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第195話「海斗君の人生だから」

「まだ海斗君たちが三、四歳くらいだった時かな? 二人がこ~んなに小さかった時の話なんだけど、海斗君と咲姫はね、病院で会っているんだよ」


 香苗さんは両手を使って当時の俺と咲姫の身長を表現しながら、昔の事について話し始めてくれた。


 病院……。

 俺は母さんを。

 咲姫は父さんを病気で亡くしている。

 もしかして、まだ母さんたちが生きていた時のお見舞いで会っているという事なのだろうか?


 しかし、俺の母さんが亡くなったのは俺が一歳の時だと聞いている。

 だから俺には母親の記憶がないんだ。


 そもそも俺と咲姫は――――いや、ちょっと待てよ……?


 ふと頭に過った考えに疑問を持ち、俺は顔をしかめる。

 どうして俺は今まで疑問を持たなかったのだろう。

 普通に考えるとおかしいじゃないか。


 今俺の頭にあるのは、咲姫との過去ではない。

 桜ちゃんとの過去だ。


 先程俺は、『そもそも俺と咲姫は地元が違うのだから』と思い浮かべようとした。

 なんせ俺は引っ越しをして今の家――埼玉へと来ている。

 

 それまでは、広島に住んでいたのだ。

 父さんは地元は岡山だが、広島にある国立大学の医学部を卒業しているため、そのまま広島で医者になったと聞いている。

 だから俺も昔は広島に住んでいた。


 それなのにどうしてここ、埼玉で出会ったはずの桜ちゃんと過去に出会っているんだ。

 普通に考えて広島と埼玉に住んでいる者同士が会う事なんてそうそうないだろう。


 それに、父さんと香苗さんは元々同じ病院で働いていたという事も変だ。

 こっちに来てから父さんが働いたのは、今自営業している病院のみ。

 つまり二人が一緒に働いていた事が成り立つとすれば、それより以前に父さんたちは一緒に働いていたという事になる。


「もしかして――香苗さんたちも、広島に住んでいたんですか……? それで、俺と咲姫は父さんたちが働いていた病院に預けられていた?」


 今ある情報のみを全て繋ぎ合わせて出た答えを、俺は香苗さんにぶつける。

 すると黙って俺の事を見つめていた香苗さんは驚いた表情をし、そしてその後ニコッと微笑んでくれた。


「凄いね、海斗君。まさかこんなにも早く答えに辿り着くなんて。そう、当時の咲姫はとても甘えん坊だってね、私から離れようとしなかったの。だから桜はおばあちゃんのお家に預けて、咲姫だけ私が働いている病院の子供預り所に預けていたの。そして海斗君は――」


 俺の事を話そうとした香苗さんは、話すのを途中でやめてしまった。

 口を開いては閉じを繰り返した後、困ったような表情を浮かべて俺の顔を見つめてくる。

 言ってはまずい事だと気が付いて話すのをやめたのだろう。

 だけど仕方がない事なのだから、余計な気遣いだ。


「大丈夫ですよ。母さんが亡くなっていたから俺の面倒を見る人がいなくて、父さんに連れられて咲姫と同じところに預けられていたんですね?」


 きっと咲姫の場合は父さんのほうも働いていたのだろう。

 共働きだから、面倒を見る人がいなかったのだ。

 でも、俺の場合はもうその時には母さんは亡くなっていたんだ。


「……そうだね。いつから仲良くなっていたのかはわからないけど、ある日から私が咲姫を迎えに行くと、いつも二人は仲良く手を繋いで遊んでいたの。大きな病院だったから子供も結構な人数預けられていたんだけど、いつも二人だけでいたね。だから気になった私は子供たちを見てくれてる人に聞いたの。『あの子は誰ですか?』って。そしたら俊哉さん――当時は神崎先生だけど、神崎先生の息子さんって教えてもらったから、海斗君の事を覚えていたの」

