第181話「打たれた手」
アリアと咲姫がテスト勝負をするというやりとりがあってから、一日が空けたが――特に一日、何も起きる事はなかった。
いや、アリアたちのテスト勝負は正直関係ないか。
実際にテストが行われるのは来週なのだから。
問題は、俺とアリアの賭けだ。
アリアが今日一日行動に移す様子はなかった。
ただ一日授業を受けていただけ。
一ヵ月という期間が設けられている以上、無駄に出来る時間はないはずだが……。
咲姫との決着がついてから、動くつもりなのだろうか?
「何よ?」
アリアを見ていると、凄く嫌そうな顔でこっちを向いてきた。
昨日よりも俺に対する嫌悪感が増していないか?
全身から嫌々オーラが出ているんだが……。
多分、咲姫のとばっちりが俺にきてるんだろうな。
アリアは昨日咲姫から凄く屈辱を受けていた。
その恨みを俺に向けているのだろう。
「いや、お前にとってこの学園の授業はつまらないんじゃないかって思ってな」
馬鹿正直に観察していたなど言う事はせず、咄嗟に見ていた理由を作った。
アリアたちがいた学園では授業スピードがかなり早いと聞く。
今俺たちが教わっている授業内容などとっくに習っているだろう。
「授業なんて誰にとってもつまらないものでしょ? まぁ例外はいるでしょうけど」
「確かにな」
極一部には授業が楽しいという生徒もいるけど、ほとんどがつまらないと感じているだろう。
このクラスだってあくびをして眠たそうだったり、先生に見つからないよう机の下でスマホを弄ってる生徒が結構いる。
さすがに真面目に授業を受けている生徒もいるが、彼らも授業を楽しいとは思っていないだろう。
いい大学に入るために先生の話をきちんと聞いているだけだ。
アリスさんなんて、授業中空を眺めてばかりだし……。
絵にはなるのだが、こう見ると本当にミステリアスな女の子って感じだ。
何を考えているのか全く読めない。
意外なのは、雲母が真面目に授業を受けている事か。
まぁアリアが来た以上、今まで通りに交渉術などの勉強を表立って出来ないから、時間を無駄にしないように授業を聞いているだけか。
「少しいいかしら?」
「なんだ?」
クラスメイトたちを観察していると、アリアが再び声を掛けてきた。
その目は挑発を含む目でも、憎しみを抱いている目でもない。
凄く、真剣な表情をしていた。
一瞬で感情のスイッチを切り換えられるのも、才能なのかもしれない。
「賭けの結果を決める方法は契約書に書かれていたもので問題ないわよね? それについて、あなたが不正をしない確約がほしいの」
賭けの結果を決める方法――それは、アリア側が勝手に指定したものだ。
だが俺はそれで問題ないと判断し、サインをしている。
むしろ俺とアリアにとっては、一番ふさわしい決め方でもある。
ただ、疑問なのは後者だ。
「今更か?」
「えぇ、今更よ。これにサインがほしいの」
アリアは一枚の紙を渡してくる。
そこには、俺がクラスメイトたちに対して何も指示をしない事や、印象操作をしない事が書かれていた。
当たり前というか、本来これは賭けが成立する前にやっておかなければならないものだ。
俺の言葉だけで信じた時はおかしいと思ったが、わざと書面に起こす事を遅らせた理由があるのだろう。
そして、その理由はすぐにわかった。
サイン欄に、俺やアリア以外の名前が書かれていたからだ。
「これは、どういう事だ?」
俺はアリアを睨み、声量を抑えながらも怒りがこもった声で尋ねた。
それほど、書かれている人物の名前が気に入らなかった。
サイン欄に書かれている名前――それは、桜ちゃんの名前だった。
違反をした場合の対象も、俺ではなく桜ちゃんだ。
一生、平等院財閥のメイドとして働くという内容がそこには記されている。
「あなたがグレーの部分も攻める事が出来なくしたわけよ。平気でルールの裏をかいてきそうだからね、あなたは。声を掛けたら『お兄ちゃんはずるい事をしません』ってすぐにサインしてくれたわよ」
「……なるほどな。確かにこれだと、一歩間違えれば黒になる反則ギリギリのグレーゾーンを攻める事は出来ない。万が一でも、ルールを破るわけにはいかないからな。だが――どうして桜ちゃんを巻き込んだ?」
桜ちゃんを巻き込んだ事に対する怒りを抑えながら、なんとか冷静を装う。
しかし、こいつにはもう既に見透かされている。
アリアは愉悦に浸った表情で口を開く。
「あなたの余裕な態度が気に入らなかった。だから冷静にいられなくしてやろうと思ったのよ。あの場で書面に起こしても、あなたは巧妙に立ち回って違反ギリギリの手を打ってくると思った。でも、義姉か義妹を巻き込んでやればそうもいかない。それどころか怒りで冷静さを欠いて、まともに立ち回る事も難しくなったんじゃない?」
「しかし、第三者を陥れない約束だったはずだが?」
「別に陥れてはいないでしょ? それに、一生メイドをすると言ってきたのはあなたの義妹のほうよ。私はただ話を持ち掛けただけ」
桜ちゃんから……?
あの子は一体何を考えているんだ。
大人しい性格で、賭け事なんかしなさそうなのに……。
俺は後で桜ちゃんの元に向かう事を決め、今はアリアに集中する。
「咲姫ではなく桜ちゃんを選んだ理由は?」
「最初は義姉のほうに話を持っていくつもりだったわ。でも、あれはこっちから願い下げよ」
……なるほどな。
テスト勝負を持ち掛けに行った時、この話もするつもりで行動していたのか。
しかしあまりにも咲姫の態度が酷かったから、桜ちゃんに切り替えたという事だろう。
「それにあなたの義妹は凄くかわいいし、カミラとも仲がいい。おまけに料理とかとても上手らしいじゃない。絶対選ぶなら義姉より義妹のほうよ」
なぜかアリアが、聞いてもいない事をペラペラと話し始めた。
咲姫の評価はかなり低いのに、桜ちゃんの評価は高いみたいだ。
聞いていて、咲姫が不憫になってくる。
俺とアリアが話をしているせいでクラスメイトたちがチラチラとこっちを見てくるが、さすがに会話の内容は聞こえていないだろう。
二人とも声を殺して、他には聞き取れない声量で話しているからな。
「心配しなくても、俺は手を回すつもりはない。無駄な努力だったな」
このまま話をしていてもアリアの思うつぼなため、俺は話を打ち切った。
満足げな笑みを浮かべて見つめてくる姿には正直腹が立つが、気にしないようにしよう。
それよりも――こちらの準備が整ったと思ったら、先に手を打たれてしまった。
少し、予定を変更する必要があるな。
さて、誰を使うべきか……。
俺はアリアに悟られないよう、目だけでクラスメイトたちを見回すのだった。
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