第153話「あなたの為に」
アリスさんがここまで不安そうにするのは珍しい。
この人はいつも先を見通してて、落ち着き払っているからだ。
とはいえ、おそらく俺の思いなどはアリスさんも既にわかっている。
その上で、納得出来ないから確認してきているという事だろう。
だとしたら、俺もきちんと言葉で伝えないといけない。
――俺の考えと、思いを。
「今回アリスさんが考えているように物事を運んだとしても、最終的にアリアに俺の言葉が届く可能性は低いと思います。アリスさんはそれでもいいのかもしれませんが、俺はそう思っていません。後に引きずるくらいならここで終わらせたいんです。そのために俺の言葉を確実にアリアが聞くようにするには、あいつに俺が認められる必要があるんです」
あえて、アリスさんが考えている策を俺が理解しているという事については省いた。
わざわざ言わなくても、この人なら俺の言葉から読み取るだろうから。
「それなら、アリスみたいに知識などで認めさせればいい。実際KAIの実力を持つ君なら、そのくらいの価値はある」
「いいえ、そんな単純な話じゃない事をアリスさんもわかってるんですよね? だから回りくどい事をして、俺とアリアをぶつけようとしてるんですから」
素直にアリアがKAIの言葉に耳を貸すのであれば、アリスさんはまず俺とアリアを衝突させずに仲良くさせようとしたはずだ。
色々と裏で動き回って衝突するように仕組むよりも、アリスさんが間に立って紹介するほうが圧倒的に効率がいいのだから。
そもそも、俺が初めてアリアと会った時、あいつは名刺まで渡して、友好的な姿勢を見せてきた。
まぁ俺がアリアに抱いた印象はともかく、傍目から見れば、このまま進めばいい関係が作れるように見えただろう。
それを壊したのが、アリスさんだ。
アリアと雲母の勝負に、俺を引っ張り出すという形で。
あの勝負が行われる事になったのは、アリスさんにとっても予想外だったというのは嘘じゃないだろう。
勝負が始まるキッカケとなった、アリアと雲母の再会は偶然だったのだから。
ただ、もし本当にKAIの言葉をアリアが聞くのであれば、その勝負に別の人間を使ってアリアに敗北を味わわせたはずだ。
そこで俺を使ってしまえば、アリアとの衝突は火を見るよりも明らかなのだから。
別の人間を立てて裏からアリスさんがアドバイスすれば、不自然さを一切感じさせずに雲母を勝たせる事も可能だと思う。
アリスさんの格は、それだけ普通の人間と違う。
むしろ雲母を絶対勝たせたかったのなら、この手段を使うのが確実だったはずだ。
俺に任せて自分では何もしなければ、不確定要素がかなり出てくる事になるのだから。
それなのに俺を頼ってきた理由は簡単。
アリアが俺に執着するよう仕向けるチャンスだったからだ。
その事については前にもアリスさんに確認をとっていて、本人も認めている。
勝負の決着がついた時、アリアを不完全燃焼で気絶させたのはその為だったという事を。
そしてアリアは、アリスさんの思惑通り俺に執着して転校までしてきた。
しかし、これら全てを行うためにアリスさんは相当尽力したはずだ。
普通に考えてKAIの説得に耳を貸すのなら、俺に対して直接説得するように頼んでくる。
この人程凄い人が、その判断を誤るはずがない。
つまり、説得させる事よりも衝突させる事を選んでる時点で、アリアがKAIの言葉に耳を貸さないという事を物語っている。
おそらくアリアに言う事を聞かせられる人間は、ご両親か、アリスさんくらいのものだろう。
ご両親は育ての親という部分が大きいだろうが、性格ややり方に問題はあれど、平等院社長が相当な実力を持つ人物というのはネット上の噂で知っている。
マリアさんに関しては直接会っているからよりわかる。
あの人は、まず間違いなく凄く優秀な人だ。
アリスさんについては言うまでもないだろう。
この人は物が違うからな。
その事については小さい頃から比べられ続けてきたアリアが一番理解している。
自分では絶対に敵わない相手だと。
だから心が折れていて、アリスさんに対しては負けても仕方がないと思っており、言う事を聞く。
ネットなどで騒がれるKAIなら同じ事が出来ると考えるのは間違いだろう。
アリアの心が折れている――というより、アリスさんに敵わないと思っているのは、自分の得意分野のほとんどでアリスさんに遥か上を行かれているからだ。
KAIがどれだけネット上で騒がれる人物であっても、アリアにとってはあくまで専門外。
