第146話「物陰に潜む影」
「それでは海斗様、私はこれで失礼致します。今日は、本当にありがとうございました」
車が俺の家に着くと、朝比奈さんはわざわざ車から降りて挨拶をしてくれた。
「いえ、こちらこそありがとうございました。朝比奈さんと話せてよかったです。それじゃあ、失礼します」
俺が挨拶を返すと、朝比奈さんはペコっと頭を下げて車に乗り込もうとし、一瞬物陰に視線が向いて固まった。
そして躊躇するように俺に視線を戻してきたので、俺は首を横に振る。
躊躇した時点で、まだ早いと俺は判断したのだ。
朝比奈さんはもう一度俺に挨拶をすると車の中に戻って行き、朝比奈さんを乗せた車は自宅を目指して発車した。
さて――。
朝比奈さんの車が見えなくなったのを確認すると、俺は物陰を見る。
「何してるんだ、雲母?」
「――っ!? き、気付いてたの……?」
俺に呼びかけられた雲母が、気まずそうにしながら物陰から出てきた。
朝比奈さんが物陰を見て固まったのも、雲母が居る事に気が付いたからだ。
朝比奈さんも本当は話しかけたかったのだろう。
だが、雲母に話しかけるかどうかを一瞬悩んで俺に判断を求めてきた時点で、きっと腹を割って話す事は出来ないと思った。
彼女に心の準備が出来ているのなら、きっと迷わずに話しかけただろうから。
意志が固まった時の朝比奈さんは、それ程の行動力を持っている事を俺は既に知っている。
「お前の金髪は目立つんだよ」
俺は、雲母が物陰に隠れている事に気が付いた一番の理由を雲母に話した。
まぁ金髪ってだけだと知らない人間って事も考えられるが、俺達から隠れるようにして話を聞いてる時点で、すぐに雲母だと結論付ける事が出来た。
それに雲母は朝比奈さんを見た事で動揺したのだろう。
慌てて体を隠したみたいだが、半分以上体が物陰から出てしまっていた。
だからまだ金髪の雲母を見慣れていないはずの朝比奈さんにも、雲母だとすぐわかったのだ。
雲母は何か言いたそうにしながら、俺の顔と自分の手元を交互に見る。
そして、意を決したように俺の目を見つめてきた。
「やっぱり……鈴花と、会ってたんだね……」
やっぱり――か……。
どうやら雲母は、俺が今日朝比奈さんと会おうとしていた事に気が付いていたみたいだ。
「どうしてわかったんだ?」
「なんとなく……かな……? 今日アリア達が転校してきた事で、鈴花も転校してきてるんじゃないかと思ったの。他のクラスの友達に聞いたら、案の定鈴花が転校してきてた。それと、桜がアリスの家に遊びに行くって話をした時、海斗は外で食べるって言ったけど、咲姫にも食べにいくなりするよう伝えるって言ってたのが気になったの。こういう時海斗なら咲姫と別に食べに行くんじゃなく、咲姫と一緒に食べに行こうとするんじゃないかなって。だから、海斗は咲姫が居ると困る、誰か別の人と会う用事があるのかもしれないって思って、その相手が鈴花かなって……。海斗なら、私のために鈴花と話そうとしてくれてるんじゃないかなって……。だって、海斗優しいから……」
雲母は俯いて、髪をクルクルと指で弄りながら説明してくれた。
その様子は嬉しそうにも見える。
自分の予想が当たっていたからか、俺が雲母のために動いていたのが嬉しかったのか、それはわからない。
ただ――最後の優しいってのは違うが、正直ここまで読まれてるとは思わなかった。
やはりこいつも、十分凄い奴だ。
というか、これだけ俺が考えていた事を読めているのなら、俺について理解してくれてるって考えたほうがいいのか?
