第182話「裏の一族の人間」
今日最後の授業を終えた俺は、すぐに桜ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かった。
いつもは合流したらそのまま家に帰るが、このまま人気がないところに連れて行って話をするつもりだ。
「あっ……神崎先輩だ……!」
「わぁ、本当……! 声掛ける?」
「だめだよ、桃井さんを迎えに来てるんでしょ?」
「ちょっとくらいいいんじゃない? だって気になるじゃん」
「もう仕方ないなぁ……」
なんだか、いつも以上に注目されていた。
遠巻きから俺の事を見ている一年生たちが多い。
その中で二人の生徒が近寄ってきた。
何度かすれ違った事があり顔に見覚えはあるが、話した事はない。
何か用だろうか?
「「あの、神崎先輩」」
二人組の女の子。
真面目そうな感じの子と、人懐っこそうな感じの子が声を掛けてきた。
「えっと、どうかした?」
急に声を掛けられて戸惑いはしたものの、なんとか平静を装う。
初対面の相手に対する苦手意識はそう簡単になくなるものではないが、昔ほどキョドったりもしない。
俺が返事をすると、人懐っこそうな女の子が嬉しそうに笑顔を浮かべて口を開いた。
「先輩が、裏で社会を牛耳る一族の人間って本当ですか!?」
…………え?
今、なんと?
唐突に発せられた言葉に、俺は自分の耳を疑う。
なんだかとんでもない事を聞かれなかったか?
「ちょ、ちょっと! いくらなんでも聞き方が直球過ぎるよ! 消されたらどうするの!?」
俺が唖然としていると、真面目そうな女の子が慌てて人懐っこそうな女の子にツッコミを入れた。
だが、ツッコミの内容がおかしい。
この子も俺が裏の一族の人間だという前提で話を進めている。
誰が人を消したりするかよ……。
「大丈夫だよ! 桃井さんが懐いてるから、少なくとも悪い人じゃないもん!」
「いやいやわからないよ? 桃井さんが可愛いから、あの子にだけ凄く優しいのかもしれないじゃん!」
「えぇ~? 人によって態度を変える人に懐かないと思うけどな、桃井さんは……」
俺の事などほっといて勝手に議論を始める少女たち。
この場合の『桃井さん』は、桜ちゃんの事だろう。
桜ちゃんが懐けばいい人伝説は、まだ継続していたのか……。
正確には、話し掛ける事が出来ればいい人だったか?
まぁそんな事はどうでもいい。
とりあえず、謂れもない噂が流れている事だけは理解した。
「いや、誰が言い出したのか知らないけど、俺は普通の家の人間だよ? 父さんだって、ただの医者だし……」
早急に誤解を解く事にした。
しかし、この回答に対して少女たちの表情は綺麗に二手に分かれる。
「えぇ……つまんない……」
「医者の息子……! お金持ち……!」
つまらなそうな表情をするのは、人懐っこそうな女の子。
逆に目をキラキラと輝かせたのは、意外にも真面目そうな女の子だった。
「ともちゃんお金に敏感すぎだよ。桃井さんたちの彼氏さんだよ? さすがに相手にしてもらえないよ」
「うぅん、わからないよ? だって先輩ハーレム王だし。意外にもメンバーに加えてもらえるかも……!」
「ともちゃん……。桃井さん、桃井先輩、西条先輩、平等院アリス先輩――このメンバーに並ぶ自信があるの……? てか、西条先輩に消されるよ?」
「……ごめん、身の丈に合ってなかった……」
人懐っこそうな女の子の言葉に対して、顔を引きつらせながら落ち込む真面目そうな女の子。
そんな真面目そうな女の子を、人懐っこそうな女の子が頭を撫でて慰めていた。
――おぉい……。
この子たち、みんなが見ているところでなんて会話をしているんだ……。
一体誰がいつ、ハーレム王になったんだよ……。
目の前でとんでもない会話を繰り広げる後輩たちに、俺は頭を抱えそうになっていた。
「先輩先輩、今は平等院アリア先輩をハーレムの一員にしようと奮闘してるのですか?」
あ、この子、青山さんと同じ感じがする……。
グイグイととんでもない質問を連発する少女に、苦手とする青山さんの影が重なった。
正直無視したいとこではあるが、後輩なため邪険に扱うのも可哀想だ。
あと、この質問は無視出来ない。
「いや、な……? まず俺はハーレムなんか作ったつもりはないし、アリアをその一員にしたいとも思っていない。俺とあいつが険悪な雰囲気だという事は学園に広まっているんじゃないのか?」
「でもカミラちゃんが言ってました! 神崎先輩は美少女相手なら見境なしに手を出してるって!」
「そうそう、憧れのお姉様たちに手を出していて、昨日の件でとうとうアリア先輩に手を出したって教室で大暴れしてたんですから!」
なん、だと……?
てっきり咲姫たちの噂からハーレムなどなんだの言ってるのかと思ったら、まさかのカミラちゃんが原因なのか?
いや、多分噂という土台にカミラちゃんの言葉が乗っかってしまった感じだろうが……。
あの子は俺が白兎を狙ってると勘違いしていたし、アリスさんの事も根に持っていたからな……。
別にアリスさんに手を出したつもりもないけど……。
どうする?
このままここにいてカミラちゃんと鉢合わせするのはまずいんじゃないのか?
だって俺に対して怒っているのに、俺のいない教室で大暴れだぞ?
鉢合わせしたらどんな展開になるか目に見えてるだろ、これ……。
「アリアとは因縁があるだけで、恋仲になりたいとか一切ないから、カミラちゃんの誤解を解いてくれないか……?」
「――っ! やっぱりアリア先輩たちは神崎先輩を追ってこの学園に来たのですね! 超大手財閥の西条先輩とアリア先輩が目をつけるなんて、本当に神崎先輩は裏の人間なんじゃ……!」
人懐っこそうな女の子が、再びウキウキとした態度で笑顔を浮かべる。
なるほど、裏の人間という噂もそこから来ているのか……。
確かに普通の一般生徒なら、大手財閥の令嬢である雲母たちが相手をする事はないだろう。
実際、俺にはKAIという裏の顔もある。
しかし、この少女が望んでいるような裏の顔はない。
『好奇心は猫を殺す』ということわざがあるが、この好奇心旺盛な少女は、まず間違いなくトラブルに自分から顔を突っ込むタイプだろうな……。
まぁ今日初めて話したばかりの俺が忠告するような事ではないし、ここはさっさと誤解をといて――
「「「――あっ」」」
人懐っこそうな女の子の誤解を解こうとすると、廊下を歩いてきた二人の小さな少女と目が合った。
片方は綺麗な黒髪を左右に短く結んだ、胸がグラビアアイドル並みに大きい女の子。
もう一人は、日本では珍しい銀髪を何故か猫耳の髪型にしている女の子。
――桜ちゃんと、カミラちゃんだ。
そして俺の存在に気付いた事によって、全身から毛を逆立たせるようなオーラを放つカミラちゃんの手には、いつの間にか薙刀型の木刀が握られているのだった。
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