第194話「母親との会話」
「すぅ――すぅ――」
お医者さんに診て頂いてから少し経った頃、薬が効き始めたのか咲姫が穏やかな寝息を立てて寝始めた。
さすがにアリスさんお抱えの医者とはいえ、すぐに熱を下げる事は出来ないようだが、咲姫から苦しそうな表情が抜けてホッとする。
幸いにも風邪を拗らせただけのようで、ここ最近流行っている新型のウイルスとかではないようだ。
ちゃんと寝ていれば明後日くらいには治るらしい。
……風邪が治ったら、少しお説教をしよう。
風邪が拗れるくらい無理をするなんて、どう考えてもよくないからな。
まぁ本当なら俺が気付いてあげられればよかったのだが、マリアさんの特訓がきつすぎてあまり余裕がなかったのだ。
今だって全身筋肉痛で体中痛い。
初日のあれでもマリアさんは手加減をしてくれていたようで、ここ数日の訓練は殺す気かと思うくらい厳しく、家に帰ったらお風呂に入るのがやっとですぐ寝てしまっていた。
エロゲーを一緒にやりたがる咲姫には申し訳ないが、エロゲーをやる余裕すらもうないのだ。
だからアリスさんも俺に特訓を休むように言ってきたのだろう。
察しのいい彼女は、俺の体力が限界になっているのに気が付いていたのだ。
とはいえ、咲姫の看病があるから休むわけにもいかない。
万が一にもこれ以上悪化なんて事は避けたいからな。
「んぅ……海君……」
咲姫の寝顔を見つめていると、急に俺の名前が咲姫の口からこぼれ出る。
だけど咲姫は寝ているようで、どうやら寝言で呟いただけのようだ。
いったいどんな夢を見ているのだろうか?
いい夢を見てくれていればいいけど。
右手は咲姫の要求で手を繋いだままでいるため、俺は左手で優しく咲姫の頭を撫でた。
……そういえば、お医者さんが来てくれた時も咲姫が手を放してくれなかったから、生暖かい目で見られていたんだよな……。
さすがに咲姫の体からは目を背けたが、この子熱が引いて正気に戻ったら理不尽に怒ったりしないだろうな……?
咲姫ならやりかねないため、少しだけ不安になる俺だった。
「――ふふ、仲がよくて微笑ましいね」
「――っ!?」
咲姫の頭を撫でていると、いきなり背後から声がした。
見れば、優しい笑みを浮かべている香苗さんが俺たちを見つめている。
「か、帰っていたんですか?」
「うん、そうだよ? といってもさっきだけどね。もしかして気が付かなかった?」
驚かすために音を立てずに家に入ってきたのかと疑ったが、どうやら俺が気が付かなっただけのようだ。
もしかして、それだけ咲姫の可愛い寝顔に見入ってしまっていたのだろうか……?
「そうなんですね……。あれ、父さんは?」
「俊哉さんは患者さんの事があるからまだ病院に残ってるよ。咲姫が熱を出したって受付の子から教えてもらってたから、病院が落ち着いたところで私だけ先に帰ってきたの。咲姫の容態はどう?」
「なるほど……。咲姫はお医者さんに診てもらったので、後は安静にしていればいいそうです」
「あれ、救急車でも呼んで病院に連れて行ったの?」
どうやらお医者さんに診てもらったという事で、香苗さんは病院に行ったと思ったようだ。
まぁお医者さんを家に呼んだとは思わないか、普通。
「えっと、友達がお医者さんを呼んでくれたんです」
別に隠す必要もないと判断し、俺は素直に打ち明けた。
緊急事態だったため、知らない人を家に入れていても香苗さんが怒る事はないだろう。
「それは雲母ちゃん? それともアリスちゃん?」
なぜ、名前を知っている……。
俺は一度もあの二人の名前を香苗さんに言った事はないはずだぞ。
「アリスさんのほうです……。ちなみに、その二人の名前は何処で知りました?」
「さぁ、何処だろうね?」
とてもいい笑顔で誤魔化す香苗さん。
どうせ情報源は咲姫だろうけど、変な情報まで行っていないか凄く心配だ。
「息子がモテると嬉しいものね」
「モテてませんから……! いや、ほんと、変な誤解はやめてください……!」
咲姫が寝ているため声は極力抑えているが、それでも否定しなければいけないとこは否定する。
アリスさんはともかく、確かに雲母は俺の事を想ってくれているだろう。
いつも直球な言葉をぶつけられているのだから、そこはちゃんと理解している。
だが、恋愛事情を親に知られるなんて絶対に嫌だ。
例えそれが、義理の母親だろうとな。
しかし、やはり女性だからなのか、それとも母親として息子の恋愛事情が気になるのか、香苗さんがウキウキとした様子で俺の顔を見つめてきている。
咲姫の寝息が穏やかだから、もう咲姫の事は心配ないと思っているようだ。
……そういえば、普段俺が香苗さんと会話をする時間はかなり短い。
そもそも生活時間すらすれ違っているし、休みの日は家にいたとしても俺が部屋にこもっている。
まぁこもっている理由は仕事だったり、趣味に走ったりしているのだが……。
咲姫が俺の部屋に来るようになってからは、飲みものなども咲姫が勝手に取ってきてくれるから、本当に顔を合わせる事がない。
話をするタイミングがあるといえば、ご飯時くらいだろう。
…………少しだけ、話に付き合うのもいいかもしれない。
俺はそう思って場所を移そうとするのだが――寝ている咲姫にがっしりと手を握られていて、場を離れる事が出来なかった。
よく考えれば俺、香苗さんの前でずっと咲姫と手を繋いでいたんだな……。
目聡い香苗さんは当然のように俺と咲姫が手を繋いでいる事に気が付いているのだが、ニマニマとしているだけで何も言ってこないのが逆に怖い。
これ、俺が寝ている咲姫と無理矢理手を繋いでいると思われていたらどうしようか……。
後、放そうとしてもビクともしないんだけど、この子本当に寝ているのか?
寝ているにしては強い力で俺の手を引き留めている咲姫の事を疑うのだが、やっぱり寝ているようにしか見えなかった。
「ふふ、二人が元の仲良しに戻って嬉しいな」
どうにか咲姫の手を放せないか格闘していると、香苗さんが不思議な事を呟いた。
見れば、なんだか懐かしむよう目をしている。
「香苗さん、今のってどういう……俺と咲姫は、初めて会った頃から仲が悪かったと思いますが?」
正確には香苗さんの前で会ったのが初めてではないが、それでも学園で仲がよかったなどの事実はない。
勝手に記憶が上塗りされているという事も、香苗さんなのだからないだろう。
「まぁ当時は二人とも幼かったからね。記憶力がいい咲姫も、さすがに海斗君を見ても思い出せてないみたいだし。実はね――」
自分の知らない咲姫との繋がりに、俺は完全に興味を引かれて香苗さんの次の言葉を待つのだった。
いつも読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)
話が面白い、キャラが可愛いと思って頂けましたら、評価や感想、ブックマーク登録をして頂けると嬉しいです!