俺を理解してくれてるのは、アリスさんだけじゃないのかもしれない。
ただ、それはそれとして、なんだか気恥ずかしい……。
「……話しかけなくてよかったのか?」
心の中を見透かされている感じがして恥ずかしかった俺は、空気を変えるために雲母が朝比奈さんに話しかけなかった事について聞いてみる。
まぁ理由は予想がつくが……。
「あ……うん……。本当は話しかけたかったけど……いきなり出ていくと、鈴花が困るかもって思ったから……」
やはり、雲母は朝比奈さんに気を遣って話しかけなかったようだ。
自分の気持ちを押し殺してでも他人を優先する雲母は、見た目と反して凄くいい奴だと思う。
だから俺も、雲母に辛い思いをしてほしくないと思うのかもしれない。
「その判断でよかったと思うよ。ただな……俺と朝比奈さんが話した内容が気になるんなら、電話をしてくれてもよかったんだし、家の中には咲姫がいるだろうから、咲姫に家の中に入れてもらって俺が帰ってくるのを待つという手もあっただろ?」
女の子がこんな夜遅い時間に一人で外に居るとか、何考えてるんだよって思う。
ましてや、雲母の見た目は凄くいい。
それに金髪ギャルだから、変な男が言い寄ってくる可能性も他の女の子より高いと思う。
だからその事はきちんと注意して、もう二度と同じ事をしないようにしてもらいたい。
「ご、ごめん……。だけど、話はそれだけじゃなかったから……海斗と、直接話したかったの……。それに咲姫が居ると、海斗と二人きりで話すのは難しいだろうから……」
俺が怒っている事に気が付いているからか、雲母は言いづらそうにしながらも外で待っていた理由を話してくれた。
確かに俺と二人だけで話したいのなら、咲姫が居る場所は避けて正解だ。
咲姫は俺と雲母が二人きりになる事を嫌がる。
どう考えても、二人きりにしてくれないと思う。
「外で待っていた理由はわかった。だけど、俺と直接話したいんだったら、メッセージを入れるか、電話をしてくれ。そしたら、俺が雲母の家の近くまで行くからさ」
「……心配してくれてるんだ……? でも、いいの……? 海斗の手間になるよ……?」
なんだか今日の雲母は、しおらしいな……。
何かあったのだろうか?
「当たり前だろ? 今日みたいに暗い中で待たれて、雲母に何かあったほうが困る。それよりは、俺に手間がかかったほうがいい」
「――っ!? あ、ありがとう……。海斗は……不意打ちで、嬉しい事を言ってくるから困るよ……」
雲母はまた髪を指でクルクルと弄り始めながら、お礼を言ってきた。
しかし、後半はゴニョゴニョと言っていて何を言ってるのかわからなかった。
「ごめん、後半聞き取れなかった。なんて言ったんだ?」
「なんでもない! それよりも、鈴花はなんて言ってたの!?」
俺が聞き直すと、先程までしおらしかったのが嘘かのように元気のいい声で話を変えてきた。
街灯の光だからわかりづらいが、どうやら顔を赤くするくらい怒っているようだ。
……いや、聞き逃したくらいでそんなに怒られるものなのか?
確かに上手く聞き取れなかったのは悪いと思うが、ゴニョゴニョ言った雲母も悪いと思うんだが……?
まぁしかし、ここで言い争うのはよくないだろう。
それに元々は朝比奈さんの事も聞きたくて雲母は俺を待っていたんだから、この質問には答える必要がある。
「朝比奈さんも雲母と仲直りしたがっていたよ。だけど、もう少しだけ待ってあげてくれ。少ししたら、朝比奈さんのほうから話しかけてくると思う」
「そっか……。うん、わかった。私ももう少し待っとくね」
俺の言葉を聞いて雲母は優しい笑顔で頷いた。
雲母は頭がいいから、理由を聞かなくても俺の考えがわかっているんだろう。
表情からは満足したという気持ちが伺える。
だから俺は、雲母がわざわざ俺と直接話したいという、もう一つの話を聞くことにする。
「それで、もう一つの話ってなんだ?」
「あ……えっと……その……」
俺が尋ねると、雲母は困ったように視線を彷徨わせ始める。
どうやら心の準備がまだ出来ていないようだ。
……本当に、なんの話なんだ……?
とりあえず時間をおいたほうがいいと判断した俺は、雲母を家に送りながら聞く事にする。
雲母は俺に送られる事を遠慮したが、どうせ話が終わったら無理矢理でも送って行く事になる。
さすがに女の子一人で夜道を帰らせるわけにはいかないからな。
雲母も俺が退かないとわかると、大人しく帰路についてくれた。
そして二人で夜道を歩いているんだが――中々、雲母は口を開こうとしない。
このままでは、家に着いても自分からは話してくれないかもしれない。
……仕方ないか。
「どうした? 何か言いたい事があるなら、遠慮なく言えよ?」
結局俺は自分から聞く事にした。
雲母は足を止めて一度俺の顔を見た後、俯いた。
そして――小さな声でこう聞いてくるのだった。
「海斗は――誰が、好きなの……?」と。
いつも読んで頂き、ありがとうございますヾ(≧▽≦)ノ
話が面白かったら評価や感想、ブックマーク登録をお願い致します(*´▽`*)