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第164話「春花の思い」

 ――あの後、泣き続ける春花の手を引いて、俺たちは人目のつかない場所にまで移動した。

 もう授業は始まってしまっている。

 どうやらまた先生に怒られる事になりそうだ……。


 だが、あのまま泣き続ける春花をほっておくよりは断然よかったと思う。

 ほっておけば、きっと俺は後悔しただろうから。


「春花、ちょっとごめんな」

 俺は泣き続ける春花の顔を優しくハンカチで拭いてあげる。

 春花は抵抗せずに俺に顔を預けてきた。


「ご、ごめんね……」

「え?」

「私が……ひっく……悪いんだよね……。海斗君にとって……ぐすっ……今の私は……ぐすっ……目障りだったんだね……。そうだよね……。だって……ひっく……自分勝手に……振った相手だもん……。それなのに……ひっく……今更現れて……うぅ……ごめんね……」


 春花は嗚咽(おえつ)混じりな声で、俺に謝ってきた。

 どうやら、俺の先程の対応は自分を鬱陶しく思ってるからだと勘違いしてるようだ。


 胸が……凄く痛い……。


 春花がこんなに辛そうな表情をするのは、初めて会った時以来だ。

 ましてや、その表情を俺がさせてしまった事に、凄く胸が締め付けられる。


 それなのに……まだ、この状況でも彼女を疑わないといけないのが、辛い。

 これが演技じゃないという確信がないからだ。


 九割以上、春花の本音だと思う。

 この子は本当に優しく、素直な子だから。

 だから俺は彼女を好きになった。


 本当なら、彼女の言葉は全て信じたい。


 だけど……離れていた時間が――アリアが関わっているかもしれないという疑念が、彼女の事を全面的に信じる事を許さない。

 時間は、人を変える。

 そして、偶然にしては出来すぎてるとも思えたから。


 春花がどうして俺の居場所を知ったのかも、未だにわからない。

 彼女は俺がこの学園にいると確信を持って転校してきていた。

 あの時は深く考えなかったが、なぜ彼女は俺の居場所を知る事が出来た?

 前の学園などには、一切俺の転校先などの情報が漏れないよう、父さんが話をつけてくれていた。


 仲がよかった親友や、同級生たちにも伝えなかった。


 それなのに春花が俺の居場所に確信を持っていたのはなぜだ?

 雲母繋がりで俺の学園を知っていたアリアが教えたと考えるのが、一番辻褄(つじつま)が合うんじゃないか?


「違うよ。春花がわざわざ俺を探して転校してきたと聞いて、俺は本当に嬉しかったんだ。春花を(うと)ましく思うなんて、絶対にありえないよ」

 俺は疑念を持ちながらも、なるべく春花を傷付けないよう言葉を選びながら話をする。


「本当……?」

「本当だよ。だから、もう泣かないで――って、泣かした俺が言うのも変な話か……」

「うぅん、大丈夫……。海斗君がそう言ってくれるなら、私はもう大丈夫だよ」


 春花は目の端っこに涙を溜めながらも、笑顔を浮かべた。

 その笑顔が無理に作られてるものだという事はすぐにわかった。

 きっと、俺にもう心配を掛けないでいいようにしようと我慢しているのだろう。


 心は多分見た目以上に傷付いている気がした。

 これが演技でないとしたら、俺は今凄く酷い事をしている。


 心配かけないよう健気(けなげ)に笑顔を浮かべる女の子を、追い詰めているのだから。


「春花、次の授業はなんだったんだ?」

「家庭科……だね。実技はなしで先生の都合上教室で行われる予定だったんだけど……初めて、授業をサボっちゃった」

 サボらせたのは俺なのに非難などせず、春花は『悪い子になっちゃった』と笑顔で笑い飛ばしてくれた。

 

 家庭科という事は如月先生の授業か……。

 春花が怒られないで済むように、後で俺から謝っておこう。


 先程怒られてしまったばかりではあるが、あの人ならわかってくれると思う。


 問題は、俺のほうかもしれない……。

 俺がサボった授業は、数学だ。

 そして担当教師は、青木先生だ……。


 なぜ一年の担任なのに俺たち二年の数学を持ってるのかは疑問に――もならないな。

 多分、アリスさんがいるからだろう。


 あの人たちなら、平気でやりかねない。


 青木先生は見た目や口調と反して、意外と怖い一面がある事を俺は知ってる。

 だって、すぐに手が出てくるから。


 アリスさんの呼び方が『ニコニコ毒舌』という事から、本来は冷たい言葉ばかりを言ってるのではないだろうか?

