第167話「守る事が出来ない約束」
「声優……?」
突然覚悟を決めたような顔で話し始めた春花の口から出た内容は、俺の予想もしていないものだった。
そう、春花は俺と離れている間に声優になっていたのだ。
「うん、意外だよね……? えっとね、活動名は――」
「――秋刀魚春」
「えっ?」
「あっ……ごめん」
春花が声優をしていると聞いてから頭に浮かんでいた名を、咄嗟に口走ってしまった。
新人声優なのにも関わらず、既に一定層から人気がある売れっ子声優の名を。
「海斗君……知っててくれたんだ……」
「という事は、春花の芸名って……」
「うん、秋刀魚春は私、小鳥居春花の活動名だよ。海斗君が知っててくれたなんて、凄く嬉しいよ」
本当に嬉しそうな顔で春花は笑った。
逆に俺は、驚きのあまり声が出なくなってしまう。
ただでさえ生の声優さんと話すという貴重すぎる体験をしているのに、まさか春花が俺の推している声優さんだったなんて……。
「海斗君?」
「あ、ごめん……ちょっとボーっとしてた……。でも、春花ってアニメ好きだったっけ?」
中学時代にそんな会話をした記憶はないと思うが……。
「あ、うん、そうだよ……。海斗君には、ずっと隠してただけなんだ……。だってあの頃の海斗君……アニメとか、全く興味なかったんだもん……」
「あぁ、そういえばそうだったな……」
確かにあの頃の俺は、あまりアニメを見ていなかった。
アニメを見るよりもサッカーや野球をしたり、後は皆とゲームをしたりするほうが好きだったから。
春花が話すのにためらっていたのも、頷ける。
俺も興味がない相手にアニメの話をするなんて無理だからな……。
でも、今の俺はアニメや漫画が大好きって事を以前に話した事がある。
だから、声優という事を打ち明けるのに、あんなに覚悟を決めたような顔をしなくてもいいと思うが……?
「声優って事ね……実はお父さんたちに誰にも言ったら駄目って言われてたの」
俺の表情から察したのか、春花が話す事に躊躇った理由を教えてくれた。
「どうして?」
「良くも悪くも周りの目が変わるからって言ってた。受け入れてくれなかったら、虐めの対象にされるかもしれない。受け入れてくれたとしても、今度はお金目的なんかで近寄ってくるかもしれないって……。だけど、海斗君はそんな事しないってわかってるから、お父さんたちとの約束を破ってでも知ってほしかったの」
両親との約束があるが、俺を信頼してくれて話してくれたという事か。
信頼には、信頼で答えないと駄目だよな。
「うん、そんな事を俺はしないよ。それに、他の誰にも話すつもりはない。それだけは安心してほしい」
「ふふ、わかってるよ。私は海斗君を信じてるから」
俺は疑ってしまったのに、こうも信頼の眼差しを向けられると罪悪感が込み上げてくるな……。
それにしても、あの春花が秋刀魚春さんだったとは……次から春さんが出演するアニメを観る際には、春花の顔がチラつきそうだな……。
あ、という事は、春花はあの子にも会ってるんだよな?
そう――俺が一番好きな声優さん、かなにゃんに!
別にかなにゃんの見た目が可愛いという事には興味がない。
俺が好きなのは、あの天然のアニメ声と演技力だ。
確か春さんはかなにゃんとも共演していたから、絶対に会ってると思う。
その事を聞いてみたい。
でも、この雰囲気で別の声優さんの話をするわけにはいかないよな……。
だって、まだ春花が声優さんを目指した理由もちゃんと聞いてないのだから。
「海斗君、平等院社長との事を気にしてたよね? 私がそう呼んでるのは、スタジオなどで、スタッフのみなさんがそう呼んでたから、ついそう呼んじゃったの」
「そうなんだな」
確かにそれなら説明がつく。
聞きなれた言葉を咄嗟に口に出してしまう事は、よくある事だ。
……うん。
話を聞けば聞くほど、春花への罪悪感が増していく……。
「私ね、心配なの……」
「あぁ、うん……」
『何が?』とは聞かない。
業界人なら、当然アリアの良くない噂を耳にしているだろう。
容赦なく相手を潰す、アリアの噂を。
そんな相手に俺が喧嘩を売ったと聞いて、春花は心配して声を掛けてきたというわけだ。
「別にね、海斗君が何もなしにただ喧嘩を売ったなんて思ってないの。きっと、誰かのためなんだよね?」
「どうして、そう思うんだ?」
「昔から、海斗君が喧嘩早くなる時はそうなんだもん。自分の事では中々怒らないくせに、友達が馬鹿にされるとすぐに怒る。そして、よく無茶をするよね? 昔だって、友達が部活の先輩から虐められたって聞いて、上級生のクラスに乗り込んで喧嘩してきてたし……」
「耳が、痛いな……」
確かに昔の俺はそんな事をしていた。
上級生ともよく喧嘩をしたし、理不尽に生徒を苦しめる教員とは言い合いの喧嘩をした事もある。
雲母と咲姫の事があった時も、その昔の面が顔を出したよな……。
「そんな海斗君だからこそ、皆からの信頼が厚かったんだと思う。だけどね、私は凄く心配だったの。だって、いつも怪我して戻ってくるんだもん」
「…………ごめん」
もう、なんというか謝る事しか出来ない。
言い訳もしようがないくらい事実だったから。
「だからね、今回も心配なの。海斗君、自分の事なんて気にせず無茶するんじゃないかって……」
そこまで見抜かれてるのか……。
やっぱり一年ちょっとの間ずっと一緒にいただけはあるよな……。
「大丈夫だよ。俺だって、昔のままじゃない。あまり無茶なんてしないよ」
「本当……?」
「あぁ、本当だよ。それに考えてみてくれ。今回俺がアリアとしてる賭けに、無茶する要素なんてないだろ?」
「そうだけど……。でも、負けたら……」
「大丈夫、もし負けたとしてもあいつが要求できる内容は常識の範囲内と決めている。春花が心配してるようにはならないよ」
「………………信じるよ?」
「うん、信じてほしい」
「約束だからね?」
「あぁ、約束だ」
俺は不安そうな表情を浮かべる春花に対して、笑顔で返した。
少しでも、彼女の不安を取り除けるように。
――俺が言い終えた時、丁度チャイムが鳴った。
休み時間に入った事で、この辺にも生徒たちがくるかもしれない。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。声優になったことについては、また今度教えてくれ」
「あ、うん……ばいばい」
俺が立ち上がると、春花は寂しそうな声を出した。
次の授業が始まるまで一緒にいる事も可能だが、春花が叱られないように如月先生に早めに謝っておきたい。
だから、俺は春花に背を向けて歩きだした。
――ごめん、春花。
約束、守る事は出来ない。
心の中で春花に、そう謝りながら――。
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