第168話「歩み寄り」
「きりーつ、きをつけー、れーい!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
「はーい、みんな明日も元気に学園に来てねー!」
日直の挨拶でホームルームが終わり、帰る準備が終わった者から次々と帰っていく。
俺もさっさと教科書などを鞄に入れ、席を立った。
一瞬だけアリスさんがアリアに気付かれないよう俺に視線を寄越したが、俺は首を横に振る。
そして、スマホを取り出した。
『今日は行かないといけない所があります。あれは、明日からお願いします』
メッセージでアリスさんに言いたい事を伝えると、すぐに返信がきた。
『わかった。そっちのほうがこっちの準備も間に合う』
準備……?
俺が頼んでた事に準備するものなんてあったかな?
……まぁアリスさんの事だ。
何か考えがあるのだろう。
あまりゆっくりしているわけにもいかないし、彼女の事を信じて任せておこう。
俺はこれから、東京に行かないといけないんだから。
「雲母、悪いけど途中まで桜ちゃんを――雲母?」
帰り道が途中まで同じな雲母に桜ちゃんの事を頼もうとすると、雲母の様子がどこか変だった。
そういえば、最後の授業の時は上の空でいたような気がする。
俺が懸念している、アリアの行動によって雲母が傷付くという事はまだ起きていないはずだ。
その動きを、アリアがまだ見せていないから。
となると、朝比奈さんが接触してきたのだろうか?
だが、それなら仲直りしてるはずだろうから違う気がする。
今の雲母は、思い詰めたような表情をしているからだ。
やっぱり、本人から聞かないとわからないよな……。
「雲母、大丈夫か?」
「えっ? な、何が?」
「なんだか思い詰めたような表情をしてる。何か起きたのか?」
俺の問いかけに対して、雲母の目が泳いだ。
しかし、すぐに笑顔を浮かべて首を横に振る。
「うぅん、なんでもないよ。大丈夫」
「そうか」
なんでもないわけがないが……雲母が話そうとしないのなら、仕方がない。
俺はそう思って話を終わろうとするが――やっぱり、見過ごす事が出来なかった。
この後大切な用事はあるが、その用事より雲母のほうが大切だ。
先方には頭を下げて別の日にしてもらう事も出来るし、雲母が思い詰める程の理由なら早めに解決しておきたい。
もう一歩だけ、俺のほうから歩み寄ろう。
でも、普通に聞いた所で雲母は話さないと思う。
……動揺を、誘うしかないな……。
俺は覚悟を決め、ゆっくりと雲母の頭に手を伸ばした。
そして、ゆっくりと撫で始める。
「「「きゃあああああ!」」」
直後、まだクラスに残っていた女子たちのうるさい、黄色い声が上がった。
雲母は『え? え?』と、戸惑いの声を出している。
俺は恥ずかしい気持ちを抑えながらも、周りの視線を意識から外し、雲母の目を見つめた。
「何かあったのなら、一人で抱え込まずに話してほしい。力になれるのなら、俺は力を貸すからさ」
「あっ……」
雲母の綺麗な瞳が大きく揺らいだ。
少しだけ俺の目を見つめ返してくると、そのまま俯いてしまう。
話すかどうか、悩んでいるのかもしれない。
俺は促すように、ゆっくりと丁寧に雲母の頭を撫で続ける。
すると、雲母の手が、頭を撫でてる俺の手を優しく掴んだ。
そして、自分の頰へと導く。
予想外の行動に驚きはしたが、雲母のしたいようにさせ、俺は成り行きを見守る事にした。
「温かい……」
俺の手に頰すりをし始めた雲母が口にしたのは、俺の体温に対する感想だった。
俺はなんとか平然を保っているが、実際はこの状況に顔から火が出るくらい恥ずかしさが込み上げていた。
多分クラスメイトたちは、この状況を物珍しそうに見ている事だろう。
「――ふふ」
そうしていると、急に雲母が笑いだした。
さすがに心配になってくる。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。私、何を思い詰めてたんだろう。例え何を言われたとしても、もう自分がこれから進む道は決めてたのに。だから、怖いものなんてないんだった」
雲母が何を言ってるのか、俺には理解出来ていない。
ただ、雲母が思い悩んでいた事に関するものだという事だけはわかった。
「力、貸そうか?」
「うぅん、大丈夫。もう私一人で大丈夫だよ」
顔を上げた雲母が答えた内容は、先程とあまり変わらなかった。
俺に助けを求めるつもりはないらしい。
ただ、顔付きが変わった。
先程まで思い詰めていたのが嘘かのように、今は真っ直ぐとした目をしている。
きっと強がりでもないんだろう。
だから俺はそれ以上踏み込む事は止め、こう言う事にした。
「そっか、頑張れ」
「うん!」
俺の言葉に対して、雲母は満面の笑みを浮かべた。
これなら、大丈夫だろう。
そう思った俺は、鞄を手に取りクラスを出た。
どうやら雲母には用事があるみたいだし、今日だけは桜ちゃん一人で帰ってもらおう。
さすがにあの子も、家までの帰り道は覚えたからな。
俺がクラスを出ると、後ろから付けてくる足音が聞こえた。
雲母か、または別の生徒が同じように玄関に向かってるだけかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
「こんな暑いのにイチャつくんじゃないわよ」
「――っう……!」
その一言と、一発の蹴りを入れてアリアが俺を追い抜かして行った。
ふ、不意打ちなんてどこまで卑怯なんだ……。
まぁしかし、あいつにとって先程のやりとりは目障りだっただろうからな……。
凄くイラついたのだろう。
ただ、こうもあっさり手が出るのか。
俺に負けて家で暴れまくっていると聞いた時から思っていたが、やはりあいつは不満が一定以上溜まると手が出るようだ。
……普通なら嫌うが、今回は都合がいい。
どうやら、事は思い通りに運びそうだ。
「――さて、俺もそろそろ行くか……」
今日の相手は気を引き締めてかからないといけない。
一つ間違えれば、取り返しのつかない事になってしまうから。
これからの事を考えても、絶対にしくじるわけにはいかない。
俺は一度深呼吸し、痛む腰を抑えながら目的地へと向かうのだった。
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