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第13話「オタクは大切な物を傷つけられれば、豹変する」

「――へぇ、可愛い下着だね~」

 そう言って、西条さん達が私の下着姿を撮り始めた。


 私はただ、言われるがままにポーズを取り続ける。

 もう抵抗なんて出来なかった……。


「桃井ちゃ~ん、これな~んだ?」

「え……?」

 西条さんは、私に何かを見せつけてきた。


「ハサミ……?」

「せいか~い。さぁて、これは一体何に使うでしょうか~?」

 彼女はそう言って、私にニコッと笑いかけてくる。


「ま……まさか……」

 私は慌てて、自分の胸を手で覆った。


「お~流石優等生! 察しがいいね~」

 彼女はニヤニヤして、私を見てくる。


 あ、悪魔……。

 この女、悪魔でしかない……。


「まぁその前に、良い事を教えてあげるよ。明日は桃井ちゃんの為に、パーティーを開こうと思うんだ~」

「パー……ティー……?」

「そうだよ~。明日は男子達も呼んで、楽しい楽しいパーティーを開こっか」

「わ~、とうとうやるんだね、雲母きららちゃん!」

「やっと、桃井が壊される姿が見られるんだ~」

 そう言って、彼女達は楽しそうに笑い話を始めた。


 ひどい……ひどいよ……。

 なんで……なんで、私がこんな目に合わないといけないの……?


「でも、雲母ちゃん。この様子なら、こんな回りくどい事せずに、さっさとやっちゃって良かったんじゃないの?」

「う~ん……まぁ正直言うと、私の計算違いって言うか、読み間違いがあったんだけど……まぁ、慎重に越したことはないからね~。それに、桃井ちゃんを追い込んでいくのも楽しかったしね~」

「あはは、そうだね。あのいつも澄ました顔をしてた桃井が、こんな風になるだなんて――本当雲母ちゃんは凄いよ~」

「ふふ、明日にはもっと面白い物が見られるよ~」

 そう言いながら、西条さんは私の頭を撫でてきた。


「明日は桃井ちゃんが壊れていく姿、しっかりと動画に収めてあげるからね?」

「いや……それだけは……絶対に嫌……」

「ふふ、そう言うよね~? でもね――逆らえば、桃井ちゃんの妹を桃井ちゃんと同じ目に遭わせるから」

 彼女は声を低くして、私に冷たい眼を向けてきた。

「お姉ちゃんがこんな目に遭ってるって知ったら、妹ちゃんはどう思うかな~? 『言う事を聞いてくれれば、お姉ちゃんを助けてあげる』って言ったら、あの子はどうするだろうね~?」

「そ、そんな……」

 だめ……そんな事されたら、あの子はきっと言う事を聞いてしまう……。


「お願いです……桜には手を出さないで下さい……」

「だったら、どうすればいいかわかるよね?」

「は……ぃ……」


 私は全身に力が入らなくなってしまい、地面に倒れこむようにうつぶせになった。


 …………もう……無理……。


「――うぅ……ぐすっ……」

 もう……私は涙を抑える事が出来なかった……。


「あ~あ、とうとう泣いちゃった~。今まで頑張って涙だけは流さなかったのにね~。そんなに嫌なのかな~?」

「いや……です……。お願いです……もう、許して下さい……」

「あはは、だ~め。大丈夫大丈夫、痛いのは最初だけで、後は気持ち良いらしいから~。まぁ、私は経験ないから知らないんだけどね~」

「えぇ~、雲母ちゃん経験無いの? もう、とっくにしてるものかと思ってたよ~」

 

 彼女達は私のお願いなんて無視して、別の話で盛り上がり始めた。

「してないよ~? だって、周りにカッコイイ男がいないんだもん」

「それなら南くんは? 彼凄くイケメンだよ?」

「あ~だめだめ。私が求めているカッコイイってのは、顔じゃないの。なんていうか、怖いとさえ思わせるような、そんな性格をした男が良いのよ。まぁ、顔がカッコイイ事は絶対条件だけどね~」

