちに受けいられるように行動をしていた。それのどこにお前を認めない要素が生まれる余地がある?」
「そんなの決まってるじゃない。私が勝ってしまうとあなたが酷い目に遭う。その仕返しを恐れたのよ」
「馬鹿かお前は」
「はぁ!?」
海斗の言葉にアリアが大声を出す。
プライドの高い彼女が馬鹿にされて耐えられるはずもなかった。
「俺が負けた場合お前の言う事をなんでも一つ聞くというのだが、お前が指定したのは平等院システムズに入社する事だ。そして勝手に辞める事は出来ない。将来の事を考えるのならお前には逆らえなくなる、と生徒たちは捉えるだろう。だけどな、今や平等院システムズは平等院グループの中でも上位に位置付く一流企業。そんなところに入社出来るのなら羨ましがる生徒がほとんどなはずだ。お前が何処まで下種な奴か理解しきっていないクラスメイトたちが俺に仕返しされるとまで思うか? 少なくとも、雲母がお前を受け入れようとしてる限り手出しはされないと判断しているはずだ」
なるほど……。
私やアリアは先入観を持っていたんだ。
海斗が負けた時、アリアに酷い目に遭わされるのは目に見えている。
でもアリアの事を理解しきっていないみんなからしたら、そんな酷い事まで想像してなかったという事ね。
「そしてもう一つ。例えお前の言うように俺からの仕返しを恐れていたとしても、クラスメイトたちにはある甘えがあった。なぁ、お前の勝利条件だが、クラスメイトたち全員がお前に入れる必要がある。雲母がアリアを受け入れる姿勢を見せている以上、アリアに票を入れたほうがいいのは明確だ。そこで俺の仕返しを恐れていたとしても、誰か一人がお前を認めなければ俺が仕返しを考える事はなくなる。これだけ聞けば生徒たちがどんなふうに判断をするか、お前ならわかるだろ?」
「……自分が入れなくても……他の誰かが認めない票に入れてくれる……」
「そう、お前が過去に雲母を嵌めた心理状態と同じなんだよ」
私がアリアとの勝負で大敗を喫した時、誰一人として私を支持してくれなかった。
そのからくりは、私を慕ってくれていた子たちにアリアが個別に脅しをかけていて、自分一人が支持しなくても大丈夫という心理状態を作り出していたからだ。
だからアリアにはわかるはず、と海斗は言ったみたい。
「でも、明らかに私に賛同をしていない生徒たちがいたわ。そいつらが認める票に入れるわけがないでしょ」
「だからお前は馬鹿だと言ってるんだよ」
「あなたいい加減にしないと本当にぶっころすわよ!」
海斗の煽りにアリアが掴みかかろうとする。
だけどそれをアリア親衛隊が慌てて止めた。
ここでアリアが暴力を振るってしまったら処罰は免れない。
少なくとも、この学園には居られなくなってしまう。
だから彼女たちは主を止めたのだ。
「あのな、お前の誘いに乗らなかったクラスメイトたちは雲母を慕って雲母の考えを尊重する奴等だ」
「そのせいで私の誘いに乗らなかったのでしょ! だったら認める票に入れるわけないじゃない!」
「お前は目先の事にとらわれすぎなんだよ。誘いに乗らなかったのは事実だ。だけどな、雲母の考えを尊重するという事は、お前を受け入れるという考えにも同意しているって事なんだよ」
「――っ!」
驚いて目を開くアリアの目を、覗き込むように海斗が顔を近付ける。
不知火が海斗の事を止めようとしたけど、何か思う事があったのか伸ばし掛けた手を止めてしまった。
