第166話「少女たちの思い」
「えっと、私はふざけて話してたつもりはないんだけど?」
急に前置きをされた私は、戸惑いながらもツッコミを入れてみる。
しかし、アリスはそれをスルーした。
「君は、カイに追い付きたい、カイの横に立ちたいと思ってる。だからこそ、ハッキリ言う。今の君は、カイの足元にも及ばない。実力も、才能も、覚悟も」
「いきなり、随分な言われようね……。まぁ、わかってた事ではあるけど……。でも、あんたにそんな事言われる筋合いはないわよね?」
若干イラっときながらも、事実なため私は否定できなかった。
でも、そんな事をアリスに言われたくない。
だから私はアリスに続けて文句を言おうとしたけど――次のアリスの一言によって、思わず私は黙ってしまった。
「だけど――カイの横に立つのに、そんなものはいらない」
「え?」
アリスの突然の言葉に私は戸惑ってしまう。
海斗の隣に立つなら必要だと思っていた事を、アリスは平然と否定した。
私は言葉の続きが気になり、黙ってアリスを見つめる。
「確かにカイは凄い。あれ程の人間の横に立つなら、同じくらい凄くならないといけないと思うのもわかる。だけど、カイに必要なのは――うぅん、カイが求めてるのは、自分の傍にいてくれる人間。自分を支えてくれる人間なの」
話し続けるのがしんどいのか、アリスは一旦言葉を切り、息継ぎをする。
だけど、すぐに口を開いた。
「カイは才能や実力で人を見下したりしない。それよりも、人間性を重視する。その点だけを見れば、今君がしてる努力は無駄とも言える」
私がしてる努力――前から勉強していた、心理学や帝王学などの勉強についてだと思う。
そんな勉強をしてるとは、アリスに一切言ってない。
アリアたちが来てから、そういう本を学園で出した事もない。
それなのにその事を知ってるなんて、やっぱり海斗が特別視してるだけはある。
「だけど、君の努力を否定する気もない。ただの学生ならともかく、アリスたちの立場では、他の者に喰われない実力が必要となるから。カイもこちら側の人間。彼一人では対応できない事でも、色々な知識を身に付けてる君がいればどうにかなるかもしれない」
「さっき否定したと思ったら、今度は肯定? 要領を得ないんだけど」
おそらく段階をおいて説明してくれようとしてるんだろうけど、わざと私はつっかかる。
今のアリスに面と向かってものを言うのは、今後のためのいい練習になると思ったから。
「最初に、カイが何に重きを置いてるのかの一点に関しては、と言ったはず。練習するのはいいけど、指摘するなら話をよく聞いておかないとだめ」
あ、やっぱこの子凄い。
態度だけで、私が格上相手に言い負けないよう練習しようとしてるってのがわかるんだ。
それなら今度は――。
「というか、今は時間がないから練習もだめ。話が止まる」
「あ、はい」
有無を言わさないアリスの言葉に、私は思わず頷いてしまった。
まさかこの子に注意される日がくるなんて……。
まぁ、いらない茶々を入れた私が悪いんだけど……。
「アリスは、君にカイの支えになってもらいたい」
「どうしてあんたが私にそんな事を言ってくるのよ」
「君にしかできないから」
「…………?」
アリスが言ってる事の意味がわからず、私は首を傾げる。
そんな私に対して、アリスはニコッと優しく微笑んだ。
「君はカイに一番近い」
「私が……海斗に……?」
私の問いかけにアリスはコクンっと頷いた。
「とんでもない過ちを犯した事がある。孤独を知っている。絶望を知っている。人間の汚さを知っている。裏切りを知っている。――これらは、カイの心にある闇の部分。他の人間には理解できない。これを本当の意味で理解できるのは、似た経験をした者のみ」
とんでもない過ち――私にとっては、咲姫の事。
海斗にとっては、中学時代の同級生の事を指してる。
それに、私はアリアの手によって、孤独も絶望も、裏切りも味わった。
人間の汚さなんて、幼い頃からもう嫌になるくらい見てきた。
幼い頃からお父さんたちに守られていたとはいえ、欲望にまみれた顔で私にゴマをすってくる大人たちは多かったから。
海斗も私が知る限り、少し前まではずっと一人でいた。
あの頃の海斗は、傍目から見ても孤独だった。
絶望や裏切りに関しては、中学時代に味わってるって事?
……私が知る限りだと、問題を起こした頃の海斗がそういう状況だったとは言えないと思うけど……。
もしかしたら、私が知らない暗い過去がまだあるのかもしれない。
それをアリスは知っていて、私が知らないんだとしたら、やっぱり壁を感じてしまう。
いつか、彼が話してくれると嬉しいな……。
人間の汚さに関しては――ネットで騒がれるKAIに間違いない彼が、知らないはずがない。
きっと、あの手この手で彼に取り入ろうとする人間ばかりだっただろうから。
それらは、今まで幸せな環境で育ってきた咲姫や桜が味わってないもの。
小鳥居に関しても、あれだけ優しい性格に育ってるのなら、多分似たようなものだったんだと思う。
アリスは、その事を言いたいみたい。
「カイが抱える闇をわかる事ができる君なら、彼が追い込まれた時一番理解してあげられる。そして、他人の事を思いやる優しさも持っている。中々挫けない強い心も持っている。目標のためなら努力を惜しまない信念すらも持っている。だからアリスは、君にカイの支えになってもらいたい。それが、君の目指しているカイの横に立てる人間。君は、その資格を十分に持っている」
「どうして、あんたは私にそんな事を言ってくれるの?」
「これから先、君がカイに手を差し伸べる事を躊躇わないようにするため。誰かがカイの傍にいないといけなくなった時、他の子のほうがいいなんて考えを持たれたら困る。他の子では、癒しになっても支えにはなれないから」
「だけど、私じゃなくてもあんたがなれるでしょ? 私よりも、あんたのほうが海斗の事を理解してる。それを私は痛感した。それなのに、どうしてあんたは私にその役割を譲ろうとしてるわけ?」
「アリスがいつまでもカイの傍にいられるわけじゃない。多分、今後は君のほうが彼の傍にいる」
「どうしてそんな事がわかるの?」
「すぐに君にもわかる」
アリスはそれ以上答えてくれなかった。
これは、海斗が私を選んでくれると受け止めていいのかな?