「雲母ちゃんの理想の男性って、そうそういなさそ~」

「そうなんだよね~。……まぁ話はこの辺で、最後の仕上げに入ろっか」

 そう言って、西条さんは私の方に振り返り、歩み寄ってきた。

 その右手にはハサミをもって――。


「こ、こないで!」

 私は本気で身の危険を感じ、咄嗟にそう叫んだ。


「お~、まだそんなこと言える元気があったんだ? ふふ、そんなに怖らなくても大丈夫だよ~? 最後に一枚裸の写真を撮ったら、今日はおしまいにしてあげるからさ~」

「いや! 絶対嫌なの!」

「みゆ、葵、抑えといて~」

「「は~い」」


 西条さんの言葉に従って、取り巻きの二人が私の右手と左手を抑えてきた。


「は、離して!」

「あはは、そんなに暴れると、ハサミで肌をきられちゃうよ~?」

「やめて! こないで!」

 私は懇願する様に、一生懸命叫ぶ。


 だけど、私の叫びなど気にも留めず、西条さんはニコニコしながら近寄ってくる。

 その歩き方は、ひどくゆっくりだった。

 私の恐怖をあおる様に、わざとゆっくり近づいてきていた。


 お願い……誰か……誰か助けて……。

 私がそう強く願った時――

 

 バン――!


 その音と共に、体育倉庫のドアが開いた。

 私は反射的にドアの方を見る。


 ――なんで……なんで彼が……ここに……?





