第185話「妹の知らない一面」
「桜ちゃん、どういう事?」
この子が嘘をついていない事はわかる。
桜ちゃんは嘘が大嫌いだし、何より瞳や表情から何か隠し事をしているようには見えない。
だけど、この子の発言の意図がわからなかった。
俺が聞いたのは、どうしてアリアの誘いに乗ったかについてだ。
桜ちゃんが答えた、俺の事を信じているからというのは、その質問に結びつかない。
だから俺は桜ちゃんに尋ねた。
「お兄ちゃんは意味もなく他の人を傷つけたり、喧嘩を売ったりする人じゃないって桜はわかってるよ。本当は争い事なんてしてほしくないけど……きっと、必要な事なんだよね? だったら、桜はお兄ちゃんを応援したいの」
「でも、アリアの誘いに乗る事はなかった。そうだよね?」
「うん……。桜がアリア先輩の誘いに乗った事は、もしかしなくてもお兄ちゃんの邪魔をしちゃったと思うよ。お兄ちゃんは裏で動く人だから、きっとやりづらくなるって事はわかっていたの」
昔、咲姫を助けるために俺がしていた事を桜ちゃんは近くで見ていた。
アメリカで事件に巻き込まれた時俺がしていた事も、アリスさんから間接的に聞かされているのだろう。
それらの経験を元に、この子はもう俺のやり口が見えるくらい理解しているというわけか……。
普段の様子が幼いからといって、甘く見ていた。
今まで何も言わなかったのは、この子なりの優しさだったのかもしれない。
それは、俺が踏み込んでほしくない、知られたくないと思っているからだろう。
俺は自分の認識の甘さに後悔をしながらも、今はきちんと桜ちゃんと向き合う事を決める。
「俺の邪魔になるとわかっていて、それでも引き受けた狙いは何?」
『邪魔』という言葉を俺は濁さなかった。
ここで濁しても、この子にはすぐばれると思ったからだ。
今は無邪気で可愛い妹じゃなく、一人の対等な人間として桜ちゃんと話をする。
「後味を悪くしたくなかったの」
「え?」
「お兄ちゃんが話を持ちかけた時、もう勝ちまでの勝算が見えていたんだよね? 多分同じ事をアリア先輩も思ったんだと思う。だから、アリア先輩は桜に話を持ちかけてきた。ここで桜が断っちゃったら、きっとお兄ちゃんが勝っても、アリア先輩は納得しなかったと思うの」
「それは、俺が準備万端で手を回していたとアリアが捉えるから?」
「うん。でもここで桜が話に乗れば、少なくとも公平な条件の元、勝負は行われる事になるよね? そしたらアリア先輩が負けた場合でも、お兄ちゃんに文句をつける事は出来ないから……」
よく考えている。
そして、あくまで俺が望む形に持って行くために、この子は行動を起こしていたようだ。
ここまでくると、俺の狙いまでもわかっているんじゃないだろうか?
「桜ちゃんは、どうして俺がこんな勝負を持ちかけたか、わかってるの?」
今この子がどこまで理解しているのかを知るため、俺は深く切り込む事にした。
「なんとなく……かな……? お兄ちゃんが勝った時に何も要求していないのと、勝負の内容から……アリア先輩のため――うぅん、アリス先輩のためにしているのかなって……」
はっきりとは言葉にしなかった。
しかし、アリアのためという言葉が出てきた時点で、本当に理解しているのだろう。
驚きなのは、アリスさんの名前が出てきた事だ。
俺とアリスさんが仲がいい事は、この子も知っている。
アリスさんが俺の部屋を訪れているところを見たり、一緒にアメリカに行ったりしているからだ。
しかし、いくら俺とアリスさんが仲がいい事を知っていたとしても、俺が何も要求しなかった事や勝負内容からだけでは、アリスさんのためだという結論に至るのは難しいのではないか?