自分が触れてない分野で上を行かれても、当たり前としか思わないだろう。
何より、あいつ自身世間ではかなり騒がれる存在だ。
そんなあいつに俺の言葉を届けるには、やはりあいつの得意分野で上を行って認めさせるしかないのだ。
アリスさんの言う事は素直に聞くのだから別に今のままでもいいんじゃないかと思うかもしれないが、それではだめなんだ。
アリア自身の心や考え方は、一切変わらないから。
あいつがまともになる事を望んでいるアリスさんとしては、その部分が看過出来ないのだろう。
そこで俺を頼ってくれるのは凄く嬉しい。
俺はこの人に信用してもらえているのだと思えるから。
だけど、納得がいかない部分はあるし、認識の違いもある。
その事も含めて、全てアリスさんに話そう。
「今回、俺はどれだけ無理をする事になろうと、あいつが耳を貸すくらいにはなろうと思っています。そうする事が確実ですから」
「確実でも、ハイリスク過ぎる。そこまで無理をする必要はない。時間はまだまだあるのだから、焦らずすればいい」
あくまで、アリスさんは俺の体を心配してくれている。
自分の事など二の次で。
「その間、あなたはずっと今まで通り苦しみ続けるのですか? いつまで、アリアに罪悪感を抱え続ける気なのですか?」
俺の言葉に対して、アリスさんがハッとしたように俺の顔を見る。
この人に対して苦言を言うのは心が痛むため、アリスさんと逆に俺は顔を背けるように背を向けて言葉を続ける。
「あいつがあんなふうに性格を歪めてしまった事をあなたは、自分のせいだと思ってるんでしょ? 自分と比べ続けられてアリアは劣等感を感じ、存在価値すらを求めるようになって手段を選ばなくなったと」
それは、アリスさんが前に話してくれた事。
「それだけじゃない。アリアが何かしでかすたびに、あなたはあいつが起こした事の責任は自分にあると考えている。アリアがああなってしまったのは、自分のせいだからと」
だからこそ、事態を収拾させるために裏で動き続けている。
おそらく、俺が知らない所でも色々と行動に移しているはずだ。
誰かから褒められたり労ってもらえるわけでもないのに、アリアの尻拭いをするアリスさんは偉いと思う。
尽力を惜しまない姿に、美徳さえ感じる。
だが、それらはアリスさんにとって罪滅ぼしだったんだ。
そして表に見せないだけで、この人はずっと心の中で苦しんでもいたんだ。
「だけど、それらは全てあなたの責任じゃない。だってあなたは、アリアに対して酷い事を何もしていない。だから何も負い目に感じる事はないんですよ」
最後の一文だけは、なるべく優しい声を意識してアリスさんにぶつけた。
アリスさんの心に少しでも響くように。
「――でも……アリスの存在自体が……あの子にとって……よくなかった……」
少しの間黙り込んでいたアリスさんは、苦しそうな声で心の内に秘めていたものを吐き出し始める。
「アリスがこんなんじゃなかったら……あの子はああならなかった……。あの子を苦しめずに済んだんだよ……。だから……アリスの責任なの……」
アリスさんは俺の言葉をすぐに否定した。
そう、この人にこんな言葉は届かない。
でも、内に秘めていた気持ちは引き出せた。
苦しそうに言葉を発したのが、その表れだ。
「知ってます、あなたがそんな言葉で納得するような人じゃないって事は。だからこそ、俺は言葉ではなく、あなたを苦しめる元を断ちたいんです。それが叶うのであれば、俺はどれだけ無茶な事でもしますよ。だってあなたは、俺にとって凄く大切な人なんですから」
――ギュッ。
俺が言い終わると同時に、アリスさんが後ろから俺の体を抱きしめてきた。
「アリス……さん……?」
彼女の突然の行動に、俺は戸惑いを隠せない。
アリスさんに急に抱き着かれるなんて思いもしなかった。
そんな俺の戸惑いを他所に、アリスさんは更に腕に力を込めてきた。
「カイ……ありがとう……」
「い、いえ……まだ何も出来てませんし……」
「うぅん……。その気持ちだけで……凄く……嬉しい……」
アリスさんは本当に嬉しそうな声でそう言ってきた。
言葉の間隔がいつもの感じなのは、先程のをまだ引きずっているのかもしれない。
ただ、これだけで断然ヤル気が出てくるのだから、男って単純だと思った。
「でもね……やっぱりカイには……無理をしてほしくない……」
「アリスさん……」
やはり、まだ納得してもらえないのか?