 ――俺が体育倉庫のドアを開けると、下着姿で”西条”の取り巻き二人に抑えられている桃井と、ハサミを片手に持った西条の姿が目に入った。


「神崎……? あんた、ここ最近学校休んでたんじゃないの?」

 西村が怪訝な表情で、俺に問いかけてきた。


 西村の言う通り、俺はここ数日学校に行っていなかった。

 そんな俺が、今ここに制服姿で居る事を疑問に思っているのだろう。


 だが、俺がそれに答える義理は無い。


 俺は今、はらわたが煮えくり返るほど、怒りが込み上げてきていた。

 そんな俺の感情を知ってか知らずか、西条達は俺から視線を逸らさない。


 やがて――

「あはっ、良い事考えた~」

 俺の方を見ていた西条が、そう言ってニヤニヤしながら、俺の方に歩み寄ってきた。


「ねぇ、神崎。あんたどうせ童貞でしょ? 今なら学校一のモテ女とやらせてあげるわよ?」

 そう言って、桃井の方を指さした。

 俺は西条の方を一瞥いちべつし、溜息を吐く。

 そして、桃井の方を見た。


 すると、西条の取り巻きの二人は桃井を拘束から解放した。


「ほら神崎、早く行きなよ」

 そう言って、西条は俺の背中を押してきた。


 俺はその言葉に従い、ポロシャツを脱ぎながら、桃井に歩み寄る。


「ひっ――」

 桃井は、俺の事を怯えた表情で見ていた。

 この状況で彼女が怯えるのも、無理はない。

 傍から見れば、今から俺は桃井を犯そうとしている様に見えているだろう。

 背中からは、西条達の笑い声が聞こえてきていた。


 ――だが、俺は別にあいつらの言う事を聞く気はなかった。

「桃井――」

 俺が名前を呼ぶと、桃井はギュッと目を瞑った。

 まるで、何かに耐える様な態度だ。


 俺はそんな桃井に――

「これを着ていろ」

 自分の脱いだポロシャツを、桃井の肩からかけてやった。


「え……?」

 桃井は驚いた表情で、俺の方を見てくる。

「悪いが……今はこれしかない。それと、桃井の髪留めを貸してくれるか?」

 俺は桃井に合わせてしゃがみ込み、そうお願いした。


「あ……はい……」

 桃井は俺の言葉に素直に従い、自分の髪から髪留めを外して、俺に渡してくれた。

 俺はそれで、自分の邪魔な前髪を留める。


 うん――これで良く見える。 


 俺は一度、桃井の顔を見た。

 桃井は下着姿を俺に見られている恥ずかしさからか、顔を赤く染めていた。

 そしてその目には、涙がたまっている。

 何をされてたのかを見ていなくても、彼女が酷い目にあわされていたのは簡単に想像がつく。


「――どういうつもり、神崎?」


 俺の後ろから、西条が低い声色で話しかけてきた。

 自分の想像とは違う行動を俺がとったからだろう。


 俺は立ち上がって、西条達の方を見る。

 俺の顔を見た西条達は、なんだか驚いた表情をしていた。


「へぇ……あんたそんな顔だったんだ? ちょっと――いや、凄く意外ね。でも、見てくれが変わっただけで、中身はあのボッチ君でしょ?」

 そう言って、西条は俺を馬鹿にした表情で見てくる。

 俺一人なら、どうにでもなると思っているのだろう。

 俺はそんな西条の目を見て、話しかける。

「おい西条。お前、これが犯罪だってわかってやっているのか?」

 俺の言葉に、西条は口元を歪めて笑う。


「犯罪~? 何言ってるの? これは同意の上でしている事だよ? ねぇ、桃井ちゃん?」

 そう言って、西条は桃井の方を見た。


 桃井の顔を見ると、恐怖の色が浮かび上がっている。

 西条に話を振られた桃井は、俺達から目を逸らし、ゆっくりと口を開く。

「神崎君……。私達は遊んでただけだから……気にしないで……」

 桃井は震えた声で、そう答えた。

 もう完全に心を折られている様だ。


 俺は桃井から目を逸らし、西条の方を見る。

「理解できたかな~? 桃井ちゃんは私に逆らえないの。逆らえば自分の恥ずかしい写真がバラまかれるからね~。だから、私の事を訴える事も出来ない」

 西条はそう言って、楽しそうに口元を歪めている。


 逆に桃井は、うなだれる様に俯いてしまった。

 俺はそんな桃井の頭を、ポンポンっと優しく叩く。


 俺に頭を叩かれた桃井は、涙目で俺の方を見上げた。

 その表情からは、完全に諦めている事が伺える。 

 だから俺は――

「大丈夫だ――俺に任せろ」

 ――と、優しく笑いかけた。





「――ふざけてるの?」

 先程の俺の言葉を聞いた西条が、こちらを睨んでくる。


「何がだ?」

 俺は西条に対して、首を傾げた。


 俺の態度に腹が立ったのだろう――西条は一瞬しかめっ面をして、すぐに口を開く。

「この状況がなんとかなると思ってるわけ? 言っとくけどあんたが何かすれば、私はそいつの写真をバラまくからね」

 そう言って、西条がスマホをチラつかせる。


 俺はそんな西条から視線を外し、腕時計を見た。

 現在の時刻は17時59分50秒。


 俺は時間を確認した後、西条達に見せつける様にして右手を握りしめ、カウントダウンを開始する。

「10……9……8……」


「は? 急に何?」

 西条達が俺の方をいぶかし気に見ていたが、俺はカウントダウンを止めない。


「3……2……1……ボン――」

 俺は『ボン――』っという言葉と共に、握りしめていた右手を開いた。


「あはは、恐怖から頭がどうかしちゃった?」

 そんな俺の事を、西条達は嘲笑あざわらう。


 だから俺は、西条達に笑顔で話しかける。

「なぁお前ら、自分のスマホの画像ファイルを見てみろよ」


「――は?」

「お前の言う桃井の写真とやらは、本当にあるのか?」

 俺の言葉に、西条達はすぐに自分のスマホを見る。


 そして――

「「「はぁあああああああああああ!?」」」

 ――と、西条達の叫び声が、体育倉庫に響き渡る。


「あんた何をしたの!?」

 西条が俺の事を凄い表情で睨んできた。

 先程までの余裕が、西条から消えている。


 俺はそんな西条の言葉に、わざとらしく肩を竦める。

「さぁ、何の事だ? 俺は何もしていないが?」


「ちっ――とぼけないで! さっき撮った桃井の写真や動画どころか、私のスマホに入ってた画像や動画が全て消えてる! あんたが何かしたとしか、考えらえれないじゃない!」


 俺は西条の質問に答えるのではなく、隣に居る西村を見る。

「なぁ西村、あのアプリは気に入ってくれたか?」

 俺の言葉に、西村が怪訝そうに首を傾げる。


「一体何のこと?」

「スマホの動作を速くするアプリの事だよ。お前、スマホの動作が遅いって困ってただろ?」


 俺がそう告げると、西村の顔がみるみるうちに青くなる。

 俺が言いたい事がわかったのだろう。


 ――俺は、前にスマホの動作が遅いから困っていると文句を言っていた西村に、動作が速くなるというのを餌にして、このアプリをインストールする様仕向けた。

 彼女は物事を考えて行動しないタイプで、自分が気に入った物を周りに広めるという性格をしている。 

 だから、俺は彼女を標的にした。

 