「みんなお前を受け入れるつもりでいたんだ。事情はどうあれ、本当ならお前は勝っていた。それを全て潰したのは、お前自身なんだよ」
「どう、して……」
「俺が九条君たちに伝えたのは、雲母が西条財閥に出された条件と、その条件や追い出された事が白紙になった事。そしてもう一つ、雲母が西条財閥から見捨てられた話をお前がする可能性があるという事だ」
「それが、何……?」
「九条君はチャラく見えて周りをよく見ている。それは多分、周りで問題事が起きるのを嫌っているんだ。だからそうならないように自ら行動する。清水に関してはビッ――いや、ちょっと俺とはそりが合わない部分があるが、雲母が最も信頼している生徒と言っても過言じゃない奴だ。つまり、雲母の信頼を得られるくらいあいつに貢献していると言える。そして二人ともクラスメイトたちに指示出来る側の人間だ。俺やアリアたちがいないところで、クラスメイトたちを集めて雲母の話をした事だろう」
「でも、それだけじゃあ……私の有利は変わらなかったはず……」
「確かに立場的に見れば、同じ大手財閥の令嬢で、なおかつ自身でも社長を務めているアリアのほうが上だろう。だけどな、他人を陥れるような奴に付いて行こうと思う奴がいると思うか?」
「…………」
「お前が雲母にどういう印象を抱いていたのかは知らない。だけどあいつは、今のクラスメイトたちに利益をもたらしてはいても、損をさせる事はしなかった」
私がクラスメイトを陥れなかったのは自分の手駒になるからだ。
脅しをかけたりはしてたけど、実質的な損害は出させなかった。
私についていけば旨味があると覚えさせたほうが、後々まで言う事を聞くと判断したからそうしてきたの。
海斗に関しては辛い事をしていたけど……でも、適当に理由をつけて関わらないようにしていた。
なるべく、クラス内では損をする人間が出来ないようにしていたはず。
まさか海斗にその事を気付かれているとは思わなかったけど……やっぱり、昔からよく周りを見ていたんだね。
――いや、私が警戒されていただけか。
昔の海斗は周りから目を背けてばかりいたから、多分周りを見ていたわけじゃない。
危険人物として私の行動に注意していただけだと思う。
「だけどアリア、お前はクラスメイトたちの前で雲母を陥れた。クラスメイトたちはその光景を見た時に思っただろう。アリアについていってもいつか自分は切り捨てられる、とな。そして雲母を陥れたという事は、もう誰がどう考えても雲母はアリアを受け入れない。という事は、お前を認めない事が雲母の意志になるとクラスメイトたちは判断するんだよ。だから全員、お前を認めないほうに票を入れた。……いや、おそらく、お前が雲母を陥れようとするなら全員認めない票に入れようと話し合って決めていたはずだ」
あくまで仮説。
だけど海斗は確信を持っている。
多分本当に裏でそういった話し合いが行われていたんだ。
「……でも……だったら、どうしてあなたが紙を配る時、みんな視線を合わせようとしなかったの……? あなたを裏切らないのだったら、逸らす意味はないじゃない」
確かに海斗が紙を配る時、みんな顔を背けていた。
あれを見た時私も裏切られる事を覚悟したのに、実際は誰一人として裏切っていない。
あの行動の意味はなんだったのだろう。
それも話し合いの場で決められていた事?
