第144話「やはりエセお嬢様達とは違う」
「それじゃあ、俺はもう帰りますね」
料理を食べ終えた俺は、もう21時を回っていたので帰る事にした。
先程出された料理はどれも絶品だった。
食べた事がない料理ばかりで、特にフカヒレの茶碗蒸しなんて初めて聞いた。
まぁ茶碗蒸しと言ってもプリンみたいな茶碗蒸しと違って、まるでスープみたいだったが。
ただ……料理は凄く美味しかったのだが、食事中は凄く気まずかった。
やはりお嬢様育ちだけあって、朝比奈さんは食事中一言も声を出さないのだ。
それなのに、嬉しそうな笑顔で俺の顔を見つめてきながら食事をしていた。
雲母と仲直り出来ると思って立ち直ってくれたのかもしれないが、はっきり言って見つめられるのは照れ臭かった。
俺が今すぐに立ち去ろうとしているのは、さっさとこの場を去りたいという気持ちもあるからだ。
「それでは私も家に帰りますので、車で送らせて頂きます」
帰るために立ち上がった俺に合わせるように、朝比奈さんも立ち上がった。
……そうだった。
このお店を朝比奈さんの家が経営しているとしても、彼女がここに住んでいるとは限らないのだ。
家が別の場所にあるのなら、当然俺が帰るとなれば一緒に帰ろうとするだろう。
となると、また先程のように見つめられるのだろうか……?
正直それは凄く勘弁してほしいのだが、そんな事言えるはずがないしな……。
一人で帰ると言えばいいのかもしれないが、なんだか好意を無下にする感じがしてあまりよろしくない。
だから、ここはもう諦める事にした。
「そういえば、会計はいくらですか?」
先程のフカヒレの茶わん蒸し一つとっても、結構な値段をするだろう。
そして当然食べたのはフカヒレの茶わん蒸しだけじゃないので、正直諭吉が何枚飛んでいくかわからない。
とはいえ、お金は結構持ってきたから足りるとは思うが……足りなかったらどうしよう?
「あ、いえ、今日の分は私のほうで持ちますので、気にしないでくださいませ」
俺が少しだけ財布の中身が足りるかどうか心配になっていると、朝比奈さんが奢ると言ってきた。
「え? さすがにそういうわけには……」
「いえ、いいのです。海斗様には色々とお世話になっておりますし、私の心からのお礼だと思って受け取ってください」
朝比奈さんは俺に向けて微笑むと、女将さんに目配せをする。
すると女将さんは笑顔で頷いた。
どうやら、本当に奢って貰ったみたいだ。
お金のやりとりをしなかったのは、彼女の家が経営しているものだから、後程何かしらの形でお金が引き落とされるのだろう。
なんというか、朝比奈さんって結構強引なとこもあるんだな……。
こうなってしまえば、今更お金を持って行くのもなんだかおかしいし……。
仕方ない、ここは甘える事にしよう。
「ありがとうございます。また今度、お礼をさせてください」
「ふふ、海斗様。それでは意味がございませんよ。奢らせて頂きましたのは私のお礼ですのに、それに対してお礼をされてしまってはキリがなくなってしまいます」
朝比奈さんは口に右手をあてて、上品な仕草で笑う。
わぁ……本当に、お嬢様なんだな……。
やっぱり、どこぞのエセお嬢様共とは大違いだ。
…………そんな事本人達に言えば、絶対に怒られるから言わないけど。
――と、それで思い出した。
「朝比奈さん、連絡先を交換して頂けますか? 学園で会って話すには、色々と都合が悪いでしょうから」
今日わざわざこんなところで待ち合わせをしたのも、学園にはアリアが居るからだ。
となると、今後も学園で朝比奈さんと話す事は避けたほうがいいだろう。
彼女がアリアにまた目をつけられれば、それこそ面倒だ。
……まぁそれと、朝比奈さんと学園で話していれば、また学園の男子達がうるさそうだからな。
俺達の変なゴタゴタに彼女を巻き込まないためにも、学園で話すのはやめたほうがいい。
「あ……その……」
俺がスマホを取り出すと、朝比奈さんは困ったように視線を彷徨わせ始めた。
どうしたのだろうか?