……どうだろう?
なんだか、違う気もする。
「まぁ別に、そもそも海斗を誰かに譲る気なんてなかったけど」
「それならいい」
私の言葉に対して、アリスは肯定するような言葉を返してきた。
だけど、言葉とは裏腹にアリスは私を見据えた。
まるで、『嘘をつくな』とでも言ってるかのように。
別に嘘をついたつもりはない。
海斗を誰かに盗られるなんて嫌に決まってる。
だけど――その事を考えると、少し前から胸の中にしこりが生まれているのも確かだった。
アリスにはその事を気付かれているのかもしれない。
しこりといっても、大きなものではない。
ただ、桜や咲姫が傷付く姿を見たくないってだけで……。
私が海斗を盗ると、あの二人は凄く傷付くだろうから。
咲姫なんて、何日もふさぎこみそうだし……。
正直、そういう姿は見たくない。
でも、海斗を諦められるかと聞かれると、それは無理。
私だって、海斗が好きなんだから。
今の私は自分で処理しきれない感情を抱えてる。
アリスがそこまで見抜いてるとしたら、どうしてこんな話をしてきたかもわかった気がする。
要は、私が身を引かないようにしようとしてるんだ。
全く、余計なお世話だと思った。
でも、なんだか応援されてる気もして、少し嬉しかった。
アリスはきっと、素っ気ない態度とは反対に凄く優しい女の子なんだと思う。
だからこそ私は聞きたい。
優しい彼女の、本音を。
「あんたは、海斗が好きじゃないの?」
私の質問に対して、アリスはジッとこちらを見てきた。
そして少しだけ考えて、ゆっくりと口を開く。
「好き」
素っ気なく、そして短く言い放たれたその言葉は、何故か凄く重みがあるように感じた。
まるで、彼女の色々な感情が込められてるかのように。
「うん、やっぱりそうなんだね。ごめん、最後に一つだけ教えて。私には、アリスが海斗を恋人にしたいと思ってるようには見えない。ううん、むしろそういう事になるのを避けてるようにも見える。現に、私に譲ったりもしてくれてる。普通好きなら、恋人になりたいと思うはず。アリスは、どうしてそれを避けるの?」
「……………………カイのため」
長く溜めた後、アリスはゆっくりと口を開いた。
言葉にするかどうかを凄く悩んだんだと思う。
しかし、その言葉だけでは理解できない。
だから私は続きを促す。
「どういう事?」
「カイは、欲望にまみれた汚い大人を嫌う。そして平等院財閥は、三大財閥の中でも一番欲望にまみれた人間が多い。うぅん、多いというよりも、アリアが管理する会社以外のほとんどがそう。だって、あの男がそういう人間を好むから。普通の性格で入った人間も、社内教育でそういう人間に変えられる。それなのに、カイを平等院財閥の一員に出来るわけがない。そんな事をすれば、カイに多くの人間が集るのが目に見えている。アリスがカイと結ばれるという事は、彼を地獄に導くという事。アリスにはそんな馬鹿な事は出来ない」
アリスはそれだけ言うと、私に背を向けて空き教室から出て行ってしまった。
――アリス、あんた私の事言えないじゃん。
去って行くアリスの後姿を見ながら、私はそう思った。
アリスが振り返る時に見えた横顔は、無表情なのに凄く悲しそうに見えた。
彼女が、本当は望んでいる事と別の事をしているんだとわかる。
それでもアリスがこんな事をするのは、心から海斗の幸せを願ってるからなんだと思う。
私は、どうしたいのだろう。
どうするのが正解なのだろう。
自分の事を犠牲にしてでも好きな人の幸せを願う、アリスの考え方が正しい?
それとも、海斗の事だけは譲れないという小鳥居の考え方が正しい?
わからない。
恋愛に答えなんてないんだと思う。
それなら、私がどうしたいかなんだよね。
一度、よく考えてみたほうがいいと思った。
昼休みにアリスに持ち掛けられた話も含めて、自分が後悔しないように。
――アリスの後を追って空き教室を出ようとした時、突如スマホの通知音が鳴った。
「え……?」
通知音に反応してスマホの画面を見ると、珍しい相手が送り主だった。
送り主はお父さんだ。
私が家を出て以来やりとりをしたのは、海斗の事を調べてもらうのと、咲姫がいなくなった時のみ。
それらは全て電話だった。
だから、私は怖さを押し殺してやり取りが出来たんだと思う。
だけど、今回はそういうわけにはいかなかった。
メッセージの内容を読むと、急激に緊張に襲われる。
そして全身が硬直してしまった。
――予想もしていない、まだ先の事だと思っていた内容。
それが、突然きてしまった。
私は足元が定まらないフラつく足どりで、なんとか教室に戻るのだった。
『ボチオタ』をいつも読んで頂き、ありがとうございますヾ(≧▽≦)ノ
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