第163話「裏切りの可能性」
「ふ、ふふふ」
咲姫に退けられたアリアは、体をユラ~っと揺らしながら、不気味な笑い声を上げた。
「私をこんな無下に扱った人間はほとんどいないわよ?」
「ねぇねぇ海君、今日生徒会早く終わるの。だから――」
「まだ無視するの!?」
近距離から話し掛けられてるにも関わらず、アリアの事を意識から除外してる咲姫。
おかげでアリアは面食らっていた。
というか、俺もちょっと戸惑ってる。
俺、この状況でどうしたらいいのかわからない。
「もう、うるさいな~」
挙げ句の果てに、凄く迷惑そうな顔で咲姫はアリアを見た。
なんだ、この展開。
「あ、あなた! 私を甘く見てると痛い目を見るわよ!?」
「海君海君。なんだか、すぐに主人公にやられる雑魚キャラみたいな発言をしてる人がいるよ」
ざ、雑魚キャラって……。
先程俺も近い事を思い浮かべたが、さすがに口に出してはいない。
てか、咲姫の機嫌悪くないか?
アリアの事を嫌っているのか、今の咲姫は凄く攻撃的になっている。
おかげでアリアの額には青筋のようなものが浮かんでいた。
「えっと、何か怒ってるのか?」
少し前まで自分を偽っていた咲姫ならともかく、この素で可愛い咲姫が攻撃的になる事なんて滅多になかったため、俺は声をかけてみる。
すると咲姫は俺の顔から少しだけ目を背け、頬を膨らませた。
そして、若干小さい声と共に早口で言葉を紡ぎ始めた。
「別に、昼休みに私の楽しみを奪っただけでなく、休み時間まで海君と二人っきりで現れてずるいとか、泥棒猫が増えたとか、なんだか海君の傍にいてほしくない人だとか、そんな事思ってないもん」
どうやら、それが理由らしい。
昼休みの件については多くの学生が見ていたから、それで咲姫の耳にも入ったのだろう。
それはいいが――『泥棒猫が増えた』という言葉、俺はどんな顔をして受け止めたらいいんだ……?
この子、俺への好意を隠す気なさすぎるだろ……。
それとも、やっぱり俺を弟として盗られたくないという気持ちなのか?
どうしよう、龍。
俺にはわからないよ。
これで俺の痛い勘違いだったら、少しだけ恨むぞ。
咲姫に好かれてるのかもしれないと思うようになった原因を作った龍に、俺は心の中で苦言に近い言葉を呟いた。
「ちょっと、いい加減私の話を聞きなさいよ! 時間もないんだし!」
我慢の限界がきたアリアが、乱暴に咲姫の腕を掴んだ。
とはいえ、咲姫が痛そうにする素振りを見せなかったため、本気では掴んでないようだ。
「むぅ、お邪魔虫さん……」
「誰がお邪魔虫よ!? あなたどれだけ私を馬鹿にしたら気が済むの!?」
「別に馬鹿にしてないよ。ただ、邪魔だなーっと」
「せめてオブラートに包みなさいよ!?」
……ほんと、なんだこのやりとり。
ここまで取り乱すアリアを見るのは、あの負かした時以来か?
いや、それも少し違うか。
咲姫の言動がアリアには理解できないといった感じに見える。
このやりとりは、俺が咲姫の言動に振り回されてる時に近いかもしれない。
完全に、咲姫のペースだ。
「別に私はいいんだけど、時間がないんじゃなかったのかな? もう次の授業が始まっちゃうよ?」
「む、むかつく……! あなたなんて助ける手伝いするんじゃなかった!」
「……なんのこと?」
アリアの唐突な発言に、咲姫は少しだけ考えてキョトンっとした。
多分、心当たりがないのだろう。
俺もそうだ。
アリアと咲姫が関わりを持ったなんていう話は聞いていない。
だが、アリアがこんなあからさまな嘘をつくとも思えない。
俺が知らなくてアリアに助けを求める状況……。
想像つきづらいが考えられるとしたら、俺がいなかった夏休みの間に頼れる相手がいなかった雲母が、咲姫に関して何かしらの助けをアリアに求めたという感じか?
