第8話「義姉の気持ちがよくわからない」
私は優等生として、周りに知られている。
それは間違いじゃないけど、正しくもなかった。
私は皆が思っている様な優等生じゃない。
私には、妹以外の人に隠している趣味があった。
それは――。
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「ねぇお兄ちゃん、今日は機嫌が良いんだね?」
食事中――横に座る桜が、その目の前に座っている男に話しかける。
その男は前髪を長くし、目が一切見えない。
雰囲気は暗いし、学校では友達もいない。
所謂、ボッチ君だった。
そんな男が、まさか私の義弟になるだなんて……。
しかし雰囲気が暗いと言っても、それは学校だけでの話だった。
彼は私と口喧嘩をするし、妹相手には楽しそうに喋っている。
どうして学校でも同じようにしないのか、少し気になっていた。
でも、聞いたところで彼は教えてくれないと思う。
それに、桜がすぐに彼に懐いたのも意外だった。
この子は一見人懐っこく見えるけど、実際は警戒心がかなり強い。
人の本質をよく見ていて、信用できない人間とは距離をとるの。
だからこの子も私と同じで、友達があまりいなかった。
まぁ、友達が一人もいない誰かさんよりはマシだと思うけど。
ただ、そのせいなのか、桜は自分が気を許した相手には凄く甘えるようになる。
つまり懐いてしまった今、油断しているとこの男の毒牙にかけられてしまうかもしれない。
昨日も私が居ないのをいいことに、彼は桜を部屋に連れ込んでいた。
まぁ、恐らくは桜の方からおしかけたのだろうけど、私は彼だけ正座させ、二時間ほど説教してやったの。
桜は可愛いから、軽く注意しただけで済ませたわ。
そんな桜は彼と料理をする約束をしていたらしく、少し拗ねて一人で料理をしていたけど、そこは許してほしい。
悪いのは、全てこの男なのだから――。
しかし、警戒心の強い桜が彼に懐いているという事は、彼は優しい人間なんだと思う。
……私には一切そういう部分を見せてくれないけど……。
何故かしら?
これが所謂ツンデレというやつなの?
まぁ、いくら彼が私に好意を持とうと、私はあまり彼と関わる気はなかった。
私は彼が嫌い。
だって、生理的に無理だから――。
「――あぁ、実は俺の好きなラノベの『いたずら教師とアカシックレコード』って本の最新刊が今日発売されて買ってきたんだ。この後、自分の部屋で読むつもりだよ」
私は彼の言葉に、一瞬だけ反応してしまった。
『いたずら教師とアカシックレコード』――その作品は、私も大好きだった。
そう、私の趣味は彼と同じで、ライトノベルを読む事やアニメを見る事なの。
意外だと思った?
完璧美少女の私が、オタク趣味を持っているなんておかしい?
残念だけど、世の中こんなものよ?
それに、優等生がアニメやラノベを見たら駄目だなんて、誰が決めたの?
私は小説よりも、ラノベの方が好きよ?
だから私は、彼がライトノベルを一杯持っていることを桜から聞いて、桜の事が凄く羨ましかった。
別に彼と話がしたいとか、そういうわけではないわ。
ただ、彼の持っているライトノベルを読んでみたいと思ったの。
彼と仲が良い桜が頼めば、彼は貸すと思う。
でも、私が頼んだとしても、断られる気しかしなかった。
だって彼はツンデレだもん。
…………いいなぁ。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
私が二人のやり取りを見ていると、それに気が付いた二人がこちらを見ていた。
「……この料理、あなたが作ったのよね? どうりで美味しくないわけだわ」
私は考えていた事を誤魔化すために、彼が作った『酢豚』に文句をつけた。
……本当は、美味しくないどころか驚くほどおいしかった。
これ……一体どうやって作ってるのか、コロモと肉の間に隙間があって、噛んだ食感が凄く柔らかい。
一緒に入ってるパイナップルはお肉を柔らかくするためなんだろうけど、タマネギやピーマンも甘くて凄く食べやすい。
味付けのソースも市販の物を使ってるんじゃなく、彼が作っていたと桜から聞いた。
なんで彼はこんなに料理が上手いの?
どう考えてもそのスキルは、彼にじゃなく私にこそ相応しいはずなのに……。
私は料理が苦手だった。
……本当は料理どころか、家事のほとんどが苦手……。
唯一出来るのは、掃除だけ……。
私が料理を作れば、良くて黒焦げの塊料理、悪ければ紫色の毒々しい料理が出来上がる。
おかしい、私は美味しくなるように、きちんと色々な調味料をたくさん入れてるのに……。
そして洗濯をしようとすれば、洗濯機が動き出した瞬間、泡があふれ出して、洗濯機が壊れる。
……ちゃんと手順通りにしているはずなのに。
服が綺麗になるように、洗剤だって丸々入れてるのになぁ……。
最近の洗濯機は不良品が多いんじゃないかしら?