「そんな過去が……」


 確かに昔預けられていた病院で、同い年くらいの子と遊んでいた記憶はある。

 だけど顔なんて思い出せるはずもないし、どんな子だったかも覚えていない。


 一つ覚えているのは――その子は病院に来ると、いつも泣いていたという事だ。


 あまりにも泣き続けるものだから、その子と当時更に幼かった凛とが重なって、俺は放っておく事が出来なかった。

 だから話しかけて、泣きやませたのを覚えている。

 お世話係の人が何をやっても泣き止まなかったのに、その子は俺が手を握ってあげただけで泣きやんだ。

 どうしてその時俺はその子の手を握ったのかは覚えていない。

 昔の自分がそうされるのが嬉しかったからやったのかもしれないが、かなり昔の事なため正確にはわからないんだ。

 それからはその子は病院に来ると決まって俺の元に来るようになり、手を繋ぐよう求めてきたんだよな。


 そうか……あの子が、咲姫だったのか。


 だけど、結局それだけだ。

 懐かしいという気持ちはあるし、こういうのも運命なのだとは思う。

 けれど、その子と遊んでいたのだってそんなに長くなかったはずだ。

 途中からは空き待ちになっていた保育園が空いて、俺は保育園に預けられるようになったからな。


 それに、そんな過去は今の俺たちの関係を変えるようなものではない。

 なんせ俺は既に咲姫の事が好きなのだし、彼女が俺の事をどう思っているのかも知っているのだから。

 そしてそれがどうしようもないという事も。


「――だからね、私は反対しないよ」

「え、何がですか?」


 俺が一人昔の事を思い出していると、香苗さんが優しい笑顔でよくわからない事を言ってきたため、俺は思わず尋ね返してしまった。

 すると香苗さんは嬉しそうな笑みを浮かべて両手を合わせ、その手を頬に持っていくとゆっくりと口を開いた。


「海斗君と、咲姫が付き合う事」

「――っ!?」

「いつもお休みの時は二人きりでお部屋にこもってるし、そういう仲だとは思っていたからね。大丈夫、俊哉さんには既に話をつけてあるから」


 いったい何が大丈夫だというのか。

 そして俺の知らない間になぜか外堀が埋められている。


「正直知らない男の子に咲姫を持っていかれるより、例え家族だろうと海斗君にもらってもらったほうが安心出来るからね。それに義理の兄妹なら結婚出来るんだから、法律的にも問題ないし」

「いや、あの、でも……社会的に……。それに、ご近所から変な目で見られるのでは……?」

「う~ん、確かに変なふうに思ってくる人もいるかもだけど、子供たちの幸せとご近所の目――天秤にかける必要もないくらい、どっちが大切かわかるよね?」


 確かに、どっちが大切かなんて火を見るよりも明らかだ。


 ……両親が認めてくれているのなら、いいのか……?

 本当に、それで――

「――あっ、でも、海斗君が桜のほうがいいって言うなら、それはそれで私は(・・)認めるよ? ただその時は、少々俊哉さんとお話が必要かもだけど……」


 どうしてここで桜ちゃんが出てくるのか。

 そしてその父さんと少々お話ってなんだ?

 咲姫を認めているなら例え桜ちゃんに変わろうと、義兄妹には変わらないのだから何も話す必要ないと思うんだけど……。

 とりあえず、怖いものが待っているという事だけはわかった。


「――だめ、だよ……。(かい)君は……いくら桜でもあげない……」

「――っ!? 起きていたのか……?」


 急に咲姫が話に入ってきたため、おそるおそる咲姫の顔を覗きこんでみる。

 しかし、咲姫は『すぅ――すぅ――』と寝息を立てていた。


 寝言、なのか……?


「後は海斗君の気持ち次第だよ。例え他の子を選んだとしても私は怒らない。だってそれは、海斗君の人生だから。でもね――もし、気持ちとは別の理由でこの子たちを泣かせたら、いくら海斗君でも許さないから。だって、咲姫たちは私の大切な娘だもの」


 笑顔で――だけど、確かな威圧を持って香苗さんに釘を刺されてしまった。

 桜ちゃんのあの異様な威圧感は、香苗さん譲りなのかもしれない。


「…………わかりました……。よく、考えてみます……」


 もうここまで来ると考えるも何もないのだが、俺はそう言って誤魔化した。

 結局は全てが片付かない限り咲姫の相手をする余裕もないのだ。


 だから全てが片付いたら――この気持ちにも、方をつけよう。


 俺はまたやる事が一つ増えたな、と思いつつも、不思議と肩が軽くなるのだった。

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