第180話「目指す道」
「どうして、海斗が壊れると思うのですか……?」
乾く喉からなんとか声を絞り出し、私はお父さんに尋ねた。
考えの根拠が知りたい。
それが分かれば、対策を立てる事が出来ると思うから。
「何、簡単な事だよ。彼が、色々と抱え込んでしまうタイプだからだ」
「それは他人に相談せずに、一人で抱え込んでしまうという事でしょうか?」
「いや、それだけじゃないよ。彼は他人が困っていると放っておけないタイプなのだろ? 自分のキャパを超えていても、他人が困っていたら助けようとするはずだ。そんな事を繰り返せば、いずれ潰れる事は目に見えている」
確かに海斗は困っている人をほっとけないタイプだと思う。
家族である咲姫や桜がピンチに陥った時助けたのは当然かもしれないけど、当時嫌いだったはずの私の事もアリアの手から助けてくれた。
お父さんが海斗の事を『他人が困ってたら放っておけない人間』と評したのもそういう部分だと思う。
きっと少しでも関わりがある人間が困ってたら、海斗は自分がどんな状況だろうと助けようとする。
それは憶測でしかないけど、確信でもあった。
「海斗は頭がいいです。自分の限界が来る前に誰かに相談すると思います」
ここで私に相談してくると言えないのが情けない。
そしてわかってる。
海斗はきっと私に相談してこない。
相談する相手は――アリスだと思う。
学園でのアリスに接する態度や、お父さんたちがしていた話からまず間違いない。
学力面では私やアリアに遠く及ばなかったけど、本気でテストを受けてなかったとも思える。
なくはない。
実際にそういう事をする人間がいるのを私はよく知ってるから。
少なくとも、海斗が認めるくらい頭はキレるはず。
何より中学時代から平等院財閥の系列会社を任されている時点で、高い能力がある事は疑いようのない事実。
普段何を考えているかわからないミステリアスの雰囲気を発してるのも、なんだかここまでくるとそれも彼女が普通の人間とは頭の出来が違うからと思える。
…………いや、最後のはただアリスが変わってるだけな気もするけど……。
ま、まぁここ数日の間に、私の中でアリスの評価はそれほどまでに上がっていた。
「どうかな? 確かに、相談はするかもしれない。だけど、重要な部分は全て自分でしようとするはずだ」
私の考えはあっさりとお父さんに否定された。
私には見えてない、お父さんだけに見えてるものがあるのかもしれない。
「何か確信めいたものがあるようですが……?」
「うん、あるよ。これでも私は今まで多くの人間を見てきた。その中には優秀な人間も、能力が標準より劣る人間もいた。そしてさっきの話に戻るけど、神崎君は優秀な人間だよね?」
「はい」
お父さんが何を言いたいのかよくわからないけど、海斗が優秀な人間というのはわかりきってる事だから私は頷く。
「優秀な人間は――いや、優秀な人間こそ他人を頼ろうとしない人間が多い。なぜなら自分でしたほうが効率がいいし、無理すれば自分一人で出来るからだ。彼なら特にそうだろう。普通の人間よりも遥かに優れた能力を持ち、自分の都合で他人に迷惑をかけたくないという優しい心を持っている。だから彼は一人で抱え込む」
「そうですか……」
お父さんが言う事もわかる。
確かに海斗はそういう人間。
でも海斗には――。
「まぁ君ももうわかっているように、今の彼にはアリスさんがいる。きっと彼が相談しなくてもアリスさんなら彼が壊れる前に手を打つだろうし、彼自身がアリスさんに相談を持ち掛けたり重要な事を任せる事もあるだろう。迷惑を掛けるとしてもアリスさんの存在は彼にとってそれほど大きいし、自分より優れていると思ってる相手なら重要な部分を任せたりもするだろうからね。そしてこれは私の想像でしかないが、アリスさんは神崎君のために既に手を一つ打っている」
「それはなんでしょうか?」