「葵、あんたあのアプリ、何処から手に入れたの!?」

 西条が凄い剣幕で、西村に詰め寄る。


 西村は申し訳なさそうに、目を背けて口を開いた。

「あの……数日前にメールが来て、無料だから試しに使ってみれば良いって書いてあったから、使ってみたの……」


 西村の言葉に、西条とその隣に居た清水が目を見開く。

「あんた馬鹿じゃないの!? そんなもの普通無視するでしょ!」

「そうだよ葵! なんて事してくれたのよ!」

「だ、だって~! まさかそんな事になるだなんて、思わなかったんだもん!」

 西村は涙目で、怒っている西条達に答える。


「ま、まぁ……でも……バックアップは家のパソコンにとってあるから……」

 西条は、そう呟いた。

 西条の言葉に、西村と清水が安心した様な顔をする。

 西条の怒りが緩まったからだろうな。


 だが――

「一つ聞くが、お前ら、自分のパソコンにそのアプリを入れてないのか?」

 俺の言葉に、西条達の顔が引きつる。

 パソコンにアプリを入れた記憶があるのだろう。


 もちろん俺は、こいつらがパソコンにもアプリを入れて使っていた事を確認している。

「ま、まさか……パソコンの方も……?」

「まぁアプリを入れていたら、十中八九画像や動画は全て消えているだろうな。そのアプリの本来の目的は、お前らが使っていた様に、スマホやパソコンの動作を速くする事だった。その手段として、そのアプリはスマホやパソコン内にあるデータを、全て自動でアプリに取り込み、整理をする。そして俺は、そのアプリに取り込んだ画像や動画データを全て、今日の18時に削除するように設定した。もちろん、復元はできない様にもしている」

「ふざけないでよ! 彼氏との思い出の写真まで、消えたじゃない! 一体どうしてくれるのよ!」

 そう怒鳴ってきたのは、清水だった。


 俺は清水に冷たい眼を向ける。

「だから?」 

 俺の問いかけに清水は怯えた表情をしたが、何も言ってこない。


 だから俺は言葉を続ける。

「お前の彼氏との写真なんて、知った事じゃねぇよ。クズが偉そうに文句言ってんじゃねぇぞ」

 俺の言葉に、清水と西村は怯えた顔をしている。


 だが、西条は違った。

「あはは、なるほどなるほど。まさかあんたにそんな芸当が出来たとはね~」

 そう言って西条は、拍手しながら笑顔を向けてきた。


 先ほどの俺が清水に意識を向けた数秒の間に、冷静さを取り戻していたようだ。

 流石、ここまでの事が出来ただけはある。


「桃井ちゃんの写真を消されたのは残念だけど~……ねぇ、葵。そのアプリ私達以外にも配った?」

「う、ううん。まだ雲母ちゃんとみゆちゃんにしか渡してないよ……」

 西村の言葉に、西条はニヤリと笑う。


「ふふ、神崎。残念ながら桃井ちゃんの写真を持ってるのは、ここに居るメンバーだけじゃないの。桃井ちゃんに隠していただけで、既に私のグループの他のメンバーにも渡してあるわけ。だから、桃井ちゃんの恥ずかしい写真は残っているよ? ねぇ、どうする? あんたのいさみ足のせいで、桃井ちゃんはこれから恥ずかしい思いをして生きていくことになるよ? ね、二人とも?」


 そう言って、西条は西村と清水を見る。

 西条に視線を向けられた二人は、すぐさま頷いた。


 彼女達が頷いたのを確認すると、西条は俺の方をもう一度見てくる。

「このまま彼女の人生を終わらせてもいいけど、それはちょっとつまらないんだよね~。それに、神崎。あんたには画像とかを消してくれたお礼もしたいからさ~――あんたが私達に服従するなら、桃井ちゃんの写真をバラまくのはやめてあげるよ?」


