第171話「切れるカードは全て切る」
「雲母を西条家に戻す……か。どうして君がそんな事を望む?」
西条社長の目つきと、口調が変わった。
目はまるで、俺を品定めしているかのようだ。
口調は丁寧さを残しながらも、敬語ではない。
そして纏っている雰囲気からは、優しさなど抜け、真剣さが滲み出ていた。
俺は西条社長から出る雰囲気に息を呑んだ。
威圧などしてきていないにも関わらず、言葉にしようがないほどの威圧感を感じた。
これが、トップに立つ者の本気か。
「あなたが出した条件により、あいつは苦しみました。……いえ、言い繕わずに言葉にしましょう。あなたが逃げ帰った雲母を突き放した事により、あいつは道を外しました」
俺は下手に出ず、真実を口にした。
雲母を名前で呼んだのは、親しい関係のアピールだ。
切れるカードは全て切る。
例え西条社長の怒りを買う事になろうとも、ここは真正面からぶつからなければならない。
「道を外した、とはどういった行為だね?」
「自分が一番になるために、現在一番にいる子を嵌めて蹴落とそうとしました。凄く、最低なやり方でね」
「ふむ……」
西条社長は特段驚いた様子もなく、口に手を当てて考え込み始めた。
この人にとって、雲母がそういう行動に出る事も想定内だったのだろうか?
そうなれば、ますます許し難い。
「なるほど、君が嘘をついているように見えない。だとすれば、雲母が道を外したのも本当なのだろう。だが、私の問いに対する答えではない」
それだけ、か……。
確かに俺が答えたのは西条社長が聞いてきた事からは外れている。
だが、実の娘が道を外した事に対して、それだけで終わるのか?
あんたにとって、雲母はどうでもいいのか?
あいつが何をしようと、自分には関係ないのか?
俺の中で、怒りに近い様々な疑問が浮かんでくる。
本当なら、全て問い詰めたい。
だけどそんな事をすれば、全てが駄目になる。
望む結果のために相手を怒らせるのはいいが、感情のままに相手を怒らせても得られるものなどない。
ただ、全てが無に帰すだけだ。
雲母のお母さんのほうは、俺たちの会話に水を差すつもりはないのか、黙って俺を見つめているだけだった。
この人も、西条社長と意見は同じなのだろうか?
気にはなるが、俺は西条社長の質問に答える事にする。
「もしあなたが雲母の成長を願って彼女を追い詰めるような条件を出したのなら、それは間違っています。結果、先ほど言ったように彼女は道を踏み外しました。あなたが出した条件は、あいつを苦しめるだけでいい方向に進んでいないんです。その事に私は価値があると思えません。だから、取り消してほしいんです」
「君はそういうが、他の所から雲母は十分力を付け始めていると聞いている。私は、間違っていなかったと思うが?」
他の所――つまり、学園内に雲母を監視する人物がいるというわけか。
そうとなれば、雲母がした事自体をこの人は知っているのではないか?
雲母が、咲姫を陥れた事を。
俺の事を調べているという事は、咲姫と俺が姉弟の関係にある事を知っていてもおかしくない。
ただ、雲母にその情報を伝えていなかっただけで。
だから全てを知った上で、俺に対して平然とした態度をとっていると捉えるべきだろう。
優しそうな仮面を着けているだけで、この男は最低な人間だと思った。
それは、雲母に対する判断も当然含む。
「他人を陥れてでも、あいつが成長すればよかったという事ですか?」
「まぁ結果論でしかないがね。ただ、この世界は他人を蹴落す事によって、上に立つ事が成り立っている。その事を理解するにはいい機会だったと私は思っているよ」
……ふざけるな。
他人をなんだと思っているんだ。
「私はそうは思いません。他人を蹴落とすのではなく、他人と手を取り合うからこそ得られるものがあるはずです」
「子供の理想論でしかないな。この世は汚い人間ばかりだ。君もそれを理解しているのではないか?」
「確かに、他人を利用する事しか考えていない人間は多いです。それは否定出来ません。しかし、全員ではない」
「少数の人間だけで何を成し得る事が出来ようか。他の大多数に潰されて終わるだけだ」
「例え少数だろうと、立場、持つ力によっては可能だと私は思います」
「何か考えがあるのかい?」
「そうですね――」
ごめんなさい、アリスさん。
あなたの考え、利用させてもらいます。
「――例えば、三大財閥を率いるそれぞれの人間が手を取り合うだけでも、世の中に与える影響は大きいと思います。そこで経営の仕方を変えれば、わざわざ他人を蹴落とすやり方よりも、手を取り合うやり方に誘導する事は出来ると思います」
俺は前々からアリスさんが目指しているという、理想に近付く方法としてのやり方を提案した。
「ハハハ、それこそ机上の空論でしかない。野心の強い平等院財閥や紫之宮財閥が手を取り合うはずがない。手を取り合うふりをして、要所で裏切られて吸収されるのがオチだ」
しかし、俺の提案は西条社長に笑われてしまった。
――わかっている。
このままでは、西条社長が首を縦に振るわけがないと。
だから俺はスマホを取り出す。
この手を使えるのは、アリスさんがあいつと知り合わせてくれたおかげだ。
アリスさんには、本当に感謝しないといけないな。
「実は、私は平等院財閥長女、平等院アリスさんと懇意の関係にあります」
本当はここでスマホにある俺とアリスさんのやり取りを西条社長に見せて証明するつもりだったが、ここで出すのはやめた。
見られたくない内容もあり、出来る限り見せたくなかったのだ。
それでも見せるべきだとは思っていたが、西条社長が俺について調べ上げているとわかった時に、それは不要だと判断した。
俺とアリスさんが仲良くしている事は、調べた時にわかっているはずだからだ。
「ふむ、それは知っているよ」
案の定、西条社長は肯定した。
もう調べている事を隠すつもりもないみたいだ。
「そして、私は黒柳龍という少年とも仲良くさせて頂いています」
「黒柳? ――あぁ、紫之宮財閥次女と付き合っている子か」
驚いた……。
龍の事も知っていたのか。
紫之宮財閥次女に彼氏がいるなどの噂はネットでも流れていない。
しかし、業界では知れ渡っているという事なのだろうか?
