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第186話「一種の脅し」

「…………は?」


 少し時間が経ってから、俺は無意識に言葉を発した。


 思わぬ人物の登場に思考が止まっていたのだ。

 いや、今でも処理が追い付いていない。


 どうしてここに、マリアさんがいるんだ?

 まさか、嘘だろ?

 ……うん、嘘だと言ってくれ、アリスさん……。


 マリアさんがこの場にいる意味が何を指しているのかを理解してしまった俺は、その考えを否定してもらう事を祈ってアリスさんを見る。

 するとアリスさんは――


「ふぁいっと……!」


 ――久しぶりに見せるキャラ違いのテンションで、ガッツポーズした。


 ダラダラと冷や汗が俺の体をつたう。

 もう苦笑いしか出てこなかった。


 青木先生ですら俺にとっては若干化け物の域にいるのに、それを超える人が来ているぞ?

 この超人に俺は武術を習うのか?

 

 俺は心の中で、マリアさんの事を超人と評す。


 だってこの人、一人で銃を持った誘拐犯をいっそうしちゃうんだぞ?

 しかもマリアさんの動きは、龍が目で追えないくらい速いらしいし。


 こんな人と組手とかする事になれば、俺、死んじゃうんじゃないのか……?


「さて、早速始めようか」


 俺の心の内など知りもせず、凄くいい笑顔でマリアさんがストレッチを始める。

 なぜウキウキとした笑顔を浮かべているのか、めちゃくちゃ尋ねたい。

 でも、尋ねるのが怖いとも思う。


 なんせ、今から俺をシゴクのが楽しみといったようにしか見えないからだ。


「ま、待って下さい! どうしてマリアさんがここにいるんですか!? 仕事は!?」

「あぁ、心配いらないさ。君に護身術を教えると言ったら、あっさり許しが出た」

「いやいや、どうしてそれだけで許可が下りるんですか!? 一般人に護身術を教えるって通らないでしょ!」

「ただの一般人にならな。でも君は違うだろ? 現に一度誘拐されそうになっている。その証言をアリスと龍が上手くしてくれたおかげで、私の組織は君に護身術を覚えさせる必要があると判断したんだ。本当に誘拐されてテロでも起こされたらかなわないからな。あぁ、もちろん、犯人像は掴ませないように上手く誤魔化していたぞ。私の組織にいる人間をいとも容易くあざむくなんて、龍もあの若さで大したものだ」


 は、話が大きくなりすぎてやしないか……?

 一体アリスさんと龍はどんな証言をしたんだよ……。

 犯人像を掴ませないようにしたのは、俺を誘拐しようとした女性との取引があるからだろうが……。


 俺は隣でポーカーフェイスを決め込んでいて、まるで全く関係がないかのような表情をしているアリスさんを見る。

 さっきの俺を励ましたテンションは何処に行ったんだ。


 物言いたげに見ていると、アリスさんが俺の顔を見上げた。


「君が誘拐されると、面倒な事になるのは事実。ましてやテロリストに攫われでもしたら、システム関係のセキュリティは絶望とも言える。その辺をいい加減君は自覚したほうがいい」


 アリスさんは真剣な雰囲気になると、途端に饒舌に語り始めた。


「さすがにそんな事になるとは……」

「君が力を貸すとは思えないけど、実力的には可能。まぁだけど、君に辿りつく事はもう不可能なようにアリスとクロで手を回しているから、攫われる危険はないと思う。でも、零ではない。ここでしっかりとした護身術を身に着けておくのは、君のためになる」

「だからわざわざマリアさんをアメリカから呼んだのですか? でも、どっちみち青木先生に教えてもらう事にしてたのだから――」


「それだと、絶対に間に合わない」


 途中で俺の言葉をアリスさんが遮った。


「一つ、カイの考えを正したほうがよさそうだな」


 今度はマリアさんが会話に入ってくる。

 ここから先はマリアさんに任せるつもりなのか、アリスさんは口を閉ざしてしまった。


「一体何をですか?」

「アリスとアリア、二人は双子だ」

「えぇ、それはわかっています」


 アリスさんとアリアが双子だなんて、今更言われるまでもない。

 ただ、わざわざ前置きをした意味があるのだろう。


「もしアリスがアリアよりも優れていると考えているのなら、それは大きな間違いだ」

「どういう意味ですか? ……親のあなたに言うべき事ではないですが、アリスさんがアリアより優れているのは明らかですよ」


 誰の目にも、とは言わない。

 多くの人間はアリアこそ優れており、アリスさんは双子の劣ったほうだと認識しているだろうから。

 

