第179話「聞きたくなかった事」
海斗が咲姫に絞られている頃、西条家では――
「――もう説明はいらないね、雲母」
私の目の前に座るお父さんが、優しい笑顔と共に話しかけてきた。
お父さんの横には、お母さんがソファに座っている。
色々とありすぎて少し落ち着く時間を頂いたけど、そのおかげで少しは頭を整理する事が出来た。
まぁ本当にありえないってレベルの情報をたくさん与えられすぎて、ちょっと信じきれない部分があるんだけど……。
でも、おかげでやっと理解出来た事もある。
アリスと海斗がどうしてあそこまで仲がいいか、とかね……。
お互いがお互いを特別視しているのも当然だと思った。
結局、アリスにとっても海斗は特別なんだよ。
それを恋心に結び付けるのは強引だと思うけど、学園で海斗に接するアリスの態度からきっと間違いない。
何より、アリス自身が認めてる。
それなのに、あの子はどうして私に譲ろうとしてるのか……。
「――雲母?」
「あっ……ごめんなさい。少しボーっとしておりました」
お父さんに話しかけられていたのに、考え事をしてしまっていた。
これ以上考えるのは話が終わってからにしようと思った私は、お父さんたちの顔を見る。
こうやって顔を合わせるのは二年ぶりくらいになる。
最後に見た表情は凄く怖くて、正直今日呼び出された時はここに来る事をためらっていた。
それでもここに来れたのは、海斗が学園で声を掛けてくれたからだ。
その彼は、私が知らないとこでまた私のために行動をしてくれていた。
一体、彼は私をどこまで惚れさせれば気が済むのだろう?
もう今の時点で胸がいっぱいなんだけどなぁ……。
……もちろん、凄く嬉しいよ?
やっぱり海斗は凄くかっこいいと思ったもん。
特にドアの隙間から見えた、お父さんと取引をしてる時なんて凛としてて――。
「――雲母、自分の世界に入るのは後にしなさい」
気が付けば、お父さんが『仕方ないなぁ』と言いたげな表情をしていた。
どうやら、また考え事をしてお父さんを無視していたみたい。
あと、なぜか私の両手は自分の頬を抑えている。
「本当に雲母は、神崎君の事が好きなのね」
お父さんの横に座るお母さんが、凄く嬉しそうにニコニコの笑顔を浮かべていた。
親に好きな人の事がバレてるのは恥ずかしいけど、応援してくれているようで安心した。
漫画などで出てくるお嬢様は政略結婚させられたり、幼い時から許婚がいたりするけど、幸いにも私は自由恋愛が認められてる。
これもお母さんが私の幼い時にお父さんを説得してくれたおかげらしい。
家を追い出された時はショックだったけど、やっぱりお母さんはとても優しいの。
………………海斗の期待させるだけ期待させてそこから叩き落とす発言に、思わずドアを叩いてしまった(本当は殴った)時はニコニコ笑顔が凄く怖かったけど……。
海斗がたまに桜のニコニコ笑顔が怖いって言ってるけど、こういう笑顔なんだって理解した。
どうやら私のお母さんは、怒らせてはいけない人みたい。
――って、また考え事してた。
さすがにそろそろ怒られそうね。
私はブンブンと頭を横に振り、お父さんたちの顔を再度見た。
「えっと、お父さんたちが私を家から追い出した本当の理由はわかりました。それに色々と裏でしていてくれた事もわかりました。私の事を本気で考えてくださって、ありがとうございます」
「そうか、わかってくれたか。正直理由を話したところで君が怒るのは仕方ないと思っていたけど――見た目は変わってしまっても、物分りがいいところは変わらないようだね」
『見た目は変わってしまっても――』その言葉を聞いた瞬間、胸がチクリと痛んだ。
態度に出さないだけで、私の変わりように多分凄く驚いたと思う。
怒られない事にはホッとしたけど、同時に罪悪感が残ってしまった。
私はもう、二人の理想の娘ではなくなってるだろうから……。
「気にしなくていいよ。君をそこまで追い詰めたのは、私なのだから」
私の様子から何を考えているか察したみたいで、お父さんが優しくフォローしてくれた。
お父さんは昔からこういう人の考えを見通すのが得意なの。
私とは積んできた経験が違う。
「ありがとうございます。ですが、私が自分で決めた事なので」
髪を染めたのも、髪型をアリアに似せたのも私の判断。
それをお父さんのせいにするのは、ただの逃げだと思った。
きっと海斗の横に立つには、こういう小さい事からも逃げたらだめなんだと思う。
「ふむ……少し、話を変えようか」
「あ、はい……」
「君は、神崎君についてどう思う?」
「海斗についてですか? それは、かっこ――凄いと思います」
思わず『かっこいい』と言いかけた言葉を言い直す。
さすがにこの真面目な雰囲気で言う言葉ではないと思ったの。
「そう、彼は凄い。高校生とはとても思えないくらいにだ。だが――だからこそ、危うい。このままいけば、彼はいずれ壊れるだろう」
「え……?」
お父さんの唐突な発言に、私は自分の耳を疑った。
そして聞きたくもなかった。
お父さんが言う事は、よく当たるから――。
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