第154話「アリスの独白」
アリスは猫耳爆弾たちと共に中庭を目指しながら、カイと出会った頃を思い出していた。
最初の頃のカイは、凄く根暗だった。
考え方がウジウジしていて、自分はだめ人間だと思い込んでいた。
彼が周りの人間たちから嫌われてるって事は、すぐに察しがつく。
ただ、アリスはこの時、カイが使い物になる人間だと確信していた。
ウジウジしていてすぐ自分を卑下し始めるのに、無理難題を押し付けても一切諦めようとせず、真っ直ぐな気持ちを持っていたから。
育てれば、アリスが求める存在になるかもしれないと期待まで持った。
結果は、期待以上。
アリスの予想していた成長速度を遥かに上回るペースで、カイは次々と技術を身に付けていった。
元々アリスが出会う前から勉強をしていたとはいえ、それを差し引いてもありえない成長速度だった。
カイは、磨けば輝くダイヤモンドのような原石だった。
そして――カイとするやりとりは、今まで退屈な日々を過ごしていたアリスの楽しみとなっていた。
でも、最初の頃から楽しい会話をしていたわけじゃない。
最初の頃は、あくまで事務的内容が多かった。
だけど……あの頃の事を詳細に話すつもりはないけど、いつの間にか、アリスにとってカイは大切な存在となっていた。
――そう、アリアと同じくらいに。
ほとんど事務的なやりとりしかしていないのに、生まれた頃から一緒に居たアリアと同じくらい大切になるなんてあの頃は不思議だった。
でも、今はその理由がわかってる。
あの頃のカイは、守ってあげないといなくなってしまうような存在だったのだ。
それくらい、あの時のカイには危うさがあった。
変に行動力があるせいで本当に行動に移しかねない程に。
アリスはその事を直感的に理解していて、カイを失わないように本能が大切に思うようにしていたんだと思う。
元々雇った時に少し身分調査はしていたけど、カイが根暗になった原因を探るために、カイの過去を調べあげた。
こんな事をカイが知れば嫌がると思ったけど、あいにく手段を選ぶつもりもなかった。
そして、全てを知った。
カイが起こした過ちや、その時の状況から考えられる、真実を。
心の闇さえわかれば後は簡単だった。
アリスは、カイがアリスに依存するよう誘導した。
聞き手になり、カイが誰にも話せず胸の中に抱えてたものを、吐き出せるようにする事で。
そして毎日カイの気が済むまで、ずっと話し相手になってあげた。
元々人の温もりを欲していたカイは思惑通りアリスに懐くようになったし、そんなカイの事がアリスは可愛く思うようになった。
今でも、危うさを持ちながらも一生懸命頑張るカイは、可愛い。
カイの傍にいる子たちはカイの事をかっこいいと思ってるんだろうけど、アリスにとってはあくまでカイは可愛いだった。
だけど今は、少しだけ――。
「――あ、桜ちゃんたち発見しました!」
アリスがカイの事を考えていると、猫耳爆弾が窓から中庭を見下ろして声を出した。
アリスも男の娘も、その声に従って中庭を見てみる。
そこには、残念そうな表情を浮かべるちびっこ天使と、困ったような表情を浮かべる金髪ギャル。
そして、頬を膨らませて文句を言ってる桃井の子がいた。
ニコニコ毒舌の姿は見えないから、もう職員室に戻ったみたい。
中庭とアリスたちがいる場所では高さがそれ程変わらないし、距離も遠くないから少し表情が見えてるけど、あの子たちが浮かべてる表情は、全てカイに関係している。
ちびっこ天使はカイがいないから寂しいんだろうし、金髪ギャルも桃井の子を宥めている際に、寂しそうな表情を見せてる。
桃井の子はあからさますぎるけど、やっぱり頬を膨らませて拗ねてるのは、カイと一緒にご飯を食べられなかったからだろうね。
カイは自分があの子たちの中心にいる事を、きちんと理解しないといけない。
そして、ちゃんと選ばないといけない。
今はいない小鳥居の子を含めた、あの子たちの中から誰か一人を。
――ズキッ。
一瞬、胸に鋭い痛みが走った。
だけどアリスはそんな事気にせず、考え事を続ける。
別にあの四人から選ぶようカイに強制するわけじゃない。
カイが、あの子たちの中から選ぶと確信しているだけ。
あの子たちがカイの事を想ってるように、少なからずカイもあの子たちの事を想ってる。
カイが向ける気持ちはそれぞれ違うけど、あの子たち次第で逆転はありえる。
心の中で自分の想いを必死に隠そうとしてるカイの気持ちに気付けた者が、その資格を持つのかもしれない。
その点においては、ちびっ子天使が有利に見える。
あの子は人の感情がわかるから。
だけど、あの子は大きなハンデを抱えてしまってる。
それを壊せない限り、その線は薄い。
…………本当は、カイには西条の子を選んでほしい。