考えられるのは、他にも情報を得ているという事だが……。
アリスさんが自分から誰かに漏らすとは思えない。
カミラちゃんの様子を見ても、俺がアリアやアリスさんのために動いているという事を理解しているとは思えない。
となると、情報源はこの二人ではない。
雲母が話した?
可能性はなくもないが――多分、違うと思う。
あいつも俺同様、桜ちゃんを巻き込む事は嫌うはずだ。
あいつ自身桜ちゃんを可愛がっているのと、そんな事をすれば俺の怒りを買うとわかっているからだ。
だから、あまり桜ちゃんには知られないように立ち回っている気がする。
咲姫も、ないな。
まずあの子自身、俺の行動の意味を知らないはずだし……。
青木先生か?
アリスさんの側近なら、知っていてもおかしくない。
だが、桜ちゃんに話すメリットが見えない。
下手に巻き込めば、アリアに利用されるだけだというのを理解しているはず。
あの人がそんなリスクを負うとも思えないな。
青木先生の事を詳しく知っているわけでないが、少なくともアリスさんが傍に置くほどの能力を持つ人だ。
下手を打つとは思えない。
残りの候補はいない……よな?
となると、結論としては桜ちゃんの洞察力が優れていて、自然と俺の狙いを導き出したという事になるか……。
俺が桜ちゃんと同じ立場だった時、桜ちゃんが持っているだけの情報で同じ結論を導き出せるだろうか?
いや、不可能だ。
導き出すには、やはり情報が足りない。
もしかしたら洞察眼だけを見れば、俺よりも桜ちゃんのほうが上なのかもしれない。
……そういえば、アリスさんが初めて桜ちゃんと会った時、いい目を持っているみたいな事を言ってたような気がするな……。
あれは純粋無垢な瞳について褒めていたんじゃなく、洞察眼を褒めていたのか?
今はアリスさんがいないから確認のとりようがないが……そんな気がする。
なんせ思い返せば、この子が洞察力に優れている場面を俺は何度も目にしていたのだから。
俺や咲姫の感情の機微に真っ先に反応していたのは、いつも桜ちゃんだった。
些細な反応も見逃さないといった感じで反応していた。
ジーっと人の顔を見つめる癖も、表情などを観察して何を考えているのかを見通そうとしていたのかもしれない。
本当、この子は何者だよって感じだ……。
「うん、凄いね桜ちゃんは。正直言って、驚いたよ」
戸惑いはあるが、素直に褒める事にした。
いつまでも可愛い妹ではいてほしいが、この才能は伸ばしてほしい。
仕事にもよるが、社会に出た時きっとこの子の役に立つだろうから。
「勝手な事して、怒ってないの……?」
俺の言葉を聞いた桜ちゃんは、不安そうに俺の顔を見つめてくる。
こうやって見ると、小学生にしか見えないのにな……。
こんな幼い感じの子が多彩な才能を持っているのだから、世の中不思議なものだ。
「怒ってないよ。もうこんな事はしてほしくないけど、桜ちゃんのおかげでいい方向に進んだのは間違いないから」
俺の予定が狂った事や、動き辛くなった事は確かだ。
だが同時に、アリアの逃げ場を確実になくしていっている。
結果論でしかないが、桜ちゃんのとった行動は俺にとって都合のいいものとなっていた。
後は、俺次第だろう。
「よかった……」
桜ちゃんはホッと、その豊満な胸を手で撫でおろす。
どうやら思った以上に心配していたようだ。
俺は安心させるように、桜ちゃんの頭を撫でる事にした。
一瞬驚いた表情をしながらも、嬉しそうに桜ちゃんはその行為を受け入れてくれる。
そしてそのまま、抱き着いてる俺の腕に頬をこすりつけてきた。
甘えてくる妹の事を俺は可愛いと思いながら、そのまま帰路につくのだった。
今日はこれから予定があるため、いつまでも桜ちゃんに癒されるわけにはいかなかったからだ。
――ただ、これから一ヵ月ほど晩御飯がいらない事を告げると、桜ちゃんの機嫌は一変するのだった。
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