第165話「目標の位置にいる少女」
「――胸……痛いなぁ……」
廊下の曲がり角に隠れ、私はズキズキと痛む胸をギュッと抑える。
少し、涙も出てきそうだった。
「だったら……戻ればいい……」
そんな私に対して、全てを見通しているかのような澄んだ瞳で見つめる少女が、溜め息混じりに言ってくる。
「そうだよね……。でも、気になるんだもん……。アリスだって、同じ理由でここにいるんじゃないの?」
私はこっちを見つめる少女以外には聞こえないよう、声量を落として返した。
あまり大きな声を出してしまうと、あの二人に聞こえてしまうから。
――そう、先程まで酷い雰囲気になっていた、海斗と小鳥居に。
私とアリスは、二人に隠れて盗み聞きをしていた。
理由は、海斗が大切にしていたはずの女の子を泣かし、二人だけで何処かに行ってしまったからなの。
私とアリスが海斗たちの出来事を知っているのは、アリアを追った海斗を私たちが追い、声をかけずに隠れて事のなりゆきを見届けていたからなの。
アリアとの話が終わり、海斗が一人で戻ろうとする時に声をかけようとしたけど、あの小鳥居って子が来たから私とアリスは再び隠れた。
というか、アリスに隠れさせられた。
『二人だけで……話をさせたい……』と。
私はただ小鳥居って子が海斗と話をしたかっただけかと思ったけど、事態は思わぬ方向に向かった。
まさか、海斗があの子を泣かすとは。
海斗の性格はもう結構わかってる。
よく口調が悪くなったりもするけど、彼の根は凄く優しい。
そして、自分にとって大切な子は絶対に守ろうとし、傷付ける事をとても嫌う。
そんな彼が、中学時代に一番大切にしていたと言っても過言でない女の子を泣かせた。
その事実に私は驚きを隠せなかった。
だから、二人の会話がどうしても気になり、盗み聞きをしてしまっていた。
「アリスは……保険……」
「保険?」
「そう……。カイが勘違いで……また過ちを……犯さないようにね……。もしもの時は……間に入る予定だった……」
「いや、結構怪しい雰囲気だったのに、動く気配なかったわよね?」
「カイが……まだ探ってたからね……。決めつけてたら……動いていた……」
前から思ってたけど、この子は不思議な子だ。
何を考えてるのか全くわからない。
でも、最近実は凄い子なんだっていうのはわかってきた。
海斗がアリスの事を尊敬しているという事も。
多分、私たちの中で一番信頼もされてる。
そして、アリスも海斗を信頼してる。
二人には、私が割って入るなど到底不可能な関係にある事が想像つく。
私はそれを凄く羨ましいと思った。
彼に一番信頼されてるという事は、彼の横に立っているという事なんだと思うから。
アリスはその立場にいる。
だからこそ、私にはわからない。
アリスが海斗を大切に思ってる事は明白。
普通に異性として好きなんだと思う。
それなのに、アリスは他の女の子と海斗が仲良くしてても、全然嫉妬の色を見せない。
……何回か、海斗が女の子と仲良くしてると『おしおき……』って言って、護衛を押し掛けた所を見た事があるから、嫉妬はしてる気もするけど……。
でも、表情には一切見せない。
それどころか、今なんて安心したような表情を見せてる。
私なんて、こんなにも胸が苦しいのに。
でもこれは、海斗が小鳥居と話をしてるからだけじゃないと思う。
小鳥居が抱える思いに、私の胸が締め付けられているんだ。
「君は……優しすぎる……」
「え……?」
「見た目のように……もっと図々しくなったほうが……いい……」
あれ?
この子、心配するふりをして私に喧嘩売ってない?
……でもまぁ、見た目がそういう感じなのは事実だから仕方ないけど……。
「別に、そんなんじゃないわよ。ただ、見ててムカついてるだけ」
なんだか心を見透かされた気がした私は、それが気に入らなくて心にない事を言う。
「あの子がどんな思いを抱えて……この学園に来たかは……君にもわかったよね……。凄く……応援したくなると……思う……。だけど……君もカイが好きなはず……。あの子からカイを盗る事に……罪悪感を覚えてるのなら……君にカイの横に立つ……資格はない……」
だけどアリスは私の言葉など聞きもせず、自分勝手な事を言ってきた。
でも、私は何も言い返せなかった。
アリスに言われた事が図星であり、胸を抉られたような感覚に襲われたからだ。
「場所を移そう……」
「え?」
「今から小鳥居の子は……誰にも聞かれたくない話をする……。アリスたちが居るのは……よくない……」
「なんでそんな事がわかるのよ?」
「小鳥居の子が……カイに話すのすら……覚悟を決めた表情をしてるから……。他人には……もっと聞かれたくないはず……」
私は廊下の角から小鳥居を覗き見てみる。
言われてみれば、そんな顔をしてる気がする。
話の続きは気になるけど、これ以上聞いてはいけないという事を理解した私は、アリスの言葉に頷き二人で別の場所に移動した。
でも、教室に戻るわけではなかった。
アリスに連れられ、私は空き教室に入る。
どうして、こんな場所に連れて来られたのかな?
私は不思議に思いながら、アリスの顔を見る。
すると、アリスの雰囲気が変わっている事に気が付く。
いつもの、何を考えてるかわからない不思議な雰囲気ではなく、凛としてかっこよささえ感じさせる雰囲気を纏っていた。
私は思わず息を呑む。
今のアリスは、本気になった時の海斗に近いものがあった。
「さて、まじめな話をしよう」
アリスは私を見据え、ゆっくりと口を開いた。
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