俺はそう思いかけたが――
「だから……約束して……。アリスが居る時以外では……無理をしないと……」
――アリスさんは、条件付きでOKしてくれた。
多分、目の届く所でなら無理をされても安心出来るという所なんだろう。
「はい、約束します」
どのみち今回の件はアリスさんの目が届く範囲で行われるだろうから、俺は躊躇なく答えた。
その言葉にアリスさんが安堵の息を漏らしたのが聞こえ、俺はゆっくりとアリスさんの手を解く。
解いた際にアリスさんが残念そうな声を漏らした気がしたが、気にせずアリスさんに向き直す。
すると、今度はアリスさんがバッと顔を逸らした。
「……え、どうしました……?」
何故急に顔を背けられたのかがわからず、俺はアリスさんに尋ねてみる。
「別に……」
「いや、絶対何かあるでしょ?」
今までアリスさんがこんな態度を示した事がないため、何か理由があるはずだ。
「何もない……。……お腹空いたから……ご飯食べてくる……。カイは……アリアの元に行くんでしょ……?」
「え、あぁ、そうですね」
「じゃあ……バイバイ……」
アリスさんはそれだけ言うと、珍しくも駆け足で俺から離れていった。
いや、珍しいどころか、あの人が走るとこは初めて見たかもしれない。
というか、何故走ってるのか本気で理解できないんだが……。
――怪訝に思った俺がアリスさんの後ろ姿を見つめていると、銀髪の小さな少女と、その少女に腕へと抱き着かれているポニーテールの女の子が現れた。
「あ――やっと見つけたです、アリスお姉さま!」
どうやら、昼食を一緒にとろうとしたカミラちゃんがアリスさんを探していたみたいだ。
まぁこの学園で銀髪の少女って彼女しかいないしな。
……という事は、抱き着かれてるのは白兎か。
遠目からだと、あいつ本当に女子にしか見えないんだけど……。
普通に白兎を女子と間違えた事に、俺はなんとも言えない気持ちになった。
「――あれ、なんでアリスお姉さまお顔が真っ赤になってるんです?」
カミラちゃん達が来た事で俺がアリアの元へ向かおうとしていると、そんな声が聞こえてきた。
「猫耳爆弾……今日の夕食……抜きだから……」
「はにゃっ!? なんでですか!?」
アリスさんの声は小さすぎて聞き取れないが、若干怖さを感じるその声に続いてカミラちゃんの悲鳴に近い声が聞こえた。
後ろを振り返って見ると、白兎が仲裁に入ってるようにも見える。
ここで俺が姿を見せると色々とめんどくさくなりそうだったので、俺は何も聞こえなかったふりをして早々に曲がり角を曲がった。
白兎が居るから、ほっといても問題ないだろうし。
……まぁそれはそれとして……。
そっか……アリスさん、顔真っ赤なのか……。
男に抱きついたのだから当然な反応なのかもしれないが、アリスさんがそんなふうになるとは思わなかった。
あまり女の子っぽい一面を見せない彼女の、女の子らしい一面を見たのかもしれない。
アリスさんの様子に、龍の『あの子だって一人の女の子』という言葉を俺は思いだした。
今まではアリスさんの事を別次元の人くらいに認識していたが、龍の言う通りなのかもしれない。
だったら、やっぱり俺があの人の力にならないとな。
その為にも、まずはアリアの事だ。
――夏休み明けすぐに色々な問題が浮上してどうするべきか頭を悩ませたりもしたが、まずは優先度を一番下にしていたアリアの事をアリスさんのために片付ける事にし、バクバクと脈を打つ胸を押さえながら俺はアリアの元へと向かうのだった。
『ボチオタ』をいつも読んで頂き、ありがとうございます!
久しぶりにガッツリと話を書けました(*´▽`*)
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これでこの章は終わりとなります!
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