第205話「自由にしていい」
「――むぅ……」
外がすっかり暗くなった頃、私桃井咲姫は自分の部屋で頬を膨らませていた。
理由は簡単。
海君がまた構ってくれなくなったからなの。
最近夜遅くまで平等院さんのお家に遊びに行ってるし、帰ってきたらお風呂に入ってすぐに寝てしまう。
体がフラフラしてて顔も苦痛に歪んでるからとてもしんどいんだと思うけど、いったい何をしているんだろう。
桜は何か知っているようだけど、私には話してくれない。
海君に聞いても誤魔化されてしまう。
正直仲間外れにされている事が納得いかなかった。
何より構ってもらえない事が凄く納得いかない。
海君が構ってくれないと凄く寂しいだもん。
エロゲーを一緒にしよって誘っても一人でやってって返されるし……。
確かに一人やっても楽しいものだけど、海君とやるからこそ凄く幸せな気分で出来るのに。
海君はそこのところをわかってくれてないんだよ。
いつになったら私の気持ちに気付いてくれるの。
最近更に甘えるようにしてるのに全然気付いてくれないよ、あの人。
いったいどこまで鈍感キャラでいるつもりなのだろう。
鈍感キャラが許されるのは漫画などのラブコメの中だけで、実際には許されないんだよ?
女の子の気持ちを蔑ろにしてたらとても怖いんだからね?
海君はそこのところを知っとかないといけない。
そうじゃないと、本当に酷い目に遭うんだからね?
というか、遭わせるよ?
……うぅん、さすがにそんな酷い事はしないけど、いい加減私の気持ちには気付いてほしい。
自分から気持ちを伝えればいいじゃんって思われるかもしれないけど、私が告白しようとするとなぜか邪魔が入るの。
ほんとわざとかってくらい邪魔が入って告白は出来てないんだよ。
だから私は一旦告白をする事は置いといて、海君に私の気持ちを悟ってもらおうと思ったの。
なのに――全然気付いてくれない!
酷いよ!
いつまで私の心を弄ぶつもりなの!?
最近海君に全然構ってもらえなくなった私は、一人寂しく部屋でやさぐれる。
ふと、机の上に飾っているイラストが目に入った。
私と海君をモデルにしているもので、将来こんな仲になりたいと思って描いたものだ。
この絵、結局タイミングが合わなくて海君に見てもらえてないんだよね……。
我ながらとても上手に出来たと思うから見てほしいのに……。
――あっ、そうだ……!
海君にどうにかイラストを見てもらえないか頭を悩ませていると、突然天から降ってくるかのように名案を思い付いた。
本当は直接見てもらって褒めて欲しかったけど、見てもらえないのなら仕方ない。
それならば、海君に見てもらえばいいんだ。
『見て見て、私と義弟をモデルに描いたんだよ(*´▽`*) 結構上手に描けたでしょ?( *´艸`)』
私は花姫として海君にメッセージを送る。
海君は海君なため、こうすればちゃんと見てもらえるんだ。
それに海君は素直じゃないところがあるから、海君に見せたほうがいいところもあるの。
海君だったら花姫に凄く優しい対応をしてくれるし、ちゃんと褒めてもくれるから。
いつか花姫の正体をバラせる時が来た時、こういう積み重ねをしておけばきっと海君の印象はよくなる。
後は返信を待つだけだけど……絶対にすぐには返ってこないんだよね。
海君忙しそうだからなぁ……。
待っててもモヤモヤするだけだし、ラノベでも読もっと――。
海君が待ち遠しくてたまらない私は、気分転換をするために海君のお部屋に行く事にした。
前に彼の部屋の物は好きに使っていいという約束をしたから、自由にお部屋にも入れるようになったの。
もちろん海君のお部屋に行く目的としてはラノベや漫画を借りるためだよ。
……時々、漫画などでお約束のベッドの下などを漁ってみるけど、さすがに私がよくお部屋を訪れるからか何も隠されてはいなかった。
まぁそういう系でいうとエロゲーの隠し場所は全てバッチリと押さえているんだけど、エロゲーに関しては既に開き直られている部分がある。
一緒にエロゲーをプレイしてるんだから諦めるのも当然かもしれないけど、なんだかそれはそれでちょっと面白くない。
隠してるものを見つけて真っ赤になる海君を見てみたいの。
……初めてエロゲーを見つけた時は凄く怒らせてしまったけど、あれは私が追い打ちをかけるように馬鹿にしたのが原因だと思う。
だから普通に見つけただけなら怒らずに焦ってくれると思うの。
――まぁそれはそれとして、本当の事を言うと海君がそういった系のものを隠す場所には心当たりがある。
それは彼のパソコンの中だ。
海君は見つかったら困る系のものは、実物で管理するのではなくデータで管理する人なの。
だから絶対にパソコンの中に隠してるんだと思う。
でも、そのフォルダは私には探せない。
彼が私に教えてくれているアカウントとは別のアカウントでそういったものは管理していて、権限の問題でフォルダすら表示されないの。
それに多分、彼のアカウントIDとパスワードを使ってログインしても、いろんなロックを掛けてそうな気がする。
一度私に暴かれて以来とても敏感になってる節があるからね。
そもそも、勝手に人のアカウントにログインするのは駄目な事だからしないけど。
私は海君と違ってちゃんといい子なんだよ?