 学園では、教師として猫を被ってるだけで。

 そんな人の授業をサボったとなると、本当に後が怖い。


 だけど、俺にとって青木先生の怖さ以上に春花の事が大事だったんだから、これはもう仕方がない。

 大人しく、後で制裁を喰らうとしよう。


 ………………手加減、してくれるといいなぁ……。


「クラスに友達は出来た?」

 すぐにでも本題に入りたい所ではあるが、春花がまだ完全には元に戻っていないのと、次の授業までの時間はたっぷりあるため、俺は世間話に近い会話から入る。


「う~ん、どうかなぁ? あ、でも、今日一緒にお昼食べてくれた子はいるよ! 私と一緒のタイミングで転校してきた朝比奈さんって子!」

 春花は気持ちを切り替えるように明るい声で答えてくれた。


 朝比奈さん……雲母の事で自分も精一杯だろうに、俺との約束を守ってくれたんだな……。

 

 俺は朝比奈さんに感謝しつつ、春花に笑顔を返す。


「それはよかった。まぁ、あのクラスには咲姫もいるし、何かあればあいつを頼ってもいいと思うよ。俺からも言っておくし」

「桃井さん……」


「……どうかした?」

「あっ、うぅん、なんでもない!」


 俺の問い掛けに、春花はまたおなかの前で手をモジモジとさせた。

 一体何を隠してるのか……。


 それに、どうしてこんなにも暗い表情をしてるのだろう?

 昨日は、咲姫の事を話す時は顔を輝かせていたというのに。


 俺は何も言わず、春花の顔を見つめる。

 春花はチラッと俺の顔を見た後、すぐに俯いてしまった。


 だが、沈黙に耐えられなかったのか、ゆっくりと口を開く。


「その……ね。私、わかっちゃったんだ……」

「何が?」


「海斗君……桃井さんの事、好きだよね……?」


「――っ!?」


 唐突な春花の言葉に、俺は固まってしまった。

 上手く言葉が出てこない。


「やっぱり……」

「どうして、そう……思うんだ……?」

「期間で言えば一年ちょっとしか一緒に居られなかったけど、それでも私は海斗君の事をずっと見続けてた。だから、わかっちゃうの。海斗君が桃井さんに向ける目が……他の女の子に向ける目と違うから……」


「それは、姉弟だから――」

「うぅん、違うよ。もっと言うとね、海斗君が桃井さんに向けてる目は、昔、海斗君が私に告白してくれた頃に、私に向けてくれてた目なの。だから、わかっちゃうんだよ……」


 春花はそう呟くと、体操座りしている自分の膝に顔を埋めてしまった。

 俺は何も言えず、春花を見続ける事しか出来ない。


 そうしていると、また春花のほうから口を開いた。


「私……嫌な子だ……。桃井さんに海斗君を盗られたと思っちゃってる……。あの子がいるから……海斗君は私の告白に……オーケーしてくれなかったんだって……」

 春花は苦しげに胸をギュッと掴みながら、本心を打ち明けてくれた。

 今泣いているのは、自分を責めているのかもしれない。


 全然、昔と変わっていなかった。


 他人に嫉妬するのは当たり前なのに、この子にはそれが耐えられない。

 他人を憎むくらいなら、自分を責める。


 そういう優しい子だ。


 俺が返事をしなかった事も、春花には断られるとわかっていたのかもしれない。


 俺はここでどうするのが正解なのだろうか?

 ただ、優しく慰めればいいのか?


 ……それも、違う気がする。

 結局この子が今泣いてるのも、俺のせいなのだから。


 それならば、俺は彼女の言葉を聞こう。

 慰めるのではなく、春花が胸に抱えて苦しんでるものを吐き出せるように。


「私ね……自分が嫌いなの……」

「どうして?」

「凄く……ずるい人間だから……。海斗君に告白された時も……事情を全て話す事も出来た……。でも……『離れ離れになるなら』って言われて断られるのが……怖かったの……。海斗君は優しいから……そんな事言わないってわかってたはずなのに……どうしてもその不安が……怖かった……。それに……付き合えたとしても……実際に離れて……中々会えなくなるとしたら……振られるんじゃないかと思った……」


「別れるじゃなく、振られるなのか?」


「うん……。私は小学生の時から……顔を合わせなくても……ずっと海斗君が好きだった……。でも……海斗君は……ずっと一緒にいたからこそ……私を好きになってくれたんだと思ってる……。だから……離れた時……一緒に心まで離れちゃうんじゃないかと思った……。あの頃は……お互いスマホも持ってなかったし……。それに……海斗君……モテるんだもん……。私が傍にいたから……みんな言い寄らなかったけど……よく女子の話題に……あがってたんだよ……? きっと……私がいなくなったら……誰かが海斗君を盗っていくと思った……。私は……好きな人の事を……信じきれなかったんだよ……。それで気付いたら……断っちゃってた……。私は……自分勝手の理由で……好きな人を傷付けたんだよ……。それなのに……未練を捨てられなくて……海斗君に会いに行った……」


 俺に会いに来たというのは、前にも聞いたな。

 それで、俺はもう引っ越した後だったというやつだ。

 どこに引っ越したかは最低限必要な人以外には誰にもわからないようにしていたため、春花は俺の引っ越し先がわからず、探してくれていたとも。


「海斗君の居場所がわかったのは……凄く偶然だったの……。たまたま……海斗君の名前が他の人の会話から……聞こえてきたの……。桃井さんと……夏休みの最終日に海斗君を呼んでくれた……先生の会話が……。だから私は……桃井さんたちに思いきって話し掛けて……海斗君の学園の事を教えてもらったの……」