「私が神崎君と話していた内容は聞こえていたよね? 君たちの世代には黒柳龍という少年がいる。アリスさんは彼と神崎君に接点を持たす事で、自分がなんらかの理由で動けない時が来たとしても、黒柳君が神崎君の支えになれるように仕向けたんだ。聞いた話によると黒柳君も凄く優しいらしいし、何よりアリスさんや神崎君が認めるほどの能力がある。だからアリスさんがだめな場合、神崎君は黒柳君を頼るだろう」
黒柳君の話は聞こえてた。
紫之宮財閥が囲むくらい優秀な人間というのはわかってる。
それに結構前の話ではあるけど、海斗をアメリカに連れて行く目的が、黒柳君に会わせるためとアリスが言ってた。
わざわざアリスが会いに行ってる時点で、黒柳君が凄い人間という事は疑いようがない。
……私が立ちたい位置に、もう一人いたなんて……。
凄く複雑な気分。
というか、かなり悔しい。
なんで私には彼らのように優れた能力がないの……。
このままだと、私は置いて行かれるだけ。
そんなの嫌。
私は、海斗の隣に立ちたい。
……やっぱり――それが、答えなんだ。
海斗の隣に立つ。
それが私の目指す道。
「お父さん、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「今の海斗にはアリスや黒柳君がいて、彼女たちが海斗が壊れるのを防ぐと考えられているのですよね? なのに、どうして海斗はいずれ壊れると言われたのですか?」
全ての要素を合わせて考えてみると、海斗が壊れるとはとても思えない。
アリスがいる限り、彼女が手を尽くすはず。
「あの子からヒントを貰ってるのに、君はわからないのかい? それに、他にもヒントはあっただろう?」
ここに来て初めて見せる、私を試すような表情。
あの子とは誰の事だろう?
――うぅん、考えるまでもないわね。
きっとアリスの事なんだと思う。
最近あの子には色々な話をされたし、今回の件でお父さんが海斗以外を話に出すとしたら、アリスしかいない。
だって、黒柳君とは一切私は面識がないから。
一体どういう事なのか考えてみる。
お父さんはアリスがいるから海斗は壊れないと言った。
それに黒柳君もいると。
でも、いずれ海斗は壊れるとも言ってる。
この矛盾としか言えない言葉の真意は一体何?
その二人がいる限り大丈夫じゃないの?
――そういえば、アリスは『アリスがいつまでもカイの傍にいられるわけじゃない』と言ってた。
お父さんが言いたいのは、そういう事?
いずれ海斗が壊れるという『いずれ』は、アリスがいずれ海斗の傍からいなくなるからって事なの?
海斗が平等院財閥でなく、西条財閥を選んだ以上アリスと海斗は離れる事になる。
それは紫之宮財閥に付く黒柳君も同じ。
そう考えるとさっきお父さんが『今の彼には』とわざわざ言った事にも説明がつく。
「どうやら、わかったようだね」
私の中で結論が出ると、お父さんが真剣な表情で声を掛けてきた。
相変わらず察しがいい。
表情から私の中で答えが出たと理解してるんだと思う。
試す表情から真剣な表情に変わってるのは、きっと私に言わないといけない言葉があるからなんだ。
「彼が西条財閥を選び、アリスさんが私たちになら彼を預けても大丈夫と信頼して任せてくれた以上、私たちは神崎君を守る必要がある。でもこのままでは、彼の能力に頼るだけ頼って壊れるのを待つだけの、謂わば使い捨てのような状況になりえない。どうしてかは言うまでもないよね?」
「私にアリスや黒柳君ほどの能力がないからですよね?」
もうわかりきっている事。
なのに再度認識させてくるなんて少し酷いと思ったけど、目を背けていいものではない。
ここで向き合わなければ、お父さんの言う通り海斗は壊れてしまうだろうから。
「あぁ、残酷な事ではあるけど、君には彼女たちほどの能力はないし、彼が頼ってくれるほどの能力も君にはない。だったら、君はどうする?」
「決まってます。それなら――」
「彼が頼ってくれるほどの実力を身に着ける、かい? 心を鬼にして言おう。君には無理だ」
「――っ!」
どうして、アリスもお父さんもこんな事を言ってくるの?
確かに確率は低いかもしれない。
でも、零ではないじゃん!
勝手に無理だって決めつけないでよ!
