第173話「ラノベ脳」
「ただいま――あれ、海君は?」
家に着いてすぐリビングに向かった私は、海君がいない事に気が付く。
よく部屋にこもる海君ではあるけど、私が帰る時間帯は大抵リビングでラノベを読んでいる。
もしかしたら、私の事を待っててくれてるのかもしれない。
――やっぱり海君は優しい。
「おかえり、お姉ちゃん。お兄ちゃんは、行かないといけない所があるからって、家に帰ってきてないよ」
私が海君の普段の行動について勝手に解釈していると、エプロンを巻いたかわいい妹が答えてくれた。
あどけない表情をよく浮かべる桜は、私にとってとてもかわいい自慢の妹。
こんなかわいい妹は他にいない。
「平日に海君が一人で外出するって珍しいわね。どこに行くかまでは言ってなかったの?」
桜の前だけでは、私はなるべくクールでかっこいい姉を演じる。
やっぱりかわいい妹には尊敬される姉でいたいから。
たまに、海君のせい(本当は自分のせい)でその仮面は剥がれるけど、桜は特に疑問を持たないみたいでツッコまれた事はない。
というか、海君はこんなにもかわいい妹を一人にして、どこに行ったのかな?
もし桜が一人の所で泥棒が入ってきたらどうするつもりなの?
こんな幼気な少女が一人で家にいたら、簡単に攫われちゃうじゃん!
「なんだか、お姉ちゃんが酷い事考えてる気がする」
料理を作っている桜が、私の顔をジッと見つめていた。
いけない。
この子は誰よりも鋭いんだった。
「いえ、いつもは妹にベッタリなのに、その妹を一人にして海君はどこに行ったのか気になってるのよ」
私はなるべく、嘘にならない範囲で答える。
桜は嘘をつかれる事を一番嫌う。
そして、嘘をつけばあっさりと見抜かれてしまう。
だから、この子には嘘をついたら駄目なの。
「桜もよく知らないの。ただ、用事があるって言ってただけだから」
「そう……」
本当に、どこに行ったのかな?
最近海君全然相手にしてくれないし、いい加減かまってほしいのに。
――いいじゃん!
だって、最近本当にかまってもらえないんだもん!
夏休みが終わるまでは海君宿題に追われてたし、終わってからも『用事があるから』って全然かまってくれない!
エロゲーに誘っても、『テストの勉強をしたほうがいいよ?』って返してくるし、いつも読んでたラノベの新刊が出た時に感想を言い合おうとしたら、『ごめん、まだ読めてない』って言うんだもん!
いつから海君はそうなっちゃったの!?
前までは、新巻が出たら真っ先に買って読んでたくせに!
エロゲーだって、徹夜してまでクリアしたりしていたのに!
……ごめん、徹夜してたのは、私がわがままを言って付き合わせてただけだった。
仕方ないじゃん!
だって、エロゲーってキリがいいとこで終わろうとしたら、すぐに気になる話が出て来て中々やめられないんだもん!
次の日が休みとかだったら、そりゃあ徹夜でやっちゃうよ!
「お姉ちゃん?」
私が頭の中で誰かしらに言い訳をしていると、桜が心配したような表情で見つめていた。
「うぅん、なんでもないわ。ちょっと部屋に戻って着替えてくるわね」
「あっ――うん。お風呂も入れてあるから、先に入っちゃってもいいよ」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
さすが出来た妹。
今日は暑くて汗もかいたし、ご飯の前にお風呂に入っておきたかった。
私がしたい事を見越して準備しておいてくれるなんて、桜はいいお嫁さんになると思う。
……どうしよう、海君のお嫁さんになりたいとか言い出したら……。
桜は傍目から見ても海君に懐いてる。
見た感じは妹がお兄ちゃんに懐いてるだけというふうに見えるけど、これからもそうだとは限らない。
最近、海君へのべたつき度が上がった気もするし……。
うぅ、かわいい妹とはいえ、さすがに海君は譲りたくない……。
でも、悲しませたくもない……。
だから、どうか、海君の事は恋愛感情では好きにならないでほしい。
というか、これ以上ライバルが増えるのは本当にやめてほしい。
ただでさえ、雲母や平等院アリスさん、それに小鳥居さんっていう怪しい存在が出てきたのに、海君が凄くかわいがってる妹までこの恋愛戦争(?)に参戦だなんて、いよいよ私の立場が霞む。
告白しようとしてもなんだか邪魔が入るばかりだし、せっかく海君に見てもらおうと思って描いたイラストもまだ見てもらえてない。
きっと、神様は私の事が嫌いなんだ。
だから邪魔ばかりするんだ。
いいもん、どれだけ邪魔されようと、私は大きなチャンスを手に入れてるんだから。
次のテストで一番を取れば、海君はなんでもお願い事を聞いてくれると言った。
しかも、平等院アリアさんとの勝負も含めて二つも!
このチャンスだけは絶対に逃せない。
ここで一番を取って、私はまず海君とエロゲーを一緒に徹夜でしてもらう!
そして彼女がほしくなるような気持ちにさせて、そのままデートに行くの!
当然お願い事を聞いてもらうって権利を行使するから、拒否権は与えない。
最後は、夜景が綺麗な清水町の丘に連れて行ってもらって、雰囲気がよくなった所で告白!
これならあの、姉弟って事ばかり気にする朴念仁の海君でも落とせる気がする!
そのためにも、お風呂から上がってご飯を食べたら勉強しておかなきゃ。
絶対に一番を取らないといけないんだもん。
――ただ、海君が帰ってくれば、ちょっとだけ相手をしてもらうけどね!
たまには息抜きする事も大切なの!
根を詰めすぎると何事も上手くいかないんだよ!
それまでは、こっちで我慢しよ。
自分の部屋に向かう中、私は自分のスマホを取り出した。
そして、いつも使っているSNSのアカウントにログインする。
そう、海君が使っているアカウント――海君といつもやりとりをしている、花姫のアカウントに。
私はいつも、二人で一緒にいる時以外はこちらのアカウントでやりとりするようにしている。
一緒にいる時は直接会話をしたいけど、離れ離れになってる時くらいは花姫でやりとりしないと、忘れられたら悲しいもん。
とはいっても、一緒にいる時間が長かったせいで、中々こっちではやりとり出来なくなってたけど……。
でも、私は知ってる。
二人でいる時、たまに海君がスマホにメッセージが来てないか気にしていた事を。
彼にとって、花姫は今でも大切な友達なんだ。
……ここで、私が知らない女の子とのメッセージを気にしていたとか、そんなオチはいらないからね、神様。
ちゃんと、花姫の事を気にしてくれてるはずだもん!
その証拠に、おやすみメッセージとか送ったらすぐ返事くるもん!
もしここで花姫は相手をしてくれないからどうでもいいとかになってたら、本当に泣くから!
海君が花姫の正体に気付いてないだけで、私としては海君の事も大切にしてるんだからね!
だからそんな展開本当にいらないよ!
私は意地悪ばかりする神様に文句を言いながら、海君にメッセージを送るのだった。
――『展開』という言葉が頻繁に浮かんでる事で、ちょっとラノベ脳になってきてるんじゃないかと心配したのは、ここだけの話。
いつも読んで頂き、ありがとうございますヾ(≧▽≦)ノ