第203話「ドM疑惑」
「――えへへ、やっぱり最初にやるルートは黒髪ロングのヒロインだよね」
嬉しそうに俺の顔を見上げるのは、先程まで頬を膨らませて拗ねていた咲姫だ。
何処から情報を仕入れたのかはわからないが、俺が雲母に膝枕をしたという事を知っており、家に帰った時の咲姫は学園の時よりも更に不機嫌となっていた。
そんな咲姫が今ご機嫌なのは、二つの理由があるからだろう。
一つは、俺たちが大好きな柑橘系ブランドの新作エロゲーで、最初に黒髪ロングのヒロインのルートを選んだ事。
もう一つは――この、体勢にあるのだろう……。
俺は目の前に座る咲姫へと視線を向ける。
彼女は俺の股の間に座りながら、今もなお嬉しそうにこっちを見上げている。
それどころか、俺の胸に自分の背中を預けて時折甘えるように頭を俺の首へと擦り付けてきていた。
頬はほんのり赤く染まっており、この体勢に照れている事がよくわかる。
……おかしいなぁ……。
もうこの体勢はあの時限りでやめようと話していたはずなのに……。
俺は、以前に咲姫の誕生日を忘れて喧嘩になった時の事を思い出す。
あの時は花姫ちゃんのおかげで咲姫と仲直り出来たのだが、密着した状態でエロゲーをするのは凄く心臓に悪かった。
美少女が腕の中にいて、しかもお風呂上がりでとても色っぽかったんだ。
その状態でエロゲーのエッチシーンなんて入った時には生殺し状態だった。
……そして、今はまるで前の時のデジャブかのようにお風呂上がりの咲姫がベッタリとくっついてきている。
一つ違うのは、俺が咲姫の事を好きになってしまっており、彼女の気持ちも知ってしまっている事だ。
今までもエロゲーを一緒にしてきたが、体はくっついてなかったためなんとか我慢出来た。
だけど――こんな、咲姫の体を覆うような体勢になっているともう我慢が出来る気がしない。
今だって思いっきり後ろから抱き締めたいほどだ。
正直生殺し状態どころではない。
……ただ、やはり凄く幸せでもあった。
甘えてくる咲姫がとてもかわいい事は言わずもがな、好きな人と同意の上でくっついていられるのはめちゃくちゃ嬉しい。
日に日にキツさが増すマリアさんのトレーニングで疲れた心が、咲姫のおかげでかなり癒されていた。
ボロボロな体を直すには休めるしかないのだが、心さえちゃんとしていればある程度は頑張れるため、今はこの時間を大切にしたい。
……抱き締めたら、怒るだろうか……?
咲姫だから怒らない気もするけど――。
「――海君?」
「――っ!?」
ほぼ無意識に咲姫のお腹に腕を回していると、咲姫が不思議そうに声を掛けてきた。
俺は慌てて我に返り、サッと手を引っ込める。
「どうしたの? 早く続きをやろうよ」
どうやら俺がクリックをしなくなったせいで、画面が一向に進まないため声をかけてきたようだ。
危ない……声を掛けられなかったら、そのまま抱き締めるところだった……。
咲姫は自分から体をくっつけてきているから、抱き締めても嫌がったり怒ったりはしないと思うけど、付き合ってもいないのに抱き締めるのはさすがにまずい。
それにまだずっと迷い続けているのに、答えを出せないまま一線を越えるのは駄目だ。
「ごめん、それじゃあ進めていこうか」
「うん! ……それにしても、本当に海君は黒髪ロングキャラが好きだよね~」
エロゲーで個別ルートに入る時、最初はいつも黒髪ロングキャラを選んでいるせいで咲姫がからかうように言ってきた。
しかしその顔は、ニマニマと嬉しそうな笑顔を浮かべているため、本人としては嬉しいのだろう。
俺が黒髪ロングキャラを最初に選ぶ理由は好みというのもあるけど、最初に選ばないと咲姫が拗ねるからという理由のほうが大きい。
だけど、咲姫の言う事をわざわざ否定するつもりはないんだ。
今の咲姫を見てわかるように、俺が黒髪ロングのヒロインを最初に選ぶ事で咲姫はとても嬉しそうにする。
折角一緒にやっているのだから相手が喜んでくれたほうがいいし、咲姫のかわいい笑顔を見られるのだから役得でもある。
それなのにわざわざ否定をして不機嫌にする必要もないだろう。
「それに、やっぱりドMなのかな? このヒロインもSみたいだし、凄く白い目を向けてくるもん」
「……ちょっと待て」
さすがにそれは聞き逃せない。
誰がドMだ、誰が……!
「あのさ、勝手に変な性癖を人に押し付けないでくれるか?」
「だって主人公に冷たくする子ばかり推してるじゃん」
なんという濡れ衣だ。
確かに思い当たる節がないわけではないけど、それは黒髪ロングヒロインを優先している部分も関係しているのに。
「違うからな? 黒髪ロングヒロインがたまたまS枠になってるだけであって――」
「無理しなくてもいいよ? 海君が望むならいつでも蔑んであげるから!」
「誰が望むか!」
ニコニコ笑顔でとんでもない事を言う咲姫に俺は頭を抱える。
確かに元々冷酷女だった咲姫なら容易く蔑む事が出来るだろう。
あの頃の咲姫に白い目を向けてもらう事を生きがいとする奴等もいたわけだし、需要がないとは言わない。
だけど――決して、俺はそんな性癖を持ち合わせてはいない。
白い目や蔑む目は二次元のキャラがするからいいのであって、リアルでされようものなら胃が痛くなるだけだ。
「むぅ……そこまで全力で否定しなくてもいいのに……」
いや、するだろ。
頬を膨らませて拗ねたって駄目だ。
「今はまだいいけど、学園では絶対にそんな変な事を言わないでくれよ? 一瞬で学園中に知れ渡る可能性だってあるんだから」
「今や時の人だもんね、海君。ハーレム王とか言われて」
「……一応言っとくけど、咲姫にも一端はあるんだからな……? まさかリアルでそんなあだ名を付けられるとは思わなかったよ……。彼女すらいないっていうのに……」
「…………私がなってあげるのに……」
「…………」
咲姫が小さく呟いた言葉を、俺は意図的に聞こえないふりをした。
今更彼女の言葉に驚いたりはしない。
ここまで体をくっつけて甘えてきているにもかかわらず気付かない奴がいれば、もうそれは鈍感というレベルではない。
それに、元々確信は持っていたしな。
ただ……今はやるべき事がたくさんある。
全てが終わってから、咲姫との事を考えたかった。
俺は咲姫の呟きに何も答えずに、マウスをクリックしてエロゲーを進めるのだった。
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