俺がいなかった時の事を咲姫も雲母も話したがらないから、確証はないが……。
そうなると、咲姫はアリアに恩を仇で返す最低な奴という事になるのだが……。
俺は黙ったまま、アリアを観察する。
アリアは自分を落ち着かせるためか『ふぅ……』と息を吐いた後、真剣な表情で咲姫を見た。
どうやら、やっと話が進みそうだ。
「ま、その事は今はいいわ。もう終わった事だし、あなたのためにしたわけじゃないから。それよりも――ねぇ、私とテストで勝負をしない?」
「勝負?」
「そうよ。どちらが来週のテストで一位をとれるか勝負をしましょう」
「やだ。だって、テストは自分の成績のためにするものであって、勝負するようなものじゃないもの」
……あれ、おかしいな?
これツッコミ待ちか?
俺、誰かさんから普通にテスト勝負を挑まれた記憶があるんだが……?
俺は猛烈にその事を咲姫に言いたくなるが、これ以上話の腰を折ってしまうと本当に話が進まないため、グッと我慢した。
アリアは断られる前提だったのか、得意げな顔で口を開く。
「えぇ、そう言うと思ってたわ。でも、これならどう? 勝ったほうが、一度だけカイの事を好きに出来るってのは?」
「お、おい……!」
こいつ、急に何言い出してやがるんだ?
何、人を勝手に賭けの対象に――。
「乗った!」
「即答!? 咲姫、ちょっと待てよ!?」
「大丈夫、海君! 私勝つから!」
「いや、うん。そこは心配してないからちょっと待とうな?」
「えへへ、これでお願い出来る事が二つに増えた……! もう一つは何お願いしようかなぁ……?」
き、聞いちゃあいねぇ……。
しかも、もう既に勝ったつもりでいるし……。
「……俺がいたほうが話が成立しやすいってそういう事か? 端から俺との賭けを利用するつもりだったな?」
俺は一旦咲姫の事は諦め、アリアに話し掛けた。
「まぁね。別に問題ないでしょ? 私が勝った時、あなたは一つだけ私の言う事を聞かないといけないのだから」
「契約書に書かれている内容とは違うが?」
「あなたにとっては好都合なはず。万が一があったとしても、あなたが断るわけないわよね?」
そこまで折り込み済みというわけだ。
まぁ、当然といえば当然か。
「……もしお前が咲姫に負けたとして、俺との賭けを降りる事が出来ないのも理解してるんだよな?」
「もちろん。もし降りてしまえば、私はあなたを従わせる権利を失うことになり、その脳内お花畑状態の子との約束を守れないものね」
脳内お花畑……?
話の途中ではあったが、ちょっと気になる単語に俺は視線をアリアから咲姫に移す。
すると咲姫は、両手を頬に当てて、どこか別の世界に意識が飛んでいるかのような幸せそうな表情をしていた。
……うん、何も見なかった事にしよう。
咲姫のクラスメイトたちの視線が凄く痛いが、俺は何も悪くない。
だから、俺を睨むのはやめてほしい。
「……それならいい。後は好きにしてくれ」
アリアが勝負を降りないなら、問題ない。
咲姫が勝ったとして、それほど無茶なお願いをしてくるとも思えないしな。
………………大丈夫だよな?
変な事頼んでこないよな?