 そう言って、西条はニコっとした。 

 だが、その目は笑っていない。

 有無を言わさない圧力をかけてきている眼だった。


 ――これは彼女なりの交渉術なのだろう。

 もし他の人間が同じ様な内容で交渉されていたのなら、条件を呑んでいたのかもしれない。


 だが、俺にそれは意味がなかった。

「悪いが、その条件を呑む気はない」

 俺は西条にそう答えた。 


 西条は目を細めて、俺の事を見る。

「ふ~ん……助けにきといて、桃井ちゃんの事を見捨てるんだ~?」

 俺は西条の問いかけに首を振る。

「見捨てる見捨てない以前に、その交渉には意味がない」

「何が言いたいのかな?」


「ハッタリ――だろ?」


 俺の言葉に、西条の眉がピクっと動いた。

 だが、すぐに笑顔を作る。

「何言ってるの? 言っておくけど、本当に他のメンバーに配ってるから。なんなら、ここに呼んで証明しようか?」

 西条はスマホを俺に掲げる。

 その態度は自信満々だった。


 なるほど……一見すれば、本当の事を言っているようにしか見えない。


 だが――

「あぁ、やってみろよ」

「え……?」

「どうした? 今すぐ呼んでくれるんだろ?」

 俺の言葉に、西条が固まった。


 まさか、そんな返答が来るとは思わなかったんだろう。

 西条がどれだけハッタリをかまそうが、今回の事を”全て知っている”俺には、一切意味がない。


「なぁ西条――何か勘違いしているみたいだが、俺があのアプリに仕込んでいたのは、画像や動画を消すだけのものじゃないぞ?」

「は……?」

 西条は俺が何を言っているのかわからない、といった顔をしている。


「お前らが使用しているチャットアプリのログを、全て取得させてもらった。ここ最近の内容は相手を問わず全てチェックしたから、お前らが他の人間に画像などを送っていないのも確認しているし、桃井を万引き犯に仕立てあげたという会話も残っているぞ?」

 俺の言葉に、西条の顔から笑顔が消えた。


 俺は清水の方を見る。

「なぁ清水、いくら彼氏が相手だからって、お前の頭の中には()()の事しかないのか?」

 俺の言葉に、清水の顔は真っ青になった。

 俺が言う行為と言うのが、何を意味するかわかったのだろう。


「それに西村、お前意外と腹黒いんだな。他の奴との会話内容の半分以上が、表向き仲良くしている女子の悪口だとは思わなかったぞ」

 西村も清水同様、顔色が変わる。

 そして二人とも、地面に崩れ落ちた。


 俺はそれを横目で見た後、西条の方に向きなおす。

「なぁ、西条。お前らの会話ログは全て俺の手にある。お前らが桃井に色々と命令してやらせていた会話も、しっかり残っている。もうお前らの負けだよ」

 俺がそう言うと、西条は鼻で笑った。


「会話ログが有るからって、どうしたって言うの? あんたが確認した通り、私達は桃井の画像をチャットアプリで送っていない。つまり、そのログにも残ってないわけ。ましてや、あんたが私達の持っていた画像も全て消してしまっている。なのに、どうやって私達が桃井にしてきた事を証明するわけ? 物的証拠は何一つない。会話ログだけなら親の力で、私達が面白可笑しく話をしていただけだっていう事にして、今回の事を揉み消す事が出来る。つまり、あんたが持っているその会話ログでは私達を追い込む事なんて出来ないわよ?」

 西条は俺の事を睨みつけながら、そう言ってきた。


 確かに西条の家の力なら、それくらい可能だろう。

 だから、俺はわざわざこの時を待ったのだからな。


 俺は、桃井がへたり込んでいる所に歩いて行く。

 桃井は俺の方を信じられないといった表情で見つめていたが、今はそれに取り合っている暇はない。


 俺は体育倉庫に隠しておいた()を拾い上げる。 

「お前の言う通り、物的証拠がなければお前らを追い込めないだろうな。だから、俺はそれが手に入るのを待ったよ」


 そう言って、隠しておいたスマホを見せつけた。

「ま、まさか……」

 西条の表情が、怯えと後悔の入り混じった物に変わる。


「そう、これには今日の会話が全て録音されている。お前達の楽しげな笑い声や、桃井の叫びがな。それと、この内容は家のパソコンにも通話を繋いで録音しているから、例えお前がこのスマホを奪っても無駄だ」

