第172話「誰のため」
「おそらく、今二人の重要性を説くのは時間の無駄でしょう」
失礼と理解していながらも、俺は敢えてここでアリスさんと龍に関しての話は終わらせる。
本当なら彼らがどれだけ重要な人物か説明、もしくは彼らが関わらない方法を提案してみるのが筋だろう。
それなのに、龍たちの事を説明する必要がないとわざと明言したのは、西条社長の反応を見るためだ。
俺が説明する必要がないと言った時、西条社長の眉がピクリと動いた。
ただ、これだけでは俺の発言を挑発と捉えたのか、それともこう捉えたのかはわからない。
『説明をしなくても、本当は二人の重要性を理解しているのでしょう?』と。
もし前者だとすると、俺の印象は悪くなっているだろう。
逆に後者なら、少なくとも西条社長が何か企んでいる事に気が付いていると捉えてもらえ、評価は上がったと思える。
西条社長が本当に優れた人なら、問題なく後者の意味で捉えてくれているだろうが、例え前者で捉えられていたとしても、この人の力量がそれだけだったというだけの話で問題はない。
いやむしろ、この場合は前者で捉えてくれているほうが有り難いと言える。
後者なら、どうして龍たちに関してとぼけたのか、理由が気になるからだ。
龍たちが西条財閥の関係者なら隠す理由は明白だ。
優秀な彼らに変な人間たちが近寄らないようにする。
彼らに負担がかからないようにする。
時が来るまで大人しくさせといて、時が来れば一気に力を発揮させる。
そういった理由で説明がつく。
だが、ライバル企業の重要人物を隠す必要など一切ない。
隠す理由があるとすれば、それは後ろめたい理由があるからと捉えるべきだろう。
アリスさんや龍が黒いとは思えない。
だから、もしかしたら西条社長は二人を利用しようと考えているのかもしれない。
企みを見抜くのは不可能だが、せめて何か企んでいるかどうかはここで見極めておきたい。
しかし、その部分に集中しすぎて目的を忘れてはならない。
あくまで俺がここにいるのは、雲母のためなのだから。
――いや、違うな。
これは俺が勝手にしている事だから、自己満でしかない。
雲母の気持ちを聞いていないしな。
だから結局は俺のためなんだ。
あいつが悲しむ姿を見たくないという、自分の思いにただ従っているだけのな。
俺はより一層深く西条社長を観察しながら、話を変える事にする。
「話が凄くずれてしまいましたので、最初に戻させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ふむ、問題ない」
「それでは――私の条件、呑んで頂けますか?」
多分、西条社長はまだ呑まない。
なんらかの要求があると思っておくべきだろう。
「今の雲母を西条財閥に戻すのは避けたい」
やはり、西条社長は遠回しに断ってきた。
この男の目からすれば、雲母はなんの成果もあげられていない。
今までの一年半――いや、雲母がアリアに嵌められた時から数えれば約二年か。
それだけの時間を無駄にするようなものだと考えているはずだ。
ここで、俺は先ほど新たに手に入れたカードを切る事にする。
「そうですか……。残念ではありますが、仕方ありませんね……」
「ふむ、わかってくれるか」
「えぇ――これ以上話し合いをしても、無駄だというのがわかりました。ですから――俺は、雲母を貰います。そして、平等院アリス、黒柳龍に協力を求め、西条財閥に打って出させてもらいます」
「な、何を馬鹿な……」
傍から聞けば、頭のおかしな人間の発言。
当然、西条社長も戸惑いの色を示す。
いや、普通なら当然ではないか。
西条社長だからこそ、当然なのだ。
そして、西条社長は戸惑っているだけでなく、焦っているようにも見えた。
額から汗を流し、ゴクリと何度も唾を飲み込んでいる。
奥さんのほうも驚いた表情をしていた。
俺は今、西条社長たちが龍やアリスさんの重要性について知っている事を確信した。
おそらく西条社長と同じ立場にある別の人間がいたとして、その相手に同じ話をした所で、馬鹿にされるか笑い飛ばされるのがオチだろう。
前に不知火さんが言った通り、いくらネットや業界で騒がれるKAIだとしても、大手企業が相手ではただ潰されるだけだ。
俺一人では出来る事などたかが知れているからな。
そして、重要人物でもない平等院姉や、西条財閥次期当主の彼氏が味方についた所で、何も怖くないと見るのが普通だ。
だから子供の戯言だと馬鹿にされるのが関の山だと思う。
それならば、なぜ西条社長はこれほど動揺しているのか。
――簡単だ。
不可能じゃないと、理解しているのだ。
平等院アリス、黒柳龍の二人が俺に手を貸せば、西条財閥を揺るがす事態になり終えない事を。
これが片方だけなら、多分ここまでは動揺しないと思う。
例えば財閥自体を動かす力が龍にしかないとしよう。
そうなれば、結局は紫之宮財閥と西条財閥の一騎打ちになるだけだ。
平等院財閥が、三大財閥の一角を潰せるチャンスと見て横やりを入れてくる可能性はあるが、それはあくまで可能性の話。
この場合は一騎打ちになるという見方が正しく、そして一騎打ちであれば同規模の財閥である以上お互いに経営が悪化する事はあれど、一方的に潰される事はまずない。
しかし、そこでもう一つの財閥が確実に潰しに来るとなれば、当然狙い撃ちされたほうはひとたまりもない。
だから、二人の重要性を西条社長は知っていると見る事が出来る。
「――冗談ですよ」
動揺を隠しきれていない西条社長に、俺は笑顔を返した。
なんせ、本気で実行する気などさらさらないのだから。
理論上は可能であろうと、実質はほぼ百パーセント無理な手だ。
アリスさんや龍が、こんな事に手を貸すはずがない。
二人とも誰かを陥れる事を嫌うタイプだからな。
ましてや、雲母が望むはずがない。
あいつが本当は優しい子だという事を俺はよく知っている。
そんな子が、自分の親を不幸にする道を選ぶはずがない。
それが例え、自分を見放した最低の親だろうと。
正直通じないと思っていたハッタリに近い手ではあったが、アリスさんと龍の存在が西条社長に、万が一の事態を錯覚させてくれたのかもしれない。
「神崎君、言っていい冗談と、悪い冗談があるぞ」
「申し訳ございません」
ここは素直に謝っておく。
あくまで、これは冗談だったという事で話を進めるためだ。
しかし、西条社長の頭の中では、『本当に冗談なのか?』という疑問が残っているはずだ。
限りなくゼロに近い事態。
だが、一パーセントでも可能性があるのなら、会社を率いる人間としては避けたいと意識するのが人間の心理だ。
さて――最後の詰めに入ろう。
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