第197話「お兄ちゃん」
「――んっ……」
香苗さんがいなくなってからしばらくして、ゆっくりと咲姫が目を開けた。
寝起きだからか少しボーっとしているが、熱の苦しみは和らいでいそうだ。
「起きた?」
「あっ……海君……。なんで海君が私の部屋にいるの……?」
少し記憶が混乱しているのか、今朝の事は覚えていないみたいだ。
そうなると、今日テストを受けられなかった事に対してまた揉める事になる可能性がある。
そんな事になれば熱がぶり返してしまうため、話題を誘導してテストの話に至らないようにしよう。
「咲姫は熱が出ていたんだよ。しんどくはない?」
「うん……しんどくはないけど、少しふわふわする……」
「そっか、とりあえず安静にしていような。何かほしいものとかある?」
「うぅん、大丈夫……あっ、手……」
咲姫は俺の質問に答えると、俺と手を繋いでいる事に気が付いたようだ。
どうして手を繋いでいるのか覚えてないはずだから、怒るかと思ったが――
「えへへ」
――俺の懸念はよそに、とても嬉しそうに微笑んだ。
そしてニギニギと俺の手を握って遊び始める。
どうしよう、凄くかわいい。
咲姫みたいな美少女に手を繋いでいるだけでこんな笑顔をしてもらえたえら、男なんて簡単に落ちるだろう。
……本当、冷酷女は何処に行ったんだろうな。
出会った時がこの咲姫だったら、もっと早く仲良くなれただろうに。
「――ねぇ、お兄ちゃん」
「……え?」
咲姫との出会いを思い返していると、桜ちゃんがいないにもかかわらず『お兄ちゃん』と呼ばれた。
キョロキョロと部屋内を見回してみても、咲姫以外誰もいない。
というか、声が咲姫だったため、どう考えても咲姫が言ったのだが――この子、熱で頭がどうかしたのだろうか?
俺の事を『お兄ちゃん』と呼んだ咲姫に視線を戻すと、何やら期待をしたような目で俺の事を見つめている。
だが、いったい何を求められているのか全く分からない。
俺が困惑していると、咲姫の頬が段々と膨れあがっていく。
本当にどうしたんだ、いったい……。
「お兄ちゃん」
「あ、えっと……」
「お兄ちゃん!」
「は、はい!」
なんだかやけくそ気味に呼ばれたため、思わず姿勢を正してしまった。
すると頬を膨らませている咲姫はプイっとソッポを向いてしまう。
「思ってたのと違う……」
「急にどうしたんだ……?」
「別に……」
駄目だ、完全にへそを曲げている。
風邪を引いているのだから安静にしていてほしいのに……仕方ない。
「えっと、ごめんな。何かあったのか?」
俺はご機嫌取りのために、優しく咲姫の頭を撫でて聞いてみた。
こうすると咲姫の機嫌はすぐに直るため、心の中ではチョロ可愛いと思っている。
「海君が喜ぶと思ったもん……」
まだ若干拗ねモードではあるが、咲姫は俺のほうを向いてくれた。
「もしかして、『お兄ちゃん』と呼ばれる事がか?」
「うん……」
どうして咲姫は、こうたまに突飛な発想が出てくるんだ。
咲姫を見ていると、天才と馬鹿は紙一重という言葉が本当のように思えてくる。
とはいえ、確かに『お兄ちゃん』と呼ばれるのは嬉しい。
だけど、咲姫を妹に思うのは無理があるだろ。
……いや、最近はすぐ子供っぽくなるし、中身だけを見ればそうでもないか?
でも、やっぱり違和感が先に来る。
「俺を喜ばせようとしてくれるのは嬉しいけど、無理はしなくていいよ。咲姫は咲姫のままが一番なんだからさ」
とりあえずやめてもらったほうがいいため、俺は笑顔で咲姫に言った。
すると咲姫はなぜかまた顔を背けてしまった。
「……海君ってたまに凄く恥ずかしい事を平気で言ってくるから困るよ……。凄く、嬉しいんだけどさ……」
何かブツブツと呟いているが、上手く聞き取れない。
まぁ独り言は聞かないほうがいいだろう。
それよりも、熱がぶり返したら困るから寝ていてほしい。
「熱が引いてるのは薬が効いてるだけだから、ちゃんと寝ていような」
俺はそう言うと、咲姫の背中と肩に手を回してゆっくりと寝かせる。
なんだか子供の看病をしているような気がしてきた。
さて、ちょっと飲みものでも取って――。
「何処か、行っちゃうの……?」
飲みものを取りに行こうとすると、咲姫が手をギュッと握って放さない意思を示してきた。
目はウルウルと潤っており、凄く心細そうだ。
……まぁ、いっか。
「何処にも行かないよ」
咲姫の弱々しい表情に負けた俺は、飲みものを我慢する事に決めて再度座り直した。
その後は咲姫が中々寝ようとせず、彼女の要望で俺たちは自分たちの好きなラノベの話をするのだった。
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アリスさんを完全なメインヒロインに据えたスピンオフも書いておりますので、もしよければそちらも読んで頂けると嬉しいです!
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