 俺がそう言うと、西条は泣きそうな顔で俺の事を睨んできた。


「ふ、ふざけるな! あんたみたいなボッチのオタクが、私の計画を邪魔するな!」 

 必死な表情で怒鳴る西条に、俺はゆっくりと近づく。


「く、くるな――!」

 西条はそう叫び、両手でハサミを俺に向けて構える。


 だが――俺は歩みを止めない。

 この女が俺を刺さないと、確信しているからだ。


 俺が進むのに合わせる様に、西条は後ろに下がっていく。

「あんた一体何なの!? 本当にあの神崎!? 全くの別人じゃない!?」


 西条の眼は、今の光景が信じられないとでも言いたけだ。

「何って、お前が言う様に俺はボッチのオタクだよ。でもな、知ってるか? オタクって生き物はな――普段は気弱かもしれないが、自分の大切な物を傷つけられると豹変ひょうへんするんだ。そして、お前は俺の大切な家族(もん)を傷つけた、ただそれだけだ」

 俺がそう言い終わると、ジリジリと後ろに下がっていた西条が、壁に当たった。

 俺は西条の逃げ場を無くすように、自分と壁で西条を挟み、右手を西条の顔の横についた。


 そして、ゴミでも見る様な眼で、西条の目を至近距離から見つめる。

「くっ――」

 俺の視線から逃れる様に、西条は俯いた。


 だから俺は空いている左手で、西条の顎を下からクイっと持ち上げ、俺の方に無理矢理向けさせる。

「は、離して!」

「お前、桃井のその言葉を無視したよな? なのに、俺が聞くと思うか?」

「うぅ……」


 俺はあえて低く、囁くように声を出す。

「なぁ西条――お前と桃井、人生が終わったのどっちだろうな?」

「ひっ――!」

 西条は怯えた様な声を漏らし、やがて眼から涙が流れ始めた。

 そして、その手からはハサミが落ちていく。


 ――それから数十秒間、西条は俺に抵抗してこずに、ただひたすら涙を流している。

 俺は少しだけそれを眺めた後、自分の中に渦巻く怒りの感情を外に逃がすように、大きく息を吐いた。


 そして――

「何もしないさ」

 と、優しい声で西条に笑いかけた。


「え……?」

 俺の言葉に、西条は驚いた表情で俺の顔を見てくる。


 まさか、この場面でそんな事を言われると思わなかったのだろう。

 正直言えば、このまま西条達を無茶苦茶にしてやりたいという気持ちはある。

 だが、それは結果的に桃井を傷つける事になる。

 だから俺は、ここで西条を追いつめるのではなく、救いの手を伸ばした。


「許してくれるって事……?」

 西条は涙目で俺を見ながら、そう聞いてきた。


「許す……か……。それは少し違うな。俺が言いたいのは、ここらで手打ちにしようと言う事だ。経緯はどうあれ、俺はお前達の大切な思い出も消してしまった。それはどうやったって、もう戻ってこない。人それぞれに個人差はあれど、思い出というのは誰にとってもかけがえの無い物だ。それが無くなったという事は、ショックが大きい物だろう。だから、もう桃井に手を出さないでくれるなら、それ以上俺はお前達に酷いことをするつもりはない」

「痛み分けって事……?」


「そうだ。あぁもちろん、桃井の妹に手を出しても俺はお前達を潰すぞ? だがそれをしないなら、今回の事を他言たごんする気はない」

 俺がそう言うと、西条はへたり込んでしまう。

 安心して力が抜けたのかもしれない。

 俺が嘘を言っていない事は、さっき笑顔を向けた事で、理解しているだろう。


 それに、俺がここを落としどころにしたい理由もこいつは理解しているだろうから、俺が告げ口をしないと信じるはずだ。


 俺は西条から眼を離し、桃井の方を見る。

 彼女は俺の事を、唖然あぜんとしたまま見ていた。

 俺はそんな彼女に歩み寄る。


「――桃井、これでもう大丈夫だよ」

 俺がそう言うと、桃井が俺に抱き着いてきた。

「も、桃井……?」

「ひっく……こわかった……こわかったよぉ……」

 桃井は俺の胸に顔を押し付け、そう漏らす。


 俺はそんな桃井に戸惑っていた。

 いくら追いつめられていたとはいえ、今の桃井は俺の知る桃井と別人に見える。


 どう声を掛けるか迷ったが―― 

「よく頑張ったな」

 ――と、優しく言った。


 俺がそう言うと、桃井は更にギュッと抱き着いてくるのだった――。


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