「申し訳ございません……。私、スマートフォンは一応持っているのですが、扱えないのです……。手入力で番号を入れて、なんとか電話をかける事が出来るくらいで……」
朝比奈さんはそう言うと、恥ずかしそうにスマホを取り出した。
もしかしなくても、彼女は機械音痴のようだな……。
漫画ではお嬢様キャラが機械音痴なのは結構ありがちだが、まさかリアルで出くわすとは思わなかった。
「少し、お借り出来ますか?」
「あ、どうぞ……」
俺は朝比奈さんからスマホを受け取ると、ある作業をしようとして――朝比奈さんに返した。
「すみません、パスワード解いてください」
そう、彼女から受け取ったスマホにはしっかりとパスワードがかかっていたのだ。
機械音痴の彼女が出来るとは思えないから、お付きとか、家の人が設定したのだろう。
「あ! 申し訳ございません!」
俺からスマホを受け取ると、朝比奈さんはすぐにパスワードを解き始めた。
どうやら、パスワードくらいは問題なく解けるようだ。
朝比奈さんにスマホを再度渡してもらった俺は、彼女が使っている機種を確認する。
うん、これなら問題ないだろう。
「ここって、パソコンありますか?」
「どうでしょう……?」
朝比奈さんは首を傾げながら、女将さんを見る。
「ありますよ。少しお待ちください」
女将さんは笑顔で頷くと、どこかに消えてしまった。
そしてすぐに、ノートパソコンを持って来てくれた。
「ありがとうございます」
俺は女将さんからノートパソコンを受け取ると、朝比奈さん達に画面が見えない位置取りに座った。
一体何をしているのか気になるというか、怪しまれるかもしれないが、さすがに見られるわけにはいかない。
俺は何かあった時のために持ち歩いている大容量のリムーバブル・ディスクを取り出し、それをパソコンにさした。
そしてあるデータをパソコンに移すと、リムーバブル・ディスクを外し、今度はUSBケーブルで朝比奈さんのスマホをパソコンに繋いだ。
最後に、パソコンに移したデータをスマホに移した。
「はい、これで朝比奈さんでもスマホを使えるはずです」
「……?」
俺からスマホを受け取った朝比奈さんは、不思議そうに首を傾げる。
朝比奈さんはそのままスマホの画面を見て、驚いた表情をした。
「いつの間に、猫ちゃんは私のスマートフォンに起こしになられたのですか?」
どうやら、先程までいなかった筈の猫のキャラクターが、自分のスマホにいきなり現れて驚いているみたいだ。
俺が先程入れたというデータが、この猫のキャラクターなのだ。
「先程俺のほうで入れさせて頂きました。このキャラは昔一般サイトで配信されていたキャラで、スマホの操作を教えてくれるんです。試しに、『電話帳を開きたい』と言ってみてください」
本当は俺が過去に作ったものだが、変に詮索されたくないため、サイトからとってきたものとした。
念のため、昔配信されていたという事も付け加えたから、探して見つからなくてもおかしくない。
そして、俺がリムーバブル・ディスクでデータをパソコンに移した言い訳にもなる。
……どうしてそんなデータを持ち歩いてるのかって聞かれたら、適当に誤魔化すしかないが……。
「わかりました。『電話帳を開きたいです』」
朝比奈さんは俺の言葉に特に疑問を持たなかったみたいで、言った通りに猫に話しかけた。
すると、猫が電話帳の開き方をコメントで指示し始める。
そして――
「出来ました!」
――朝比奈さんは、電話帳を開くどころか、しっかりと俺の連絡先を自分一人で登録出来た。
「とりあえず、その猫にお願いすれば、一般的な操作は全て教えてくれますので」
「ありがとうございます、海斗様! 凄く嬉しいです! それに猫ちゃんも凄く可愛いです!」
本当に嬉しいみたいで、朝比奈さんは満面の笑みでお礼を言ってきた。
猫のキャラも気に入ってもらえたみたいでよかった。
「また、お礼をしなければいけない事が増えましたね」
「お礼なんていいですよ。俺が勝手にしただけですからね」
「そうはいきません! 何か、お礼出来る事はございませんか?」
朝比奈さんはそう言うと、グッと俺との距離を詰めてきた。
まじかよ……。
まさかあれだけでこんなにも感謝される事になろうとは……。
というか、本当にこの人押しが強い。
これは断っても引かない感じだ。
しかし……別に今してほしいことなんて――あっ!