あの子が一番カイを幸せに出来ると思うから。
日本を代表する財閥の一人娘だし、両親は優しくて信頼出来る。
本人は一度道を外してしまったけど、今はもう心配いらない。
何より、あの子は常にカイの事を考えていて、尽くそうとしてくれてる。
あの子と結ばれれば、カイは絶対に幸せになれる。
だからアリスはお膳立てをしてきた。
あまり、意味はなかったみたいだけど。
小鳥居の子も、いいとは思った。
あの子についても、アリスは過去に調べあげてるから知ってる。
そして、その後の彼女についても知ってる。
一度カイを傷付けた事は許しがたい行為だけど、カイの事を想ってる気持ちに嘘はない。
何より、あの子には天性の才能と実力がある。
カイは知らない事だし、運が絡んだりする事もあるのかもしれないけど、それならば、アリスが融通を利かせる。
だから小鳥居の子を選んだとしても、カイは経済的に豊かな暮らしが出来る。
それに、カイが好きになっただけはある。
小鳥居の子はとても優しい子で、周りから好かれるタイプの人間。
きっとあの子でも、カイは幸せになれる。
だけど――桃井の子だけは、素直に喜べない。
まず、義理の姉弟という事が問題。
法律的には結婚が出来ても、姉弟間で恋仲になる事を良く見ない人間が多い。
愛があれば問題ないと思うかもしれないけど、人の視線の辛さを知るカイには、そんな言葉は通じない。
でもそれは、自分を守るためじゃない。
桃井の子にそんな思いをさせたくないから、カイは避けようとしている。
そんなカイの考えを変えるのは難しい。
なんせ、大切にしたいからこその、決断なのだから。
もし考えを変えさせたいのなら、きちんと正面からぶつからなければいけない。
それを桃井の子に出来るとは思えない。
下手をすると、両方が傷つくだけの結果になる。
その点だけを見れば、ちびっ子天使は問題ない。
同じ義理の兄妹でも、ちびっ子天使は芯が強い。
覚悟さえ決まれば、あの子にはカイの考えを壊す事が出来る。
ただ……それにはまず、あの子は妹として見られるのを止めないといけない。
それをするのが難儀。
でも、それさえ超えれば、あの子の想いは届きやすい。
だって、カイはちびっ子天使が可愛くて仕方がないから。
きっと女の子として見るようになってしまえば、あの可愛さには抗えない。
経済面ではカイが一人で支えないといけなくなるかもしれないけど、ちびっ子天使は家事が凄く上手だから、家庭面でカイを支える事が出来る。
でも、桃井の子にはそういう事も出来ない。
あの子はきっと、カイに甘えまくるだけ。
もしかしたら、仕事だけでなく家事までカイ一人でする事になるかもしれない。
好きで結ばれるのだから確かに幸せにはなれるとは思うけど、その分凄く苦労しそう。
だから、あまり歓迎出来ない。
けれど、桃井の子がカイを好きな事には変わりないから、邪魔をするつもりはない。
結局選ぶのは、カイだから。
アリスは、そんなカイを支え続ける立場。
――――――ずっと、それでいいと思ってた。
KAIを育てたのも、作り上げたのも、アリス。
カイの中にはアリスが居るし、アリスが指示をすればカイは言う通りに動く。
だからアリスは、カイはアリスのもので、他の人間にはただ貸すだけという事にしていた。
そう思う事で、カイが他の人の元に居ても、気持ちを落ち着かせられたから。
でも――――――今は、そう思いこもうとしても、胸が痛い。
先程のカイのせいかもしれない。
カイは、いつもアリスの予想を超えて成長している。
今まで守る対象に見ていた子が、今度はアリスを救うために頑張ろうとしてくれてる。
それで、見方が変わってしまったのかもしれない。
まだまだアリスに肩を並べるには経験が足りないけど、いずれ、本当に肩を並べる存在になるのかも。
ううん、もしかしたら、あっという間に抜かされるかもしれない。
それだけ、カイの成長には目を見張るものがある。
――アリスはこれから先のカイの成長を楽しみに思いながらも、先の事を思うと、切なくもなった。
アリスがカイに選ばれる事はないから。
アリスと他の子たちとでは、見られ方が違う。
カイにとってアリスは、尊敬する対象であって、女の子じゃない。
その事はとっくに理解していた。
だから、割り切ってたのに………………カイの、ばか。
――アリスは心の中でだけカイの悪態をつきながら、ちびっ子天使たちがいる中庭へと足を踏み出した。
そして、心の中でだけ、ひっそりとこう思うのだった。
『ずっと、カイの傍に居られる存在になりたいなぁ……』っと。
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