メーカーにはしっかりしてもらいたいものね。
……前にその事を桜に言ったら、なぜか凄く泣きそうな顔をされたけど……。
「口に合わなかったか?」
私の難癖に、彼は文句を返してくるんじゃなく、残念そうな顔をした。
……そんな顔されたら、なんだか私が悪い事をしたみたいじゃない。
……いや、どう考えても私が悪いわね……。
こんな美味しい料理を食べて、美味しくないなんて言う人間は、どう考えても味覚がおかしい。
今すぐにでも病院に行くべきね。
……今の私がそれなのだけど。
桜は困った様な表情で私を見ている。
私が本心で言ったんじゃないと気づいてるから、何を言っていいのかわからないって感じなんだと思う。
「ごちそうさま」
困った私はそう言って、逃げる様に立ち上がる。
「あ、うん……」
二人の視線を背に感じながら――私は食器を洗い場に持って行って洗うのだった。
3
「はぁ……」
私は溜息をつきながら階段を上っていた。
また、やってしまったわ……。
私は彼の事が嫌いだけど、別に喧嘩がしたいわけじゃない。
でも、気が付けば悪態をついてしまう。
そして、彼はツンデレだから、私に絡んでもらって嬉しいくせに、何かと言い返してくる。
結果、いつも口喧嘩に発展してしまうの。
彼が嫌いだから、咄嗟に悪口を言ってしまうのかもしれない。
もしそうなら、彼にはまともになってもらいたいものね……。
部屋に戻ると、スマホが光っていた。
私はその事に口元がにやけてしまう。
だって、彼からメッセージが届いていたから。
『今日、あの最新刊買ったよ! 花姫ちゃんは買ったのかな?』
『もちろんだよ(*´▽`*) 今から読むところだよーヾ(≧▽≦)ノ』
私はそう書いて、海君に向けてメッセージを飛ばす。
学校のみんなは、私がこんな風に顔文字を使ってメッセージを飛ばしてるとこなど、想像した事もないでしょうね……。
私だって一人の女の子。
普通に顔文字も使いたいし、皆と笑って学校帰りに寄り道もしたい。
でも、それは出来ないの。
私が優等生と言う理由もあるけど、本当の理由はそうじゃなかった。
今の私が仮面をつけているからなの……。
冷徹の女という仮面を。
もし私が可愛い顔文字を使ったり、みんなと笑って話したりすれば、すぐにその仮面ははがれてしまう。
だから、私は皆に冷たく接して、まともに連絡もとらない。
なぜ私がそんな仮面をつけているかというと――中学時代のトラウマが原因だった。
中学時代の私は、桜の様な性格をしていたの。
……ごめんなさい、流石にあそこまで可愛い性格はしてなかったわね……。
でも、そこら辺にいる女の子達と変わらない性格をしていたの。
当時、そんな私にたくさんの男子が言い寄ってきた。
私はそれが凄く怖かった。
今でも男子が怖い。
そして、言い寄ってくる男子の量も変わらない。
ただ一つ違うのは――私が仮面をつけているおかげで、彼らをすぐに追い払えている事だった。
だから、私は仮面をとるわけにはいかないし、優等生と言うイメージを壊す訳にもいかなかった。
しかし、ネットの中の彼――海君とのやりとりだけは、その仮面をはがすことが出来た。
ありのままの私で、彼と話すことが出来る。
だから、私は彼とのやりとりが好きだった。
同じ男子でも彼は怖くない。
とても優しいし、趣味も合うおかげで彼との話は楽しい。
そんな私達が出会ったのは、二年前――彼が趣味で書いているブログに、私がコメントしたのがきっかけだった。
彼は自分のブログで好きな作品の事を紹介していたの。
当時ライトノベルに興味を持ち始めたばかりの私は、同じ作品を好きだと言う彼に、思い切ってメッセージを飛ばしてみた。
そしたら彼はすぐに返信をくれて、そこから何度もやり取りするうちに、いつの間にか凄く仲良しになれていたの。
私が今持ってるラノベのほとんどは、彼がブログで紹介していたり、直接薦めてくれた物だった。
だから、私達の話は合う。
その事を彼は知らないけどね。
本当に本の趣味が同じで、たまたま同じ本を買っていると思ってるはず。
ずるいとはわかってるけど、私が彼の好きな本を読みたいという気持ちは本当だから、そこは許してほしい。
それに、ラノベ自体も本当に好きだから。
さて……そろそろ私も、『いたずら教師とアカシックレコード』を読むとしよう――。
4
はぁ、面白かったぁ。
俺は『いたずら教師とアカシックレコード』を読み終わると、すぐさまブログを開く。
日課と化している、ブログ記事を更新するのだ。
好きな作品を紹介する相手が居ない俺は、こうして布教活動をしている。
俺が更新すると――
『私も読み終わったよ~ヾ(≧▽≦)ノ 今回も先生と白猫ちゃんのコンビがよかったね~(*´▽`*)』