これ以上この教室に留まる必要がないと判断した俺は教室を出ながら、咲姫が一位をとった場合の事を考えて若干不安になってきた。
咲姫が一位になればお願い事を二つ聞かないといけなくなるのだが、咲姫は咲姫で考えが読めなさすぎる。
そして突拍子もない事を普通に言ってくる事があるからな……。
少しだけ心の準備はしておいたほうがいいかもしれない。
「――海斗君」
「……春花?」
名前を呼ばれたため振り返ると、胸に手を当てて不安そうな表情をする春花がいた。
アリアの姿が見えないのは、俺とは別ルートで教室に戻るつもりなのだろう。
「どうかした?」
「どうかしたじゃないよ……! なんで、平等院社長に喧嘩を売ってるの!?」
「平等院……社長……? 平等院さんじゃなくて?」
「あっ……!」
俺の問いかけに、春花は咄嗟に口をふさいだ。
「アリアと知り合いだったのか?」
「え、えと……うぅん、知り合いじゃないよ。私が一方的に知ってるだけ」
春花はおなかの前で両手をもじもじさせながら答えた。
嘘は……言ってないな。
春花には、嘘をつく時わかりやすい癖がある。
今はそれが出ていない。
ただ、それも確実ではない。
俺と離れてる間に癖が直ってる可能性は十分にありえる。
それに嘘はついてないが、何かを隠してる。
春花が両手をおなかの前でモジモジさせる時は、隠し事をしてる時だ。
………………こんな事は考えたくなかったが、同じタイミングで転校してきたという事は、アリアが関わってる可能性が出てきた。
あいつが雲母と同じように俺の過去を調べ、春花の存在を知り、この学園に連れてきた可能性が。
アリアなら、やりかねない。
春花が俺を裏切るとは考えたくないが……あの告白ですら、俺に近付くためにしたのであれば、そもそも俺の告白を断ったという理由すらが嘘になる。
だから、春花が俺の事をなんとも思っていなかったのなら、アリアに何かしらの報酬で釣られた可能性がある。
残念ながら、俺が振られた時や、告白された時に春花の嘘の癖が出ていたかわからない。
ショックや驚きで、それどころではなかったからだ。
だが、先程の普通では呼ばないであろう『社長』という呼び方といい、何かしらの繋がりがあると疑わざるをえない。
「海斗君……顔が怖いよ……?」
俺は無意識のうちにしかめっ面をしていたみたいで、不安そうな表情で春花が俺の顔を見てきた。
「いや、なんでもない」
「なんでもないって……。海斗君、何か勘違いをしてるんじゃないの?」
「勘違い……だといいけどな」
「ねぇ、今何を考えてるの? 私、何かした?」
「いいや、何もしてないよ」
「だったら、どうしてそんな目で私を見てるの……?」
春花は、泣きそうな顔をしながら俺の目を見つめてきた。
……わかってる。
ただアリアと繋がってる可能性が見えてきただけで、過剰反応をしすぎているという事は。
でも、アリアに付け入る隙を与えないためにも、ここは慎重になっておく必要があるんだ。
……いや、これは建前にすぎない。
もし本当に春花が俺を裏切っていたとしたら、俺は二人を許せる気がしない。
だから、これ以上知りたくないし、気付きたくもないのだ。
「……今回昼休みに俺がアリアとした賭けの事、知ってるんだよな? 悪いけど、それが終わるまで話し掛けないでくれないか……?」
「えっ……?」
「もう授業が始まる。クラスに戻りなよ」
「ま、待って……!」
背を向けて歩き出す俺の腕を、春花が掴んできた。
「なんで……? なんで急にそんな話になっちゃうの……? 私、やだよ……。折角、転校までしてきたのに……。これじゃあ……なんのために転校してきたのかわからないよ……」
「……ごめん、放してくれ」
「あっ……!」
俺はしがみつく春花の腕を少し強引に振りほどいた。
春花はそのまま床にへたり込んでしまう。
そして、泣き始めてしまった。
俺はそんな春花から目を背け、歩きだそうとし――足を止めた。
………………あぁ、無理だ。
例え本当にアリアとの繋がりがあったとしても、泣いてる春花をほうっておけるはずがない。
「春花、ごめん……。少しだけ、話をしよう」
いつもボチオタを読んで頂き、ありがとうございます!
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予約も開始されていますので、是非ともよろしくお願いいたします(*´ー`*)