それとも、この男が紫之宮財閥次女の事も調べていたという事なのか?
わからないが、ここで気にするべき内容ではないか。
説明をする手間が省けたと捉えよう。
「しかし、君が黒柳君と仲良くしている事など聞いた事がないが?」
日本では俺が龍と会っていないため、どうやらあちらさんにはその情報がいっていないみたいだ。
「私が彼と知り合ったのは、アメリカですからね。ただ、これを見て頂ければ少しは信憑性を持っていただけるかと」
俺は普段から龍とやりとりしているメッセージを西条社長に見せた。
このためにスマホを取り出したのだ。
もちろん、予め龍には了承を得ている。
「確かに仲は良さそうだが――これだけでは、君が作った偽アカウントだと思わざるをえない」
「もちろん、そうおっしゃられるとは思っていました。ですが、KAIの名に誓って嘘ではありません。今私と話している間にそのスマホを使うなり、本人に確認をとるなりして頂いてかまいません」
「………………いや、そこまでする必要はないだろう。君がそう言うのなら、それを信じよう」
西条社長は少し考えた後、俺の事を信じると言ってくれた。
……やけにあっさりと信じたな。
これからKAIと一緒にやっていくために、少しでも信頼関係を成り立たせようとしているのか?
もしそうだとするなら、俺は考えを改める必要がある。
『この男は、思ったほど凄くない』っと。
いくら信頼関係を築きたいとはいえ、今現在では会ったばかりなのだ。
少なくとも、裏は取るべきだろう。
その判断を誤ったという事は、俺が買いかぶり過ぎていたと考えるべきだ。
「信じて頂き、ありがとうございます。さて、この二人と私が懇意の中にあるという事は、少なくとも先ほど述べさせていただいた三大財閥が手を取り合う事が不可能ではないと、理解して頂けましたか?」
俺は自分の考えている事を顔に出さず、笑顔で告げた。
「不可能ではない――確かにそうだが、それでも可能性は低い。なんせ、その二人はどちらの財閥にとっても主要人物ではないのだからな」
まるで期待外れ。
そんなふうにとれる態度で、西条社長は溜息をついた。
彼が何を考えいているのかはわかる。
『KAIとはいっても、所詮子供か』
――きっと、そんなふうに考えているのだろう。
アリスさんはこの業界で『何を考えているかわからない、不思議な少女』と思われている。
なぜなら、彼女が猫を被っているからだ。
そして龍も、次期当主である紫之宮財閥次女――紫之宮楓さんの彼氏とはいえ、外から見れば彼には何も決定権がない。
つまり、どちらも財閥に影響を与える事が出来ない人間だと西条社長は言っているのだ。
きっと確率が限りなく零に近い提案をしてきた事で、西条社長は俺に失望しただろう。
だが、それは大きな間違いだ。
『能ある鷹は爪を隠す』というが、アリスさんがまさにそれなのだ。
今は頭角を現していない彼女だが、数年後、絶対に前線に立つ。
いや、前線ではなくとも、裏からアリアを操る立場に行くだろう。
彼女の理想を成し得るには、彼女自身が動かなければならないからだ。
龍に関しても、アリスさんから紫之宮財閥を今後率いるのは彼だと聞いている。
そして、俺も同じ考えだ。
龍は謙遜して否定しているが、紫之宮財閥次女だけではなく、前に会った紫之宮愛さんも龍に絶対的な信頼を寄せている事を俺は知っている。
それだけではない。
彼に信頼を寄せているのは、紫之宮会長――つまり、紫之宮姉妹の祖父も同じなのだ。
それらは全て、アメリカで龍の話を聞いているうちにわかった。
多分だが、更生したという紫之宮社長も、ある程度は龍に信頼を置いているはずだ。
次期当主は紫之宮楓さんになるだろうが、絶対に紫之宮財閥にとって龍の意見は無視できないものとなっているはず。
ましてや彼を慕い、彼に付いていく、情報収集に優れた龍の相棒や映像記憶能力を持つ少女を手放さないためにも、それは欠かせない。
西条社長が主要人物ではないと判断した二人は、実はもっとも重要な人物なのだ。
それを理解していない彼は………………いや、待て。
本当に、西条社長はその事を理解していないのか?
俺が入室してから見せた凄さの割に、後半隙というか、抜けが目立つ。
もしや、わざと気付いていないふりをしているんじゃないのか?
アリスさんの事は知らなくてもわからなくはないが、龍を重要人物ではないと判断した西条社長に俺は違和感を感じた。
なんせ、紫之宮社長の更生は俺よりも西条社長のほうが驚いたはずだ。
きっと、龍に関してもその時調べてわかったのだろう。
だとしたら、なぜ龍を重要人物ではないと言える?
龍が何をしたか、西条社長も詳細まで調べているはずだ。
俺は龍の話を聞いて、彼がどれだけ紫之宮財閥に影響力を持つ人間か理解したのに、この男が理解していないとは考えられない。
だから、これはわざととぼけているのではないか?
そう思った俺は、一つこちらから仕掛ける事にした。
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