と、コメントが付いた。
これは誰が書いたのか名前を見なくてもわかる。
花姫ちゃんだ。
彼女はいつも、俺のブログ更新にすぐコメントしてくれる。
通知を受け取るようにしてくれてるんだとは思うけど、毎回一番というのは凄いと思う。
俺も彼女が一番にコメントしてくれるのは嬉しかった。
でも、今回の話は恩師にスポットが当てられてたはずなんだけど……花姫ちゃんは、相変わらず白猫ちゃんが好きだなー。
これは、彼女に付き合ってあげないといけないだろう。
『俺も凄い面白かった! でも、俺は白猫ちゃんより、姫ちゃんの方が好きかな~』
『むー(>_<) 白猫ちゃんの方が先生にはお似合いだよ~( `―´)ノ』
俺の推しキャラは国を追放された姫様なのだが、彼女の推しキャラはあだ名が『白猫』というキャラだった。
だけど推しキャラが違うと言っても、喧嘩をしたり仲違いをしたりはしない。
むしろ、自分の推しキャラについて談義をするのだ。
それが――俺達のお約束のやりとりだった。
そんなやりとりをしているうちに、時間が経ち――
『ごめんね、もう寝ないといけない時間だから、寝るね(>_<)』
『うん、俺ももう寝るから、おやすみ!』
『おやすみ~(´-`).。oO』
そんな感じで、俺達は今日のやり取りを終えた。
さて、トイレに行って俺も寝よう。
桃井に料理が美味しくないと言われてちょっと落ち込んでいたが、花姫ちゃんのおかげで気持ちよく寝られそうだった。
俺はトイレに行く為にドアを開けると――
「「あっ」」
そこには、桃井がいた……。
つい先ほどの光景が、俺の頭の中でフラッシュバックする。
最悪だ。
折角良い気分で寝られそうだったのに、嫌な奴と鉢合わせするとは……。
それにしても……。
俺は桃井の恰好を見る。
桃井のパジャマ姿は初めて見るが、正直言って可愛いと思った。
なるほど……こいつがモテる理由がなんとなく分かる気がする。
桃井は、黙っていれば美少女なのだ。
黙っていればな……。
「何?」
俺がジロジロと桃井を見てたせいで、桃井が俺の事を睨んでいた。
「いや……悪い……」
俺は、桃井から顔を背ける。
また暴言が飛んでくるぞ…………。
俺は桃井の暴言に備えて、身構える。
だが――いくら待っても桃井は何も言ってこなかった。
俺が不思議に思って桃井の方を見ると、桃井は俺の方をジッと見ていた。
何か悩んでいるように見えるが、どうしたのだろうか?
俺が不思議に思っていると――
「ねぇ、今日買った本は面白かったの……?」
と、急にそんな事を聞いてきた。
「……え?」
「今日買った本は面白かったのかって聞いたの。あなたはそんな事も理解できないの?」
「いや、そうじゃねぇよ! お前がいきなり本の感想を聞いて来たから驚いていたんだよ!」
俺の言葉に、桃井が目を細める。
どうやら『早く感想を言え』と言いたいみたいだ。
「はぁ……。あぁ、面白かったよ」
「どこが?」
はぁ?
お前にそんなこと言ったって、わからないくせに……。
でもこれは、逆らえば何を言われるかわからない。
「えっと……今回は魔術教師をしている主人公と恩師が中心の話だったんだけど、後半で恩師を助けに主人公が向かい、途中二人とも事故に巻き込まれて死にそうになってしまうんだが、そんな極限状態だからこそ、二人の仲は急速に縮まるってシーンがあったんだ。そこが一番よかったかなぁ。それに、俺の一番好きなキャラの姫ちゃんが、主人公をとられちゃうって焦ってる描写があって、凄く可愛いって思ったんだ!」
――って、しまった!
俺は何を桃井に語ってるんだ!?
しかも話してるうちにテンションが上がってきて、最後ら辺は声大きくなっちゃったし!
や、やばいよな……?
俺は、おそるおそる桃井の顔を見る。
――え?
「そう、あなたはよほどその本が好きなのね。じゃあ、私はこれで」
そう言って、桃井は歩き始めた。
方向からしてトイレに行ったのだろうが……。
いや、それよりも……あいつ、俺の話を聞いて笑っていたのか?
笑っていたと言っても、別に馬鹿にしている笑い方じゃない。
微笑んでいる――という表現が似合う笑い方だった。
……なんで?
あいつがあんな風に笑うとこなんて、初めて見た。
しかも……俺は不覚にもそれを、可愛いと思ってしまった……。
いきなり本の感想を聞いてきたかと思えば、あんな風に俺の話を聞いてくれて……。
さっきのあいつは機嫌がよかったのだろうか?
俺の料理に怒ってるのかと思ったのに、あんな笑顔を浮かべるなんて……。
一体あいつはなんなんだ……。
その後の俺は桃井の態度が気になってしまい、中々寝つけないのだった――。