 春花が俺の居場所を知った理由は、そういう事だったのか……。

 咲姫たちに確認してみないとわからないが、おそらく嘘はついていないだろう。

 結局、春花の転校にアリアは関わっていなかったというわけか……。


「本当に、凄い偶然だな……」

 俺や春花の地元は今住んでる街から遠く離れている。

 この広い日本で俺の名前が春花の耳に入ったのは、奇跡に近いだろう。


「うん……。私ね……その時思ったの……。やっぱり……運命なんだ……って。恥ずかしいよね……こんな年にもなって……そんなふうに思うなんて……。でもね……私にとっては……それくらい嬉しかったの……」

「だから、転校する事も迷わなかったのか?」


「うぅん……。転校はね……迷ったよ……。わざわざ転校しなくても……会う事は出来るから……。もし転校までして……海斗君に嫌な顔されたら……ショックだし……」

「それなら、どうして転校してきたんだ?」


「………………一番……長く一緒にいられるから……。嫌われちゃうのは怖かったけど……受け入れてもらえたなら……一緒にいられる時間が……凄く増える事になるんだもん……。そう思ったら……もう迷いはなかったよ……」

「春花は……凄いな」

「え?」

「俺には、春花みたいな考え方は無理だからさ」


 春花がいなくなって、俺は彼女から目を背けてしまった。

 振った振られたの違いはあれど、話を聞く限り、春花と俺が負った痛みは同じくらいだったのだろう。


 その後に桐山と問題を起こしてしまった俺は、もう春花に会おうと考える事はなかった。

 それどころか、彼女の事を忘れようとしていたのだ。


 振られて執着するよりは、諦める事が正しい判断だとは思う。

 だけど、あの頃の彼女の思いを知った今、俺は事実を確かめようとしなかった事を悔やんでしまう。


 春花のようなまっすぐな心があれば、きっと過去は変わっていただろう。

 だが、今更過去の事を言っても仕方がない。


 大切なのは、これからどうするかだ。


「春花のまっすぐに俺を思ってくれてる気持ちは凄く嬉しいよ。でも、春花が気付いてる通り、俺は咲姫が好きだ。だから、春花とは付き合えない」

「――っ」

 俺の言葉に春花は辛そうな表情で息を呑んだ。

 傷心(しょうしん)の彼女に追い討ちをかけるなんて自分でも最低だと思う。


 その事をわかっていても、俺はあえて言葉にした。

 ここでうやむやにしてしまえば、春花はずっと引きずる気がしたから。


 これでもし彼女が俺の前からいなくなる選択をしたとしても、それは仕方がない。

 彼女が前を向いて歩いてくれれば、それでいい。


「………………ごめん、ね」

「いや、謝るのは俺のほうだよ」

「うぅん、違うの。私が謝ったのはね……振られてもなお、海斗君を諦められないからなの。海斗君、桃井さんと本当に付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「あ、あぁ……そうだけど……」


「うん、そしたらね、やっぱり諦められるわけないよ。ずっと、好きだったんだもん。今でも好き。海斗君に好きな人がいたとしても、付き合ってないんだったら私にもチャンスはあるんだもん。振られた事で、私は改めて自分の気持ちがわかったよ。本当なら、好きな人の幸せを願うべきなんだよね。でも、それは無理だよ。他の事なら誰に譲ってもいい。だけど、海斗君を他の子に譲るなんて私には無理なの。だから、ごめんね(・・・・)。私は海斗君の恋を応援出来ない。私は、自分の手で海斗君を幸せにしたいの」


 先程まで涙目で落ち込んでいたはずの春花は、強い眼差しで――だけど、優しい笑顔で言ってきた。

 本当に、どこまでまっすぐな奴なんだ……。

 今の彼女は俺には眩しい。


「春花の気持ちを俺に決める権利はない。だから、春花が後悔しない選択なのなら、俺はもう何も言わないよ」

 結局、そんな事しか言えなかった。


「やっぱり、海斗君は優しいね」


 優しい――それは、違うと思う。

 本当に優しいのであれば、ここで春花の思いをきっぱりと切り捨てる選択をするはずだ。

 それが春花のためになり、彼女の事を本当に考えてあげている事になるから。


 俺がした選択は、春花を切り捨てる事ができない心の弱さゆえだ。

 彼女の思いを俺に決める権利はないという言葉に甘えているだけだ。

 だから、優しいわけではない。


「――まだ、もう少しだけ時間あるね」

 春花はスマホで時間を確認すると、上目遣いで俺に言ってきた。

 まだ話をしたいと言う事だろう。


 アリアとの事について聞きたいが……さすがに、この空気でそういうわけにはいかないよな。

 それに、俺はもう春花の事を疑ったりはしていない。

 彼女は昔と全く変わってないという事がわかったからだ。


「なんの話をしようか?」

「そうだね……海斗君、少しだけ私の話をしてもいいかな?」

 春花は俺の目を見つめ、覚悟が決まったかのような表情で口を開いた。

いつも『ボチオタ』を読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)

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