私は心の中で叫ぶ。
本当は言葉にしたかった。
だけどそんな事をしても空しいだけだとわかってる。
私たちの世界では、実力のないものが何を言っても受け入れてもらえないから。
「しかし――それが全てではない」
「え……?」
「能力では無理でも、他の事で彼を支える事は出来る。精神面を支えてあげればいいんだ。寧ろ、人が壊れるもっとも大きな要素は精神面にこそある。彼の精神面を支える事が出来るだけの存在になれば、彼が壊れる事はないだろう。先程厳しい言葉を言ったが、君には彼の精神面を支えられる人間になってほしい。そしてそれが出来るのは西条財閥では君だけなんだ。彼になんとも思われていない人間が、彼の心の支えになれるはずもないから」
似た事を、アリスにも言われた。
アリスは、海斗が求めてるのは傍にいてくれる人間であって、支えてくれる人間だと。
そこに能力は必要ないと言われた。
お父さんも、アリスと同じ考えなんだ。
「私は――それでも、海斗の隣に立ちたいです」
叱責覚悟で、私は正直な気持ちを言った。
ここで退きたくなかった。
退いてしまえばもう、本当に海斗の隣には立てなくなると思ったから。
「それで彼が壊れるとしてもかい?」
「いいえ、そうはさせません。海斗の隣に立てるよう能力を磨くと同時に、彼の傍にいて精神面を支えられる人間になります」
私が海斗の隣に立ちたいのは、彼の力になりたいから。
それは、彼の事が好きだからなの。
好きという事は、当然傍にいたい。
彼に好きになってもらいたい。
その立場になれたのなら、必然的に彼の精神面を支えられる人間になっているはず。
それが、私の出した最終的な答えだった。
「――はは、さすが私の娘だ!」
怒られるか、呆れられるかと思ったのに、お父さんは急に笑い出した。
その隣ではお母さんが嬉しそうに私の顔を見つめている。
予想外の展開に、私はただお父さんを見つめる事しか出来なかった。
「そう、それでいいんだ! 他人の決めつけで自らの可能性を閉じる必要はない! 誰がどう成長するかなんて、神にしかわからないのだから! そして、他人の敷いたレールを歩む必要もない! 道を自分で切り開いていける者こそ、更なる高みに進めるのだから!」
「は、はい……」
どうしてお父さんはこんなにも興奮しているの?
私、なんだか取り残されてる感じなんだけど……。
「中学までの君は、私やお母さんに言われた事しかしてこなかった! その代わり言われた事は高いレベルでこなしていたが、それではどうしても限界がきてしまう! でも今の君はきちんと自分で道を開こうとしている! それも私に否定された事をだ! これほど喜ばしい成長はないよ!」
あぁ、私の成長を喜んでくれてるんだ……。
正直親バカだなぁとは思ったけど、凄く嬉しかった。
だって、お父さんはやっぱり私を応援してくれてるとわかったから。
――あの後話が終わり、私は数年ぶりに自分の部屋へと訪れた。
荷物とか全部捨てられて空き部屋にされてたらどうしようかと思ってたけど、部屋の中は当時のままだった。
ほこり一つない事を見るに、使用人たちが毎日掃除もしてくれてるみたいね。
随分時が経っているせいか、とても懐かしい気持ちになる。
あれから私は見違えるように変わった。
それは良い事も悪い事も含めて、ね。
特に海斗は清楚系が好きそうだから、見た目とかは変わらないほうがよかったんだと思う。
だけど、海斗には今の私を好きになってもらいたい。
だからこれからもこのままで、好かれる努力をしていこうと思う。
まぁそれはそれとして――あの返事、しておかなきゃ……。
私はスマホを取り出し、ある電話番号に電話を掛けた。
『――もしもし……?』
電話が通じてすぐ、可愛らしいけど気だるげな声が聞こえてきた。
「あ、もしもしアリス? あの件なんだけど――」
『受ける気になった……?』
さすが、察しがいい。
私からの電話という事で予想していたのかもしれない。
「うん、私やるよ。やらなきゃいけないってわかったの」
『そう……』
声に起伏は無いけど、なぜか嬉しそうにしているのが伝わってきた。
「だからお願いね、アリス」
『わかってる……。心配は……いらない……』
正直、どこにその自信があるのか疑問だけど、不思議と今のアリスが言うと信じられる。
多分私の中でのアリスの評価が変わったからなんだと思う。
私はそれから少しだけ、アリスと話をして電話を切るのだった――。
話が面白い、キャラが可愛いと思って頂けましたら、感想を頂けると嬉しいです!
そしてそして、もうすぐ『ボチオタ』発売日です(*´▽`*)
凄く楽しみです(/・ω・)/