第170話「KAIが要求するもの」
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「――旦那様、KAI様をご案内しました」
屋敷に着き、長い廊下を歩かされて着いた部屋の前で、メイドさんがノックをして俺の事を告げた。
「入って頂きなさい」
中から聞こえた男性の声は、とても穏やかなものだった。
声色だけで察するなら、返事をした男性は優しい性格だという事が窺える。
旦那様と呼ばれて返事をした事から、この人が雲母のお父さんで間違いないだろう。
俺はメイドさんに促されるまま、ドアをノックして挨拶をし、中へと入る。
中に入った俺を待っていたのは、二人の男女。
片方は中年太りで髭を生やした男性。
顔は、声と同じように優しそうな雰囲気を纏っていた。
もう片方は長い黒髪を伸ばしており、歳を感じさせはするがとても美人な女性だった。
女性のほうには少し、雲母の面影がある。
そして、朝比奈さんが描いた『大和撫子』のモデルの女の子に似ている。
雲母が髪を染めてギャルっぽい恰好をしなければ、きっとこの人のようになるのだろう。
どうやら雲母は、お母さん似のようだ。
「よく来てくれたね、KAI君――いや、神崎海斗君」
西条社長は笑顔で俺を迎えてくれた。
凄く歓迎ムードだ。
しかし、俺は逆に気を引き締めた。
なんせ、俺は自分の名を名乗っていない。
それはメールでも同じだ。
つまりここで俺が姿を現すまで、まず俺が学生だという事もわからなかったはずだ。
それなのにも関わらず、動揺した様子もなく平然とした態度で俺の名前を呼んだ。
これが何を意味しているか。
KAIの正体に気が付いていた?
――違う、そんなものじゃない。
もしそうなのであれば、メールでのやりとりでそれを匂わせた文面を書いてくるはずだ。
俺を少しでも動揺させ、交渉を有利にするために。
だが実際は、一切そんな雰囲気はなかった。
それには確信を持てる。
では、なぜ俺が気を引き締めたか?
――簡単だ。
神崎海斗という人間を、一目見てわかるくらいにはこの人がKAIではなく俺の事を調べていると理解したからだ。
過去に雲母が俺の事を調べるよう頼んだ事はある。
しかし、その時の俺は髪を切っていなかった。
少なくとも、外見だけでは判断出来なかったはずだ。
いつから調べられていたかはわからない。
もしかしたら、雲母が連絡してからずっと観察し続けられていたのかもしれない。
どれだけの情報が握られているかわからない以上、少なくともハッタリは使えないだろう。
……まぁ、関係ないか。
そもそも日本を代表する財閥のトップに立つ男に、ハッタリなどかますつもりはない。
どうせ通じるわけがないからな。
出端をくじかれた、ただそれだけだ。
「お初にお目にかかります西条社長、それに奥さん。改めまして、KAIこと神崎海斗です」
「ふふ、やはり若くても礼儀がなってますね」
笑顔で挨拶して頭を下げた俺に対して、奥さんが嬉しそうに微笑んだ。
こちらも、見た目通り優しそうだ。
「神崎君、立っておらずにそちらに座ってください」
「はい」
西条社長に促され、俺は彼らの向かい側となるソファに座った。
相手が学生なのにも関わらず、西条社長の腰は低い。
君呼びしているのは、少しだけ距離を詰めてきているという事なのだろう。
この人が評判の高い西条社長か。
噂通り、好感を持てる優しい人だ。
しかし――この人が、追い詰められた雲母に更に追い打ちを掛けた人物だという事を、俺は知っている。
その事実がある限り、顔では笑顔を作っていても心を許すつもりはない。
「さて、神崎君。早速だが本題に入らせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。それではあなたが出してくれた条件――学園を卒業後、弊社に入社して頂けるという事は誠ですか?」
期待を隠しきれていない表情で西条社長が確認してきたのは、KAIが西条財閥に入社するという事についてだった。
これは、俺がメールで提案したものだ。
今まで連絡を取る事すら難しかったKAIからの提案に、西条社長はすぐに会いたいと言ってくれたのだ。
当然、俺がこんな提案をしたのにもわけがある。
「はい、そうです。ただ、私の条件を呑んで頂けるのであれば、ですが」
「ええ、心得ています。それで、あなたが望むものはなんでしょうか? さすがに限度はありますが、可能な限り良い待遇にしますよ。特に給料などは弾ませて頂きます。それだけの利益という見返りがありますからね」
「いえ、待遇などどうでもいいです。普通の社員として扱って頂ければ、それで」
まぁ、日本を代表する大手財閥の社員としての待遇は、普通でも他の会社の社員からすればかなりいいだろうが。
「それでは、一体何を望むのですか?」
俺が望んでいる事がわからないといった感じで、怪訝な表情をした西条社長が首を傾げる。
だが、奥さんのほうは更に嬉しそうに微笑んだ。
この対極ともいえる二人の表情が何を意味しているのか。
それはまだわからない。
だが、俺と雲母の繋がりは絶対に知っている。
その上で待遇以外の何を求めているのか、わかっていないと考えるのは早計な気がする。
西条社長のこれは、演技なのではないか?
そう疑問を抱きながらも、俺は自分が心から望んでるものを告げた。
ずっと苦しんできた彼女のために――
「――西条雲母へ出した条件の取り消し、尚且つ彼女を西条家に戻して頂きたい」っと。
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