学園では凄い優等生として知られているくらいだもん。
とりあえずする事もない私は海君の本棚を眺めながらどれを読もうか悩み始める。
少し前までは海君がオススメとしている本を私もほとんど持っていたけど、最近では海君が買ったものを借りるようになったため読んでない本がたくさんあった。
私が読んでないどころか、ビニールカバーが付いている事から海君も読んでないんだけど、あの人はなんで読んでないのに次から次へと本を買って積み本にしてるのだろう。
お金をたくさん持ってるのは知ってるけど、少し無駄遣いな気がした。
でも、海君が読んでない新品の本も読んでいいって言われてるんだよね。
買った人よりも先に読むのは悪い気がするけど、海君は全然気にしないって言ってたからお言葉に甘えるようにしてるの。
だって、海君が読むのを待ってるといつになっても私が読めない事に気が付いたから。
最近だとラノベの話もあまり出来なくなっててやっぱり寂しい。
海君が読めてないのだから話が出来ないのは当然なのだけど、昔は毎日のようにしてた事だから余計になんだよね。
あの時は花姫としてやりとりをしてたけど、私と海君がやりとりしていた事には変わりない。
早く海君とまたラノベの感想の言い合いをしたいなぁ……。
私はまだ読んでない本を一冊手に取ると、少し沈んだ気分でお部屋を出ようとする。
――しかし、その時に気付いた。
いや、気付いてしまった。
海君は、俺の部屋にあるものならなんでも使っていいと私に言ってくれたの。
そう、海君の部屋にあるものならなんでも使っていい。
つまり、彼が普段睡眠をとるために使っているベッドですら、好きに使っていいという事になるの。
「……っ!」
私は一応廊下に顔を出して、誰も来ない事を確認する。
とはいっても桜は滅多に二階に上がってこないし、海君は夜遅くまで帰ってこないから心配はいらないんだけど……一応ね。
こういう時に邪魔が入るのがお決まりって奴だから。
誰も来る気配がない事を確認すると、私は高鳴る胸を手で抑えながらゆっくりと海君のベッドに忍び込む。
やはり彼が普段寝ているだけあって、ベッドの中には海君の匂いが充満していた。
私は以前に海君のベッドに寝かせてもらって以来、この匂いが癖になってしまっている。
でもあれ以来この匂いを堪能する機会はなく、ずっと我慢をしていたの。
だってベッドに入らせてほしいって言ったら海君に引かれるかもしれないと思ったから。
今日は万が一海君に見つかったとしても――
ラノベを楽な姿勢で読みたかった。
一々お部屋を行ったり来たりするのはめんどくさい。
――といった大義名分がある。
……ずぼらな女の子と思われるリスクはあるけど、事実を知られて変態と思われるよりはましなの。
ちなみにすぐにベッドから出るという選択肢はない。
だって――今しか、この匂いを堪能出来ないんだもん……。
私はラノベを読む事も忘れて、彼の匂いが染みついたベッドに夢中になるのだった。