「あぁ、あれはただ単に俺を怖がって合わせようとしなかっただけだ」
「はぁ?」
「なんか知らないけど、俺はクラスメイトたちから怖がられている。最近はちょっとした勘違いで男子から慕われているようだが、俺を恐れている事には変わりないんだよ。怖がってる相手がお前とのやりとりでピリピリとしていたとしたら、目なんて合わせないだろ?」
「いや、えっ……ちょっと待って! じゃあ九条君は!? 彼はあなたを恐れていないでしょ!?」
最近は海斗が一人で行動したがっているから近寄ってないけど、少し前までは九条君は海斗に付きまとっていた。
恐れている相手なら自ら付きまとったりはしないという事だと思う。
私もアリアの意見と同じ印象を抱いていた。
「言っただろ、彼は周りをよく見てるって。そして空気を読んだだけだ」
「嘘よ、るかが言ってたわ! 九条君は空気が読めない男でやりづらいって!」
るかとは、不知火の事だ。
そういえば九条って不知火によく絡んでるよね。
まぁ不知火もかわいいし、それで絡んでるだと思ってたけど……。
「空気を読めないふりをしていただけだよ。正直不知火さんは俺にとってやりづらい相手だ。それを空気が読めないふりをして九条君が邪魔をしてくれていた。だよな、九条君?」
海斗は九条へと視線を向ける。
すると九条は頬を指で掻きながら口を開いた。
「気付いていたんですか」
「まぁ、元々君の事は周りの雰囲気に敏感な生徒だって思ってたからな。それなのに不知火さん相手には全く空気を読もうとしないのが引っかかったんだ」
「さすが……」
九条は苦笑いを浮かべて小さく呟くと、何事もなかったかのように黙り込む。
海斗ももう必要ないと思ったのか、視線をアリアへと戻した。
「お前、この一カ月間何をしていたんだ? クラスメイトたちの事をちゃんと見もせず、ただ仲間に引き入れるよう策を巡らせていただけだろ?」
「…………」
アリアは俯いて黙り込む。
何も言い返せないのだろう。
それだけ完璧に海斗にしてやられていた。
もうこれで二人の勝負は終わりになる――そう思った時、海斗が俯くアリアの顎を指で持ち上げた。
「お前はリスクが何もない勝負にすら勝てなかった。よく今まで偉そうな態度を取れたものだ」
冷たく――吐き捨てるように放たれた言葉。
あの雰囲気には身に覚えがある。
あれは、私が海斗に敗れて追い詰められた時と同じ雰囲気だ。
アリア親衛隊が海斗に文句を言おうとするけど、海斗はギロリと睨んでそれを止めた。
「何、を……」
負けたショックに打ちひしがれているアリアの声には覇気がない。
珍しくも相当落ち込んでいる事がわかった。
そんなアリアを今、海斗は更に追い詰めようとしている。
「雲母とのテスト勝負で思った成果を得られなかったお前は、勝ちにこだわりプライドを捨ててまでクラスメイトたちに取り入ろうとした。それだけじゃない。お付きの少女を使って契約書に細工をし、平然と物でクラスメイトたちを釣る汚い真似までをしても負けた。お前は結局、その程度の女でしかなかったんだよ」
「…………」
「他人を陥れる事しか考えようとしない。親の力を使って、姉の力に縋って――お前は他者を蹴落とすか、他人の力でしか這い上がれないような屑なんだよ」
海斗に酷い事を言われているアリアは凄い形相で海斗の事を睨み始めた。
こんな事を言われればアリアが怒るのも当然。
アリアじゃなくても怒るような事だよ。
「――海斗、言いすぎ……」
私は思わずそう呟いてしまう。
それだけ今の海斗は酷かった。
そしてらしくないとも思う。
海斗はいたずらに相手を傷つける事はしないはずなのに……。
「わざと、だよ……」
やはりこの子は私の疑問にすぐ気が付く。
だけどちょうどいい。
アリスなら全て知っているだろうから。
「海斗の狙いはなんなの?」
「狙いは……二つ……。一つは……アリアを怒らせる事……」
「でしょうね、それは見て取れる。でも怒らせるだけならこんな言い方をしなくても……。これじゃあ、海斗が悪役に見えちゃうよ」
「それが……二つ目の狙い……」
「海斗が自分から嫌われるように仕向けてる? なんでそんな事をする必要があるの……?」
「君なら……もうわかるでしょ……? カイの……考え方が……」
「まさか……」
海斗がこんな事をする理由が思い浮かんでしまい、思わずアリスのほうを振り向いてしまう。
私の視界に入ったアリスの表情は、珍しくも困ったような笑顔になっていた。
「ほんと、カイは仕方がない子だよね。でも、だから愛おしい」
そんなアリスの呟きが耳に入ったのは、きっと私だけなのだろう――。