第210話「最後の詰め」
「――みんな、貴重な放課後を借りてごめん」
ついに来た決着の日――ホームルームが終わった後、俺はクラスメイトたちに教室に残ってもらっていた。
皆部活や塾、バイトなど用事があるにもかかわらず全員出席してくれている。
心の中ではきっと文句を言ってるのだろうが、協力的な姿勢を見せてくれるだけで今は有難い。
こんな小学生みたいな事をしていて申し訳ないけど、ちゃんとお詫びは用意してる。
全てが終わったあと、皆には飲み食いが好きなだけ出来るパーティに招待する予定だ。
……まぁ会場などの手配は全てアリスさんがしてくれたのだが、ちゃんと俺も食事代は出している。
アリスさんはそれさえも渋ったけど、なんとか押し切らせてもらった。
なんでもかんでもアリスさんに負担させるのはさすがに心苦しいからな。
部活の顧問の先生などには如月先生と青木先生が話をつけてくれている。
反感を買ったりもしたらしいし、二人にも今回ばかりは頭が上がらない。
その事を教えてくれた如月先生が、『いつも意地悪な教頭先生が怯えててスカッとしちゃった』と言っていたのだが……多分気にしたら駄目な奴だ。
大方青木先生が何かしたのだろうが、一般生徒の俺にはわからない。
どんな手段を用いたのかは気にしないで、この場を設けてくれた事だけに感謝をしておこう。
「もう既にみんなが知ってるように、今日はアリアの事をみんなが認めているかどうかを教えてほしい。この紙に書いてある認めるか認めないかのどちらかに丸をつけ、書き終わったものはこの箱に入れて投票をしてくれ」
俺は予め用意しておいた投票用紙と、生徒会から借りた投票箱をみんなに見せる。
この投票箱を用意してくれたのは如月先生だ。
何やら堅物の生徒会長が渋った態度を見せたらしいが、咲姫の口添えであさっり手のひら返しをしたとか。
どうやら生徒会では会長よりも咲姫のほうが発言力があるらしい。
なんだか生徒会長が咲姫にデレデレだったという情報は気になるが、まぁ今は置いておこう。
それよりもここをうまく乗り切れるか――だが……。
俺はアリアへと視線を向ける。
するとアリアは自信満々の表情で俺を見つめていた。
目が合えばわざとらしくニコッと微笑む始末。
双子だけあって微笑む表情はアリスさんと瓜二つなのだが、アリスさんとは違ってアリアの笑顔はなんだかムカつく。
まるで『これであなたも終わりね』と言ってるかのように思えたからだろう。
今のあいつは俺をどうこき使おうか楽しく頭を悩ませているんだろうな。
ほんと、自信過剰な奴は凄いよ。
廊下に視線を向ければゾロゾロと立っている観客が視界に入る。
傍から見たら馬鹿らしい事のはずなのに、この催しは意外と注目を集めているようだ。
最前列には咲姫や桜ちゃん、それにアリア親衛隊までいる。
今にも飛び掛かってきそうなカミラちゃんが気になるが、きっちりと青木先生が拘束している事から邪魔には入ってこないだろう。
アリア親衛隊も邪魔をするつもりはないらしい。
様子から察するに、主の絶対的勝利を確信しているようだ。
まぁ彼女たちにとってアリアが負ける未来など想像もつかないのだろう。
「さて、それじゃあそろそろ――」
「――ちょっと待って」
俺が投票用紙を配り始めようとすると、アリアが立ち上がって俺を制止した。
そして音を立てない優雅な足取りで俺のほうへと歩いてくる。
「投票を始める前に私からみんなに言っておきたい事があるのだけど、いいかしら?」
「どうせ断っても勝手に喋り始めるだろ?」
「ふふ、私がそんな事をするかしら?」
こいつはどの口が言ってるのだろう。
どう考えても俺の制止を聞くはずがないし、好き勝手に話し始めるのがオチだ。
わざわざとぼけて上品ぶるなんて白々しいにもほどがある。
「はぁ……好きに話せばいい。こんなギリギリで話したところで投票に然程影響はしない」
「さて、本当にそうかしら?」
俺を見つめるアリアの目がギラりと光る。
まるで今から獲物を狩る獣のような目だ。
その目は俺に『判断ミスをしたわね』と言いかけてきている気がする。
俺は取り合う事をせず、アリアに教壇を譲って教室の隅に行く。
近付いた事が嬉しかったのか咲姫が笑顔で手を振ってきたが、悪いけど取り合ってるわけにはいかない。
多分数分後には軽い騒ぎが起きるだろうからな。
「私がみんなに話したい事――それは、西条雲母があなたたちに隠してる秘密よ」
ザワザワと教室や廊下がざわめき始める。
この学校で注目株になっている少女の秘密と聞けば、他の生徒たちが気にするのも当たり前だ。
アリアはこれから雲母側につく最後のカードたちを自分の懐に入れようとしている。
その事に気付いてるのは俺とアリスさん、それに当事者の雲母と事情を知る青木先生、後はアリア親衛隊くらいか。
――結局、お前はその手段を使うんだな。
俺は嬉々として口を開こうとするアリアを横目に、諦めた表情を浮かべているアリスさんを見つめるのだった。