 しかし、アリスさんの本当の実力を知る者からすれば、アリスさんのほうが圧倒的に優れていると判断するはずだ。


「確かに頭脳、洞察力などではアリスが上だろう。だがな、アリスが私の頭脳と洞察力を引き継いだ事と同じように、アリアは私の身体能力を引き継いでいる。君が相手をしようとしているのは、君が超人と考えている相手と同じ身体能力を持っているというわけだ」

「――っ!?」


 マリアさんの言葉に、俺は息を呑む。

 

 可能性としては、考えていなかったわけではない。

 アリアがアリスさんより身体能力が優れている事は知っていた。

 アリスさんが運動を苦手としている事だけではなく、アリアの活発的なイメージは運動が出来る人間を思わせていたからだ。


 ただ、それでも咲姫と同等か、少し上くらいだと思っていた。

 青木先生がアリアを取り押さえる事が出来ると聞いていたから、マリアさんほどの運動神経がある可能性は低いと結論づけていたのだ。

 それがまさか、マリアさんと同じくらいとは……。

 そうなると身体能力は青木先生より上だろうが、押さえられるという事は技術面の何かが青木先生のほうが上というだけか?

 もしくは、まだアリアが成長しきっていないだけで、マリアさんと同じくらいになれる素質を秘めているという事になるだろう。


 てか、マリアさんの事を超人って考えてたの見抜かれてるな……。

 いったいなんなんだ、この家族は……。


「ママは、その能力をあの男に買われたから、あの男と結婚した。アリスたちが生まれてからは、ママは用なしにされてる」

「……いや、あの、さらっと凄い爆弾ぶち込むのやめてもらえませんか……?」


 驚きの事実に戸惑っていると、更に驚きな事実をぶちこまれてしまった。

 マリアさんがアメリカにいる時点で別居の事はわかっていたし、どうしてマリアさんのような人間が平等院社長と結婚したのかも疑問ではあったのだが、今教えてほしくはなかった。

 おそらく政略結婚みたいなものが、マリアさんたちにもあったのだろう。


「まぁアリアは、私に捨てられたと考えているみたいだがな」

「どうしてそうなるんですか……」


 マリアさんまでもが話に乗ってしまったせいで、もう話題を逸らす事は出来なかった。

 だから気になった部分をつついた。


「平等院がそういう教えをしてきたからだ。私の元に行きたいと言わないようにだろう。何より、あの子自身が私に嫌われていると思っている」

「なんでですか?」

「あの子が武術を教えてほしいと言ってきた時、私が拒絶したからだ。あの子に武術を教えると夫が決めた時に私は反対し、この子たちを連れて出て行こうとした。……まぁ結局、私一人が追い出されて終わってしまったがな」


 自嘲的な笑いを浮かべ、マリアさんは残念そうに言った。


 マリアさん一人追い出されたという事は、平等院財閥の力が勝ったという事か。

 アリスさんたちを産むためにマリアさんと強引に結婚出来ている時点で、家などの力関係は窺える。

 平等院社長とマリアさんが何処で知り合ったのかは気になるが、あまり聞いていいものではないだろう。


「どうしてアリアに武術を教えてあげなかったのですか?」


 俺はこれ以上その部分をつつくのはよくないと思い、話題を戻す。

 

「我が子が傷つくような事、教えらえれるわけがないだろ? 私にとっては、アリスもアリアもとても可愛いんだ」


 意外――と言えば、失礼にあたるかもしれない。

 だけど、マリアさんは結構あっさりとしているし、見た目に反して男勝りな性格だったため、そこまで娘に関心がないのかと思っていた。

 しかし、照れ笑いのように浮かべた笑顔から発せられた言葉は、紛れもない本音だと思えた。


 その事を俺は安堵する。

 さすがに両方の親から愛されていないのは、かわいそ過ぎると思っていたからだ。

 それが誤解とわかってよかった。

 

 だからこそ、アリアが抱えている誤解も解きたいと思った。


 ……だから、アリスさんはあえてこの場でこの話題を出してきたのかもしれない。

 アリアがどれだけの闇を抱えているかを、俺にわからせるために。


 なんだか他人の家庭事情に入り過ぎている気はするが、俺に出来る事はきっちりこなそう。

 そう心に誓った。 


「――まぁというわけだが、わかってるな、カイ?」


 一人勝手に安心していると、なんだか凄くいい笑顔でマリアさんが俺の顔を覗き込んで来た。


「えっと、何がでしょうか?」


 一体何について言われているのかがわからず、俺は尋ね返す。

 すると――


「アリアに怪我を負わせたら、責任はとってもらうからな?」


 ――とてもいい笑顔で、頭を撫でられてしまった。


 笑顔だが、もうこれは一種の脅しでしかない。

 なんせ、とんでもないプレッシャーが放たれているのだから。


 マリアさんの言葉に俺がコクコクと頷くと、満足そうにマリアさんは俺の頭から手を離すのだった。

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