俺は一つ、朝比奈さんにお願いしたい事を思いつく。
「それでしたら、学園で小鳥居春花と仲良くしてもらえませんか? 今日朝比奈さんと一緒に同じクラスに転校してきた女の子です」
「あ、クリーム色の髪をされた御方ですか?」
「はい、そうです」
「……私が、仲良くしても良いのでしょうか?」
「ぜひともお願いしたいです。春花は俺の中学時代の友達なんですが、転校してきたばかりできっと心細いと思うんです。だから、同じく転校してきたばかりの朝比奈さんが仲良くしてくれるのなら、あいつも嬉しいと思うんです」
俺がそう言うと、朝比奈さんは考え込み始めた。
いきなりこんなお願いをすれば、仕方ないか。
だけど春花のために、朝比奈さんには春花と仲良くしてほしかった。
春花はああ見えて、結構寂しがり屋だ。
俺と居る時は一切見せなかったが、きっと今もクラスに知り合いが居なくて心細く思っているだろう。
だから今日も、俺と一緒に帰ろうとわざわざ待っていたんだと思う。
「わかりました。海斗様のお願いという事ももちろんですが、優しそうな御方だったので、私からもお願いしたいです」
少しだけ考えていた朝比奈さんは、笑顔で引き受けてくれた。
これで、春花の事は心配いらないだろう。
まだ少ししか話していないが、それだけでもわかるくらい朝比奈さんはいい人だ。
何より、あの雲母が幼い頃からずっと一緒に居ただけでなく、裏切られてもなお朝比奈さんの事を大切に思っている。
それ程思われる人が、悪い人のわけがない。
「ありがとうございます。……それと、もう一ついいでしょうか?」
「はい、なんでございますか?」
「桃井咲姫――って言って通じるかわかりませんが、あなたのクラスに居る桃井という女子とも仲良くしてあげてほしいんです」
俺の言葉に、朝比奈さんは目を閉じる。
きっと、咲姫の事を思い出そうとしているのだろう。
「あぁ、桃井様ですね! クラスメイトの方々が名前を呼ばれていたので覚えております! 始めは凄く怖い御方と思いましたが、実は乙女みたいに可愛い御方ですよね。それに、少しだけ昔の雲母さんを見ているみたいでした」
どうやら咲姫は朝比奈さんの記憶にも残っていたみたいだ。
まぁ目立つ奴だし、当然といえば当然か。
それよりも……そうか、昔の雲母って桃井みたいなのか。
そういえば、さっき見せてもらった絵も髪型とかは咲姫ソックリだったな。
ただ、今はそれはどうでもいい。
「桃井もいい奴なんですが、多分クラスから浮いてると思うんです。だから、仲良くしてあげてほしいなっと……」
素を出す事に決めたのはいいが、きっと咲姫は後先を考えていなかっただろう。
今まで冷徹な一面しか見せていなかった女子が、いきなり凄く女の子らしい子になってしまえば、クラスメイト達は不気味に思うだろう。
少なくとも、どうして咲姫が変わったのかわかるまで、みんな距離をとって観察するはずだ。
……まぁ、真っ先に理由としては、彼氏として知られる俺の事があげられるだろうが……。
咲姫のファンクラブの奴等に恨まれてないかな、俺……。
「海斗様は、お優しいのですね」
「え?」
「ご自身にはなんの得もないのに、私や雲母さんの事だけでなく、他の方々のためにも裏で動いておられます。だから、お優しいと思いました」
朝比奈さんは両手を合わせて満面の笑みで言ってきた。
そんなつもりは全然なかったのだが……。
「それは違うと思いますが……」
「いいえ、違わないと思います。少なくとも、誰でも出来る事ではございませんので」
「はぁ……」
なんだか、凄く持ち上げてくるなこの人……。
まぁでも、今の様子を見るに、本当に立ち直ってくれてるみたいだ。
後は、雲母に話しかける勇気が持てるのを待つだけか。
……それはそうと、この雰囲気なら聞けるかもしれない。
「朝比奈さん。一人、連絡先を教えてほしい人が居るんですが――」
俺はそう言って、ある人物の連絡先を朝比奈さんに聞こうとする。
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